第二十五話
投稿時間がバラバラで申し訳ありません。
書き終わったら出す。という
心太スタイルなもので……
おっさん達を押し潰すような闇を……
蹴散らすナイター照明が照らした先に見えたものは…
墓標だった。
倒壊した建物の一部なのか?
四角い石がズラリと並び、おっさんには読めない、
形象文字のような物で…名前……らしきものが彫られている。
何千個あるのか、数える気にすらならないが…
見渡す限りの墓標のずっと奥に、
大きな石碑のような物も見えた。
──静寂が過ぎて、逆に耳鳴りの様な音が煩わしい。
トゥエラが、おっさんを追い越してテコテコと早足で進む。
向かう先は、あの一際大きな石碑。
おっさんとテティスも、危険はなさそうだと判断し、その背中を追う。
それは、近くで見ると小さめの建売住宅ほどのサイズの、黒い四角錐台だった。
正面には……ぎっしりと小さな文字が彫り込まれており、どこか既視感のある質感。
「これは……ストーンウッド、け……?」
吸い込まれそうなほど漆黒。艶もなく、まるで光さえ飲み込んでしまうかのような……恐らく慰霊碑。
それは、おっさんの感覚では“墓”ではなく、
“何かを遺し、託すための器”のように思えた。
そんな前で、トゥエラがぽつりと呟いた。
「おかーさん……かえってきたんだよー」
その瞬間――
「…ガガガ……ワタシ……ノ……カワイイ……トゥエラ……ガガ……
ヨクモ……ドリマシタネ……
ハハ……ワ……マニアイマセンデ……シタガ……
……ガガ……
ワレワレ……ノホコリ……
アイシテ……イマ……ガガガ……プツリ……」
石碑から、まるで古い機械のような、抑揚のない声が響いた。
音声は所々が途切れており、それがかえって生々しく、胸を締めつける。
そして、ついさっきまで継ぎ目などなかった石碑の中央部に、ゆっくりと小さな穴が開いた。
まるで「おかえり」と語りかけるように、
空いたスペースは、コインロッカーほどの大きさ。
高すぎて手が届かなさそうだったので、おっさんは腰袋からハシゴを取り出し、石碑に立てかけてやる。
「おとーさんありがとー」と、トゥエラは迷いなくよじ登り……
静かにその穴へと手を伸ばした。
中から取り出したのは――
どこかで見覚えのある、小さくて光る結晶。
それは、異世界の生活でいつも料理に使っている、
魔石によく似ていた。
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取り出した魔石は、淡く優しく光りながら――
トゥエラの手の中で、ふわりと溶けるように消えていった。
一瞬だけ、静寂がその場を包む。
しばらくしてハシゴを降りてきたトゥエラは、おっさんの前に立ち、ゆっくりと顔を上げた。
「お父さん。ここまで連れてきてくれて……ありがとう」
それは、いつもの舌足らずで甘ったれた口調ではなかった。
はっきりとした、大人の女性の落ち着きと、尊厳を感じる言葉だった。
おっさんは戸惑いながらも、その声にこもった想いを感じ取り、ただ黙って頷いた。
――トゥエラによれば、やはり彼女は“試練”のために旅に出たドワーフ王族の末裔だったという。
何百年という歳月の中で、天空の塔を探し、さまざまな土地を巡るうちに、
いつしか“何を探しているのか”さえも忘れてしまい、
帰る場所も目的地もなくして、ひっそりとあの樹海で生きていたのだ、と。
だが、先ほど手にした母親の「命の残光」──
その微かな力が、眠っていた記憶を呼び覚ましたのだという。
そうして彼女はようやく、“自分が何者なのか”を思い出した。
「トゥエラにはね、もう……お父さんもお母さんもいないんだって」
そう言って、トゥエラはおっさんを見上げる。瞳は潤み、けれどその声は強く。
「だから……おとーさん。これからもよろしくね!」
その瞬間、おっさんは言葉にならない想いをこらえきれず、膝をついた。
目の前の小さな体を、ぎゅっと力を込めて抱きしめる。
「俺が生きてる間は……俺が守ってやっがら」
そう言って宥めようとしたその声は、掠れていた。
「もう……泣くんでねぇ……」
そう言いながら、誰よりも先に涙をこぼしたのは、おっさん自身だった。
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「つーかさー!アンタまで成長しちゃったらさー、
あーしのポジショニング、ブレブレのびみょーになんじゃん?幼女のままでいろし!w」
不機嫌なのか喜んでるのか、よくわからないテンションで、テティスがトゥエラの頭をガシガシと撫で回す。
「年齢は……よく分からないよね? ティー姉さんも、でしょ?」
姿かたちは先ほどまでの幼女そのまま。なのに会話は妙に大人びていて、違和感がすごい。
「ちょっ、なーんであーしが姉なワケ? トゥーの方が上かもしんないじゃん? え、え、そうなったらあーし妹?
