第二十話
翌日は、なんとなくおっさんも新築現場に立ち会う事になった。
というのも、家の中心に立派な螺旋階段をこさえてしまったため、
おっさんが描いておいた間取りの平面図は、0から考え直さねばならなくなった。
50坪という、平屋としてはかなり大きい面積はあるのだが、ど真ん中に階段。となると…
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人が住む家には、「導線」というプランニングが必要だ。
玄関からリビングへ、風呂へ、トイレへ、そして個室へ──
こうした動きを、スムーズにできるように設計しておかないと困ったことになる。
たとえば、自室からトイレに行きたいだけなのに、
一度リビングを通らねばならない──なんてことになったら最悪だ。
だからといって…
迷路みたいに廊下を這わせるのもナンセンス。
生活の動きを“想像”できるかどうかが、設計の肝なんだ。
「ふむ…」
おっさんは煙草を咥え、大黒柱に纏わりつく空中螺旋石板を見上げる。
この新築住宅は、禁煙ではない。
樹海のログハウスで暖炉を組み上げたとき、
石が多少余ったのだ。
それを、屋根裏の梁の上に見えないように置いてある。
…昨夜の鉄板焼きパーティーの匂いすら、既に浄化されているのだ。
玄関ドアは南側の中心に配置した。
そこから入り、5メートル先には階段。
左右は、8メートルほどづつ。
狭くはない。
狭くはないのだが…ここに六人分の個室…
「ないなぁ」と呟く。
こうなったらよ、ここ全部リビングでいいんでねえべか?
と皆に問いかける。
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家族達は驚いた顔をする。
セーブル以外は全員女性だ。
着替えやらなんやら、いろいろあるだろう。
「パーパどこで寝るワケ?皆んなで雑魚寝とかマジスラムっぽくね?」
「いくら勇者様でも…恥ずかしいですわ…」
皆が不安そうに聞いてくるので、
ニヤリと笑って、「部屋はあっこでいいべ」
指を刺したのは、屋根裏だ。
「空に床造れんだったら、どこでもありだっぺ?」
片流れ屋根の北側はかなりの高さがある。
そこに、各自独立した空中個室をこさえ、
空中通路で繋げれば、地上には、
風呂とトイレ、洗面所は設けるが、それ以外は全てリビングとなるのだ。
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そして、今日の工事が始まった。
もう要らないかと思っていた仮設足場を、
室内、隅々までに組み上げる。
そしておっさんも意気揚々とノミを構え、
あの頃に……
青鼻を垂らし、虫取り網を振り回していた、
あの頃の純朴な気持ちを思い出し…
──ハンマーを振るう──
「カツン!すか…」
攻撃は外れてしまった。
おっさんは、親しかった沖縄出身の比嘉さんの口癖を思い出し、
「あぎちゃびよい…」
と呟くのだった。
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どれほど集中しようが、空は掘れなかったため、
小さなトゥエラに全てを託した。
おっさんはセーブルと共に、一人8畳の四角い個室を、地下に降りて組み立てる事にした。
六つ、これを宙に浮かすわけだ。
まるっきり四角い物体が浮いているのは物々しいので、室内は四角く、
外見は丸みを帯びたり、ぐにゃぐにゃさせたり…
まるで…意味不明な夢の中の世界だ。
おっさんは日本で死んだ時、
もっと面白い現場に関わってみたかった。
と悔いを残したが……
奇しくも異世界で、万博に置いたとしても、
気を衒いすぎであろう!と怒られそうな、
腹の捩れそうな建築に関われていた。
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リリはギルドにお勤めに行き、
テティスは、
「マジガチ盛りデココーデ降ろしてくんわ〜」
などと言い、ダークエルフの神殿へと向かった。
パステルは…普段はストーンウッド一個すら、
「私には重たいですわ」
などと言っていたのに、
おっさんとセーブルの加工している8畳の巨大な石の塊を、まるで風船を持つ女の子のように、ネックレスで浮かせて、外見の奇抜な加工を補佐してくれていた。
トゥエラは、
「おとーさんあれかしてー!」
