第二十一話
完成した個室が、ふわりと空へ浮かび上がる。
50坪のリビング空間に、異様な光景が現れる。
──それはまるで……
気球か、飛行船か、それとも夢か…
「──参りましょう。浮上、いたしますわ。」
フワリと上昇する石室。その“手綱”を握るのは…
王女パステリアーナ。
今日のファッションは、ミニスカナースだ。
一般的な、看護用衣料というナース服を…
彼女らに提供した山のような作業服の中から目ざとく見つけたテティスが…
針も糸も持ってないくせに、魔法で改造を施した。
パックリ割れた胸元と、ヘソが見えそうな、丈の足りない白衣。
チャイナドレスかよ。というツッコミをも跳ね返す、
深いスリットの入ったスカート……
こんな看護師はいない。これは……妄想病院だ。
そんなけしからんお姫様は…
美麗長艶な黄金の髪を後ろに流し、優雅に螺旋階段を登る。
──その手には──
風船の持ち紐…ではなく、王家のネックレス。
宝珠が淡く輝くたび、宙に浮く個室がスルリと動く。
真下で作業するおっさんとセーブルは、仮設足場をよじ登りながら声を掛ける。
「おーい!ちょい左だ、もうちょい!そっちそっち!」
「了解。今、ゆっくりと──」
王女は静かに頷き、首飾りを握る手をわずかに傾ける。
──シュルリ。
まるで…月の上にでもいるかのように、重力を無視して動く石の家。
壁の意匠は波打ち、天井はなめらかに湾曲した、その変な部屋は…
空中で“その場所”に、ピタリと収まった。
「これで……ぴったりでございますわね」
まるで舞踏会のような気高さと、
クレーンオペレーターもびっくりな操縦技術。
おっさんは、少しだけ見とれていた。
──トゥエラとはなんの打ち合わせもしていない。
仮にしたところで…
「んー?」とか、「きゃー」とか言ってハグしゃれるだけだ。
だというのに、空中に収まった石の塊は……
まるで焼肉屋のテーブルの網、いや──
猫が、己よりも少し小さめのダンボールを見つけたときのような……
一切の迷いもなければ、力みもない。
ただ、そこに在るべきものが、在るべき場所に収まっただけだった。
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そうして、ようやく六つの歪な個室たちは、宙に収まった。
──半畳ほどの小さな、みーくん用の部屋も、中央の階段から飛び移れる位置に、ちょこんと配置されている。
わざと波を打たせた、ピアノの鍵盤のような通路も架けられ、
まだ、岩肌むき出しの無機質な色をしてはいるが──
やがて装飾が施されれば、きっとここは……
“不思議の国”と呼ぶしかない、異空間になるだろう。
トランプの兵隊がゾロゾロと降りてこないか、
少々不安になる。
…大統領の方ではなくてだ…
そうこうしていると、テティスが帰って来た。
「うわ…マジヤッバイね…何これ…大人が考えたよーに見えねーし。」
と、指摘され…少し恥ずかしくなるおっさん。
組み上げるうちに興が乗ってしまい、
キノコみたいな部屋や、うんk…ソフトクリームのような部屋もある。
────
何やら魔法をパワーアップして来たという娘に、
「好きなように装飾してくれ」と頼むおっさん。
だが一応、釘は刺しておく。
「その…あんましギラギラなのは、アレだっぺよ……ほれ、落ち着かないっつーか……」
と、控えめに警笛を鳴らしてみたのだが──
「もち⭐︎わかってるっしょ!?
あーしの美的センス舐めんなっつーハナシ?」
大黒柱を背にリズムを取り出すテティス。
すると何処からともなく、シンセサイザーのような音源が…
「ポゥ!」というシャウトと共に部屋は一瞬で真っ暗に。
その刹那、床下の魔法照明が発動──足元から照らすようにネオンが走り、
天井の魔法球が回転を始めた。
ズンドン♪ズンドン♪ズンドン♪ズンドン!!