それはそれでちょっとショックなんだけど〜!?」
「がははっ、どっちでもいいべ! 二人しかいねぇ姉妹なんだ、仲良くやっせ!」
おっさんは大きく笑いながら、慰霊碑の前で静かに手を合わせる。
「お宅の娘っ子はな、責任もって預かっから。
安心して天国さで……ゆっくり休んでくんちぇ──」
そう、語りかけたその時だった。
──ピピッ
「生体コード──認証──」
耳障りなほどクリアな電子音。
「“おとーさん”──音声解析中……認証完了。
⚪︎⚪︎トゥエラ王女殿下の保護者と認証。
暫定的に──地下シェルター内全施設の使用権を──付与します」
無機質な機械音声が淡々と響く中、
ザザ……と足元に集まり始める、小さな影。
カサカサと、虫のような、あの岩を運んでいたロボたちが、
整然と──まるで儀仗兵のように──おっさんたちの周囲に並び立った。
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どうやら、ここ地下遺構という場所は──
祖先を祀る霊園という一面も持ちながら、シェルターとしての機能も担っていたようだ。
本来であれば、地上の都市が戦争や災害で壊滅したとしても、
この場所に全国民が避難できるほどの広さと、資源、施設が備わっていたらしい。
……だが、ゲロ津波の時は──
そもそもだ。
いくらミケのエサが資源として魅力的だったとしても、
「噴火口のど真ん中に都市作ろうぜ!」という発想そのものが、
おっさんには信じがたいものだった。
だがそれも結局は、火山の活動や地形をある程度科学的に理解している、
現代日本人としての感覚にすぎないのだろう。
「山は神」──
そんな信仰に基づいた文明の時代で、
突然、火口からゲロが噴き上がるなんて発想……できるわけがない。
──いや。
現代日本人でもゲロの噴火は想定外だけどな。
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「お父さんあのねー、お母さんが言ってたんだけどねー」
トゥエラはおっさんにしがみついて甘えてくる。
まるで小型犬のようなテンションで、おっさんの周りをグルグルと回る。
「えっとねー、私しかねー、ドワーフの女の子は残ってないんだってー
だからー、おとーさんに何かを゛建てて貰って゛、
子供を作れって言ってたのー。
何を建てたらいいのー?お家ー?」
安堵して、冷えた神の雫をグビグビやっていたおっさんは、噴き出した。
「お……お家は今建ててるからよ……
子供は……まぁ……そのうち出来たらいいんでねーべか?」
どう言って良いのかも分からず、適当に言葉を濁すおっさん。
「えっぐ……うちの女神達もアレだけど…
トゥエラのマーマも………えっぐ……」
テティスは後ろで顔を引き攣らせていた。
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おっさんは話題を変えねばと思い、
ふと、ここへ来た本来の目的を思い出した。
「な、なぁ〜トゥエラよい、ドワーフってのは酒造りの天才だってリリに聞いたんだがよ」
「パーパだっせえw」
などと後ろでケラケラ笑うテティスを無視して、
記憶を取り戻し成長を果たしたが、まだまだ純真無垢なトゥエラには早すぎる話題は…横にずらしておく。
来るべき日が来た時には……
ナニを建てれば良いのかは、きっとお相手が教えてくれることだろう。
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「お酒?…お父さん達がいつも集まって何かを作っていた場所なら〜、あっちのずーっと奥にあるよ?」
トゥエラが指を指した方角には……
光る、動く鋪道が設営されていた。
否、先ほどの虫達がホタルのように光り、蠢き、恐らくそこに乗れば目的地まで運んでくれるのであろう。
「んだば、行ってみっけ?」
おっさん達一行はムズムズと動く虫…いや道に乗り、
何処までも運ばれていった。
墓場だった区画は、さっきの入ってきた場所だけのようで、
辺りの景色は一変し、立派な街並みが広がっていた。
人っこ一人いないというのに、家も、商店のような場所も、工房のような所も、薄汚れた気配は一切なく……
ついさっきまで人々が笑い合い、犇めいていたと言われても、まったく不思議ではない。
生きている街並みだった。
やがて……景色は人々の暮らす゛街゛から、変化して、無骨な工業地帯…のような区画へと変わってきた。
なんの装飾もない四角くデカい建物が立ち並ぶ。
「この辺りは、何かの工場なのけ?」
とトゥエラの方を見ると、
「だーかーらー、あーしの服がヘソまで無いのは切れたからじゃねーっつってるっしょ!?」
「でもでもー、お腹冷えちゃうと、子供出来なくなるってー、お母さんがいってたよー?」
少し後ろでは娘達二人が、論点の噛み合わない話題で盛り上がっていた。
おっさんは邪魔してはいかんと、ストゼロを煽り、その場で腰を下ろして胡座をかく。
──普段の料理にも樹海産の水を使い、内臓も血管も、若者の様に健やかな健康体ではあるのだが、
やはり加齢には勝てない。
ただ突っ立っているだけでも…膝も腰もケツの周りの筋肉も、疲れた、座れ、と悲鳴をあげるのだ。
モソモソと地を這いながら、文句ひとつ言わず運んでくれる――
まあ、仮に“ビートル君”とでも呼んでおこうか。
彼らに意思があるのか、それとも誰かのプログラムに従って動いているだけなのかは分からない。
けれど、確かなのは一つ。
……おっさんのケツの凝りまで解してくれるってことだ。
ふと背中に、ゴルフボールみたいな硬さの“圧”を感じて振り返ると――
なんと、組体操のように積み重なったビートル君たちが、背筋を、肩を、グリグリ、ゴリゴリと揉みほぐしてくれているではないか!
「動く……マッサージチェアけ。」
マジでそこらの温泉宿より優秀かもしれん。
これがもしロボ的な無機物なら、ドワーフって連中、技術ヤバすぎだろ……と素直に感心してしまう。
さらに、いつの間にか足元にも新手のビートル君たちが現れ、
ふくらはぎや足裏まで優しく揉みほぐしてくれる。
ついには、まるで高級オットマンのような柔らかな構造体に包まれてしまい──
「……ぐはぁ、極楽。」
だらしなく背を預け、ストゼロの酔いがふわ〜っと回ってきたところで、
──道は、そっと終点を迎えたのだった。




