第二十二話
おっさん家族の活躍により、未だかつてない…
この世で一番ユニークな新築工事も…竣工というゴールが見えて来たので、
おっさんは改めて冒険者活動に戻ることにした。
現場の方の残務は…
床の仕上げ材を張る事や、
各々が使う家具や寝具、
リビング周りには、皆でくつろげるソファーやテーブル。
そういった物を揃えれば…もういつでも引越しが出来る状態となった。
風呂も二つ設置したし、
トイレも3ヶ所置いた。
それらを囲う間仕切り壁も必要だが…
セーブルに任せておけば全てが納まるであろう。
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前回は同伴してくれたリリであったが──
今はとても、そうはいかないらしい。
ある日突然、ISDNが光通信に進化したかのような──
ぶっ飛んだパワーアップをしてしまったせいで、
ギルドからも、王家からも、様々な仕事に関する書類の山がドッサリ舞い込んできてしまったのだとか。
「やっちゃくねーんだったらばよ…
うっちゃっばっとけばいがっぺ?」
…と、極めて丁寧な言葉で説得を試みたおっさんだったが……
リリ本人にとっては、世界中の天変地異や不穏な情報が、
噂や憶測ではなく…
正確な事実として、その身に記録されてしまうらしく──
「知ってしまったことを、王家や、ギルドに伝えないと…
不安で眠れないのです……」
と、涙ながらに相談されてしまった。
便利すぎるスキルという物も…時には己の首を絞める。
おっさんは、痛むこめかみに目を顰めながら──
ここ数日の気疲れでガチガチになったリリの肩を、
熊みたいなごつい手で、やさしく揉みほぐし──
そっとため息をついた。
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ドワーフ帝国の跡地を目指すならば──
当然、トゥエラを連れて行かないわけにはいかない。
そうなると──
黙っていても、面倒見の塊みたいなあの子が、
「はいはーい♡」とばかりに付いてくるのは、
火を見るより明らかだった。
テティスである。
そして問題は──残された新築工事。
さすがにセーブルひとりに押しつけて、
「家、仕上げとけよ?」
……では、いくらなんでも薄情がすぎる。
そこでおっさんは考えた。
少しだけ料理を覚えたパステルに、簡単な調理や火の始末を任せ、留守番を頼むことにしたのだった。
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三人で、庭に出て手を繋ぐ。
おっさんには、この世界の地理や地図──そんなものは一切わからない。
ただひとつ、
火山の麓に取り付けたサッシの存在だけを思い描き、
「よし、行くぞ」と一本前へ踏み出すと──
三人はその場から煙のように消え…
フワリと、そこへ辿り着いた。
──辺り一面、草一本生えていない。
灰色の山肌が、どこまでも広がっていた。
以前ここを訪れたのは、いつのことだったか……
そんな記憶をたどりながら、見上げる先には──
頂上などとても見えぬ、果てしなく聳え立つ噴火山。
その麓へと転移してきたおっさんと娘たち。
辺りを見回して、まず目に入ったのは……
生き物の気配が一切ない岩肌に──
どう見ても不自然な、アルミ枠の勝手口サッシが
ポツンとひとつ、はめ込まれていた。
意味があるのかは…いや、恐らく無い。
だが──申し訳程度に、サッシのヘチには防水シリコンが施工されていた。
鍵を差し込み、開けてしまえば……
中からは煮えたぎる溶岩の熱波が飛び出し、
生身の人間など、瞬時に溶け朽ちてしまうだろう。
かつてこの地を訪れた際には、特殊な防火空調服に身を包み、
酸素ボンベを背負って、命懸けで攻略したものだが──
……あれから、時は流れた。
当時は中二病まっさかりだったテティスも、
いまや立派なギャルに進化を遂げ、
魔法を、”呼吸するように”扱えるようになっている。
耐灼熱結界
空調結界
毒物浄化魔法
──このギャル三種の神器魔法を駆使し、
おっさん達は軽装のまま、噴火口の深部──マグマ溜まりのそばすら、安全に歩けるようになっていた。
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程よい湿度と、冷風に包まれながら奥に進むと…
相変わらずどデカい、ミケが丸くなって寝ていた。