と、頬を膨らませおっさんの元へやって来て、
チェーンソーを強請った。
貸してやると、足場へ飛び乗り…
ギュュイィィィィィィ!と、
空を裂いて抉り始めた。
どうやら、ノミでは埒が開かなかったらしい。
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外出した皆には、昨日の余りで作った
焼きそばパンとホットドッグを持たせたのだが、
我々は特に用意していない。
「そろそろメシだっぺか?」
セーブルとパステルに問いかけると…
──「ごはーーーーーんーー?」──
と、足場とハシゴをトゥエラが滑り落ちて来た。
この高さ、完全な労災事故である。
昼は簡単にササっと、と思っているのだが、
目を輝かせ涎を垂らすちびっ子を見ると…
「親子丼でも作っぺか?」
豊富にある卵を使い、フワトロに仕上げたのだった。
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この世に一人しか居ない、王家にも認められた
キングス冒険者のおっさん。
…の専属受付嬢である、リリの朝は早い。
ギルドの自動ドアを抜け、真っ直ぐに受付カウンターへ……は行かない。
螺旋階段を登り、ギルドマスターの執務室へと向かう。
「──失礼します」
軽くドアを叩き、そっと開ける。
「おはよう、早くから済まないね。」
よく育ち、いつでも収穫出来そうな、
パイナップル…のような髪型のギルマスに挨拶を交わす。
「彼は……相変わらず凄まじいな」
ギルドマスターは書類の手を止め、ふと窓の向こうの空を仰ぐ。
その目はどこか遠く、敬意とも畏怖ともつかぬ色が浮かんでいた。
「あの山脈の澱みを浄化し、
森と平原の魔素流動を安定させたらしい──まったく、どんな手を使えば可能なのか」
それは、“みーくん神社”と呼ばれる聖域での出来事。
普通の冒険者なら近づくことすらできない瘴気の地で、
ただの一人の男が、大地ごと“息を吹き返させた”。
「──あの方は、本当に、素晴らしいお方です」
リリは真っ直ぐにギルマスターを見据え、言葉を続ける。
「誰もが諦め、見捨てたこの街を、
あの方は──たった一人で、生き返らせたんです」
かつてこの地は、「封緘の谷」と呼ばれた。
数百年もの間、人々に忘れられ、立ち入ることさえ禁じられていた場所。
だが今では──
魔素に満ちた希少な石材が採掘され、
卓越した技を持つ職人たちが全国から集い、
街には新たなギルドが建ち、王国の地図に堂々と刻まれている。
かつて死の谷と呼ばれたこの地は今、
建築と再生の都、ヴァイヴィベンヴァとして生まれ変わった。
その礎を築いたのは、ただ一人。
腰袋からすべてを取り出し、
大地すら組み替え、
空間さえ捻じ曲げた──
王家に認められし唯一人の冒険者。
キングス冒険者。
彼は今日もまた、誰にもマネできないやり方で、
静かに──だが確実に、世界を作り変えている。
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真っ白な空間に足を踏み入れた瞬間、
煌びやかな電飾が走り、空間にラメと香水の匂いが弾けた。
──現れたのは、かつてこの地を支配していた古の女神の石像たち。
だがその姿は、どう見ても平成すぎるボディコンお姉様。
「──我らが愛しき娘よ〜〜ッ!」
「よく来たのじゃ〜♡」
「んで、あれじゃろ?夜伽の儀式とか学びに来たんじゃろ?⭐︎」
「な、なんのことよ!?!?」
とテティスが顔を真っ赤にするが、お姉様方は気にするそぶりもなく──
「ほれほれ、遠慮すんな。
恋も修行のうちってね?どれ、“マハラジャ式秘奥義”、たっぷり伝授しちゃるけぇ〜♡」
「あーしは、彩色暴風雨魔法の練習に来ただけだし〜!?」
「てかパーパとかさ、手ぇ握ってきたことすらないし!?
マジでへにゃチンオブザイヤーだかんね!!」
「何を悠長なことを言っておるのじゃ〜ッ!?」
「其方がくたばったら──ダークエルフ、滅びじゃぞ!?マジで!」
「今すぐ修行じゃ!愛と魂の!」
「“拐かしスクリュードライヴァー”伝授してやんよ!!」
「てか孕め!今すぐ!孕むのじゃ〜〜〜〜〜!!!」
「ギャルの星の運命、背負ってんだからな〜ッ!?」
「うるさーーーーーい!あーしまだアレねーし!!!孕めるかっつーーーーの!!!」
──厳かな神域に破廉恥な絶叫が響き渡るのであった。