テティスは両手を交互に高く掲げ、指先まで鋭く意志を通わせる。
銀の髪が虹色の残光を纏い、まるでオーロラのように揺れる。
服のラメやネイルが光を反射し、スモークの中で流星のようにきらめいた。
カラフルな光が部屋中を飛び回り、
無機質だった屋根裏、壁、宙に浮く皆んなの個室を鮮やかに染めてゆく。
ディスコみたいな内装では寛げないのでは…と不安に思っていたおっさんだったが、数分の後、一曲がフェードアウトしてゆく頃には…
屋根裏には晴れ渡る青空、
壁は、そこを壁と思わせない奥行きのある海岸と、水平線まで広がる海。
宙に浮く個室も其々にカラフルなのだが、趣もあるやや控えめな配色。
床は、まだ仮のコンパネなのでそのままだが、
なんと、正方形なはずの大黒柱は、空まで届きそうな巨大なヤシの木へと変わったのだった。
「はぁ…はぁ……どうよ?ギャルの本気。
おうちDEビーチバレー幻影は?」
汗だくで、片目横ピース&ウインクをキメたその直後。
「やっべ、マジ限界ぃ〜〜!!」
テティスはぷるぷると膝を震わせながら、
筋斗雲のように変貌した階段をポヨンポヨンと駆け下りていった。
さすがに、膨大な魔力を消費したらしい。
そんな、めんごくも尊い娘に――
おっさんはキッチンを召喚し、
ブルーハワイのカクテルを一杯こしらえる。
南国を思わせる青いグラスに、クラッシュアイスをたっぷりと。
グラスの縁には、星屑を思わせる細かなシュガーパウダーがひと筋。
トロピカルな装飾のために、
パイナップルもチョコンと乗せて、
ハイビスカス風の花弁も忘れずに飾り添える。
そのすべてに込められたのは、
「ナイスファイト!」と「ありがとう」のメッセージ。
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用足しを済ませたテティスは、
壁際に置いてやったサマーベッドにふんずりがえり、
途中がハート型に曲がったストローで仕事終わりの一杯を楽しんでいた。
なぜか胸元から、光る板のようなものを引っ張り出しておっさんに渡す。
「それ弄ったら、フツーの家にもなるし?
もっと究極のパリピステージにもなるし?」
どうやら幻影魔法とやらは、プロジェクションマッピングに質感を持たせたような技術らしい。
そのタブレットくらいの大きさの光る板は、
好きなところに設置でき、誰でも操作ができる…
異奇雰調整という魔法らしい。
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おっさんは、光る板──“異奇雰調整”の操作盤を適当にいじってみる。
すると──
室内の雰囲気が、まるで呼吸でもするかのように、あっという間に入れ替わった。
突然そこに現れたのは……苔むした石壁に蔦の這う、
中世の城塞を思わせる重厚な空間。
天井には、数多の蝋燭が灯るシャンデリア。どこからか聖歌のような残響まで聞こえる。
が、次の瞬間には──
白い壁紙に、腰から下が温もりある木張りのアクセント壁。
清潔で、整然としていて、まるで建売の見学会に来たかのような現代日本風リビングへと変貌する。
「おぉ…」と、おっさんは思わず唸る。
それは──
恐らくテティスですら見たことのない、“かつてのおっさんの世界”の片鱗だった。
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テティスから、「え〜マジウザいんですけど〜」
的なブーイングが飛んできたので、
部屋のテーマはふたたびビーチサイドの幻影へと切り替えられる。
トゥエラは大はしゃぎで「おみずいっぱいーっ!!」と飛び込もうとし──
バゴンッ!と壁に頭をぶつけた。
……そこはあくまで“幻”の海である。
いつの間にか帰宅していたリリも、目をキラキラさせながら、浮かぶ個室を一つずつ覗いて回っている。
そして…もうすぐ役目を終える、仮設住宅でそれぞれ風呂と着替えを済ませ、再びみんながリビングに集合した。
「足元が砂じゃねぇってのは不思議な感じだが…
海ってんなら、やっぱバーベキューだっぺよ!」
おっさんの一声で、昨夜に引き続き鉄板が広げられる。
外はすでに陽が落ちたというのに──
追加した“ギラギラの太陽”の照り返しが、まるで昼間のように照らす。
そんな中、焼ける肉の香りに笑い声と波の音が重なって──
ジョッキをぶつけ合い皆の今日を労いながら、
真夏のビーチサイド・パーティーが幕を開けたのだった。