サイズ感がおかし過ぎて、ちょうど良さそうな表現が浮かばないのだが……
初めてコイツと遭遇したときは…
駅ビルが歩いて来た。などと言った気がするが、
それもイマイチかもしれない。
まぁ、大きめのイオンモール。と言っておいても過剰ではないと思う。
そんな見上げるような巨体が、穏やかな寝息を立ててゆったりと腹が波打っていた。
「ミケよ〜い」と声をかけてみるが…耳すら動かない。
まぁ、腹の中で肉や腸を斬り取っても、
何も感じないなどと言っていたヤツだ。
我々人類とは次元が違う生物なのだろう。
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肉は以前、フレコン単位でもらっていたので──今回は体内探検はスキップである。
問題は、ここから山頂までの登山だ。
……そもそもどこの世界に、噴火口の底から山頂を目指す登山家がいるというのか。
テティスを見ると、「ムリじゃね?」と即答された。
すでに複数の結界を張っているため、以前のようにエスカレーターを召喚する余力はないらしい。
となると──
残された選択肢は、おっさんの腰袋から出す“二連梯子”と“電動ウインチ”で、地道に巻き上げていくしかない。
頭上を見上げて、果てしない岩肌に溜息をついたそのとき。
「おとーさん〜、みーくんにたのめばー?」
と、トゥエラが袖を引っぱってきた。
自由奔放で、いたりいなかったりする白猫――
今日はなぜか、トゥエラの頭の上にちょこんと乗っていた。
「みーくんはアレけ? チュールが食いたくて付いてきたんだっぺ?」
ミケの寝床の奥に目を凝らせば……
巨大な魔石が、ズドンと鎮座している。
禍々しいオーラを放ち、触れば呪われそうな見た目だが――
実はただの、ドラゴンのおやつである。
しかもミケからは、すでに「ご自由にどうぞ」の許可ももらってある。
多少砕いて持っていくくらい、何の問題もないのだった。
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威力は、コンプレッサー式に比べれば頼りないのだが、
とにかく軽くて取り回しのいい、充電式ハンマードリルを腰袋から取り出す。
おっさんは脚立を立て、ヒョイヒョイとよじ登ると──
目の前の巨大な魔石、その先端に刃先を当てた。
タタタタタタ…と粉塵を散らしながら削り取り、
握り拳ほどの欠片を、いくつか拝借する。
そしてそのうちのひとつを、鼻先にそっと差し出した。
「ほれ、みーくん。お前さんの分もな」
究極魔石──通称“チュール”。
みーくんはそれを見た瞬間、目を見開き──
次の瞬間には腰を抜かし、ヨダレを垂らしながら床をうにゃうにゃ転がりまくる。
「チュールってより…またたびなんであんめーか?」
おっさんが呆れ半分でつぶやく頃には、
みーくんは白目を剥いて悶絶していた。
ひとしきり堪能させてから、おっさんはその猫の顎をそっと撫で、
お願いするように語りかける。
「なぁみーくん……悪りいんだけんども、
山のてっぺんまで、連れてってくんちぇ?」
──
鳥居のあるあの山を降りてから、
みーくんは一度も言葉を発していない。
動きも、仕草も、ただの猫になってしまっていた。
かつてのようなトンデモパワーは、
もう失われてしまったのか……?
──だが。
その問いかけに応じるように、白猫は、
「にゃ〜」と鳴いて起き上がり、
すとん。とトゥエラの頭の上に着地する。
──ふわっ──
空気が一瞬揺れた。
「えっ?今、なんか……浮いた?」
おっさんが驚いて足元を見れば、地面との距離が、ほんのわずかに開いている。
まるで見えないエレベーターに乗ったかのように、
三人と一匹はゆっくりと──確実に、宙へと浮かび始めていた。
「うわあああぁ!?やっぱ飛べんのかい、コイツぅーーーッ!!」
テティスは空中でジタバタしながら、
「ぎゃーーっ!やばみーーっ!!」と叫んでいたが、
トゥエラは全く動じる様子もなく、
頭の上のみーくんを乗せたまま、相変わらずのポヤ顔だった。
おっさんはちょっと目尻を熱くしながら、
頭上で顎を掻くみーくんをそっと撫でる。
──もう喋らなくてもいい。
こうして、頼れる相棒でいてくれれば──それで十分だ。
「さーて、トゥエラのお城探検に……
火口のへりまで行ってみっか!」
煮えたぎる火山の底から、
三人と一匹は、まるで打ち上げ花火のように──
灼熱のカルデラの頂きへと、舞い上がっていった。




