第二十八話
やはり連休だと、心太も作りやすいですね。
次の満月までは、まだあと一週間ある。
それまでに自宅の地下に蒸留施設を完成させて、
樹海の深部に現れるという……
キビ魍魎とやらを採集しに行きたい。
──大いに盛り上がった上棟式……
ただの呑み会ではあるのだが、その翌日。
おっさんは痛む頭と胃の不快感に苦しみながら、
布団の中で段取りを組んでいた。
だが……まぁ、今日はいいだろう……
酒など二度と飲まぬ。と思える程の後悔が体を蝕む。
おっさんの個室は、最も屋根に近い高所に浮かぶ、
外からの見た目は球体の部屋だ。
昨夜の宴会中に夜空に怪しく光っていた紅い月がコレだ。
中はいたってシンプルな八畳間。
おっさん布団派閥の議員なので、畳も誂えた。
というか、腰袋に入っていたモダンで洗練された琉球畳を、一枚のサイズが半畳なので、
それらを十六枚敷き詰め、シンデレラフィットするように作られた部屋なのだ。
反省も十分出来たので、身体を起こし水を一杯飲む。
おっさんは全く理解していないが、
この惑星の動力の源、『魔素の奔流』が豊富に含まれたこの水は、一瞬で体内を駆け巡り…
これだけで、体調は全快する。
今となってはいつでも気軽に行けるが、
樹海の水は何かが違うらしい。
知らんけど。
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せっかく…床にダンボールを敷き詰めた部屋を作ってやったというのに、わざわざおっさんの部屋に来て、
美麗な畳でバリバリと爪を研ぐ、悪い猫と共にリビングへと降りる。
家族は全員揃っていた。
リリも、各地で起こる災害の…傾向と対策を王宮の識者を交え検討し、取り敢えずひと段落したそうだ。
根本的な解決などはまだ未知の領域なのだろうが、
彼女が普段と違う、薄ら色の入ったおしゃれなメガネをかけ、リラックスしている様子を見れば、安心感と共に微笑みも浮かぶ。
「リリのお陰でよ、凄え蒸留所見つかったんだっけ〜、ありがとうな。」
普段はカッチリと決まったスーツしか纏わない彼女が、
フニャっとした笑顔で牛柄のモコモコした部屋着で寛ぐ。
その横には、キリン柄の王女、ゼブラな近衛騎士、
豹柄のギャルと……
なぜかワニの口から顔を出したトゥエラ達が、
アニマルパーティーを開いていた。
おっさんは普通の作務衣なので、逆に違和感を感じる。
淹れてもらった熱いコーヒーを啜りつつ、
「そんな服どこにあったんで?」と聞くと、
ビートル君達にお願いしたら、糸や布を消費してあっという間に縫い上げてくれたそうだ。
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なにを話していたのかと思えば、昨日のご馳走の話題らしい。
似た様なものは日々食わせているのだが、
おっさんも多少摘んでみて分かったが、
完成度が全く違うのだ。
迅速に手打ちで作られた麺……打っていたのは鍋なのだが、
そこに透き通った貝出汁のスープが絡み、
包丁ではとても再現のできない、糸よりも細く刻まれた唐辛子が非常に良いアクセントとなり、
粉末状になるまで刻まれた柚子が全てを纏めた、
美味すぎるラーメンだった。
おっさんは料理のレシピ本を指差し、こうゆう感じのヤツ、としか指示していない。
おでんも秀逸だった。
最終的には一つのデカい土鍋に全種類が浮いていたのだが……
箸の苦手な異世界人を気遣ってか、
殆どの具には串が刺さり食べやすく盛られていて、
味にも驚いた。
鍋の中のスープが、混じり合わないのだ。
ビートル君も、ドワーフに創られたロボ故、魔法は使えない。
魔石を触媒とした謎の技術により、鍋の中の対流をコントロールしたようだった。
ソーセージを食っても、はんぺんを食っても、味が喧嘩していない、だが敢えて喧嘩させた煮卵などは、さらに絶品であった。
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中華風うま煮もサラダも素晴らしい出来だったそうなのだが、
何より家族達を唸らせたのは、ケーキであった。
想像出来るか?
焼きたてのスポンジケーキを、ホールの大きさで……
厚み5ミリほどづつにスライスするのだ。
間に生クリームと新鮮な果物を挟むのだが、
それも極薄にカットされ、ケーキの断面は…
多色色鉛筆のケースのようであった。
見た目は良いが、果物が多すぎて水分でベチャッとなりそうに思えたのだが、
まぁおっさんは食わないので知らんが……
ビートル君達の謎技術により、フルーツの水気も極薄の膜で封じ込められ、薄切りのスポンジもしっかりとした食感があり、
口の中が南国だったそうだ。
…異世界にも南国はあるのか?
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あれほどの人が集まり宴会をしたというのに、
床には髪の毛一本落ちていなかった。
おっさんが酔い潰れた後、誰かが掃除でもしたのかと思ったが、食器の片付け以外は何もしていないと言う家族達。
目線の端っこにチラリと写る、カサカサと動く物体。
地球上に蔓延るアイツであったならば、消毒をせねばならないところだが、
光の加減で玉虫色に煌めく美しいビートル君には、誰も嫌悪感を示さなかった。
明日からは真面目に、地下施設の工事に入ろうと思うが──
今日は、誰も特に予定はないそうなので……
皆の顔を眺めながら、久々にゆっくりとくつろぐことにした。
外にまだ残る仮設住宅は、皆の私物がなくなり次第、腰袋に仕舞う予定だ。
そんなことを考えていると──
まだ朝だというのに、みーくんが「にゃおー」と催促してきたので、
生クリームを皿に盛って出してやると、
鼻の穴にまで詰める勢いで、ペロペロと食っていた。
先程は、酒など一生飲まんと思っていたが、
万全な体調と、優しい家族達に囲まれてしまっては……
「酒を呑まずにいられない」などと、昔の名曲のようなタイトルを語り、
神の雫を煽り始めるおっさんであった。