第十九話
おっさんは、それほど言葉が上手いわけではない。
だからこそ──
「すげーなぁ、よくやったなぁ」
と、ただ頭を撫でてまわる。
年頃のギャルも、寡黙なイケメンの騎士も、ちびっ子大工も、王女様まで…ホコリと汗まみれ。
でも、皆んなどこか誇らしげな顔をしていた。
「んじゃ、まずは風呂さ入ってこ〜」
そう言って全員を風呂に送り出すと──
おっさんは腰袋から、鉄板を引っ張り出す。
毎日、冷たい飯じゃ腹をむぐすかもしれない。
今日はちょっと趣向を変えて──
久しぶりに、お好み焼きでも焼いてやっか。
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まずは下拵え。キャベツは芯を避けてシャキシャキ感を残すように刻み、
港町で手に入れた新鮮なシーフード──触手ピチピチのイカ貝に、甲羅が鎧兜みたいなカニも下処理。
柘榴みたいな赤黒い殻を割ると、中からはトロリとした“長芋のような魔根”が現れた。
それを擦りおろすと、妙に粘っこいが香りは良い。
ボウルには濃いめの和風出汁と、今朝収穫したばかりの“赤卵”をぶち込み、グルグル混ぜる。
ネタの準備が整ったら──あとは焼くだけ。
「ちょいとシャワー浴びてさっぱりしてくっか〜」
バスタオル片手に風呂場へと消えていった。
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出張用カバンに入っていた、スースーが脳天まで貫く
メントール系シャンプーとボデーソープで全身をくまなくリフレッシュ。
少し冷たいシャワーで汗も洗い流して、あとは──
キンキンに冷えた焼酎でカンパイするだけだ。
……いや、今日は車に酔ってゲロってしまった分まで、取り返す必要がある。
まだ家具も布団も揃ってない新居だが、広さは抜群。
大黒柱のそばに設置された仮設テーブルを囲んで、
ゾロゾロと皆も戻ってくる。
ギャル、姫、騎士、幼女、受付嬢──皆も風呂上がりでさっぱりした薄着で、どこか達成感のある顔。
「俺では発想も出来なかった、こんなおもろい階段をありがとうな!
明日からも頼んます、乾杯〜っ!!」
コップ同士が軽やかにぶつかり合い、乾杯の声が新築の空間に響いた──。
バーベキュー用の大きな鉄板を、どんとテーブルに直置き。
そこへ、トゥエラから借りてきた斧の柄をカチャリと接続する。
不思議なことに──
テーブルはまったく焦げず、鉄板だけがジワリと加熱されていく。
ちょうどそのとき、フワリと影がさした。
「今日は──食いもんは、熱々で頼むな。」
振り返れば、セーブルが腕を組みながら静かに立っていた。
その顔には、どこか楽しげな、いたずらっぽい笑み。
「承知しました。」
珍しく柔らかな表情で、セーブルが微笑む。
おっさんはハケを手に取り、鉄板の上に油を塗り広げてゆく。
薄切りの豚肉を、まるで花びらのように並べ──
その中心に、さっき混ぜたネタを豪快にぶっかける。
形を整えたら、上にも肉を並べてフタ代わり。
ちょうどいい蓋なんてあるわけもなく──
おっさんはテティスに目を向ける。
「魔法で、蒸し焼き頼めっぺか?」
「まっかせてっしょー⭐︎」
テティスはにんまりと笑い、指先からラメ入りの魔法陣を展開する。
パチンと指を鳴らすと、空間に見えないフタが生成される。
鉄板の上には、次々と“お好み焼き”が並べられていく。
ジュウジュウと油を飛ばし、焼けていく音はまさに灼熱。
……なのに──
鉄板に触れてみれば、ヒンヤリと冷たいのだ。
まるで熱はすべて、具材のためだけに使われているような……
影魔法と結界魔法の絶妙すぎるハーモニーだった。
頃合いをみて➰クルリとひっくり返せば、
肉に焦げ目もついていい感じだ。
下面の肉ももう少し焼きたいので、ソースを用意する。
オコの実という、いつも激怒している植物を採取してみたら、
丁度いいお好みソースが取れた。
怒りすぎて勝手に発酵してるっぽくて、
いい感じに酸味と甘みが調和する、
見た目はホウズキみたいなヤツだった。
港町で入手した本枯節を鉋で削ってみれば…
熱も加わってないのに踊り出した。
濃厚なマヨネーズは、まぁあれだ。
ゴブリンから取れるやつだ。
容器も移してあるし、まったく問題はない。
三連ノズルからビームみたいに散らし、完成だ。
ヘラでザックリと割り、皆の皿に乗せてやる。
「いくらでもあるから好きなだけくいっせ〜」
と鉄板パーティーが始まった。
キッチンはまだ据えつけてはないが、その辺にドカリと召喚し、焼きそばの準備もしておく。
どうせ足りないだろうし、第二弾は広島風だ。
フランクフルトなんかも鉄板の隙間に乗せてやる。
って言ってもただの肉じゃない。
火山にいた駅ビルサイズのミケの体内にちょっと入って、
コーキングガンで腸詰め作業までしてきたやつだ。
高温多湿で、半日放っといたら勝手に燻製される魔境。
人間が入るにはヤバすぎる環境だけど、
おっさんの腰袋には耐熱空調服も入ってる。問題なしだ。
────
肉にも魚にも合う、ギンギンに冷やした赤ワインも振る舞い、
トゥエラにはトロピカルマンゴージュースを。
──そういえば、と思い出したのは…
先程の樹海爆走ドライブ中のこと、
超巨大で、首が何本もあった恐竜みたいなやつが…
死んでいたのだ。
その横には、一輪の綺麗な青いバラが咲いていた。
よく見ると…恐竜の足に小指の爪ほどの小さな棘が刺さっていた。
おっさんは恐ろしくなったが、セーブルの喜ぶ顔を思い出して、
長めのトングでそーっと挟み、採取してみた。
本来、釘とかを仕舞う用の木箱に入れ、蓋をし、養生テープで封鎖して持ち帰ったのだった。
「セーブルよい、土産があるんだけんども…もしかすっと、相当に危ない物かもしれないんだっけ…」──「なんでしょうか?」
と食い気味に寄ってくるイケメンに、
ここでは危険かもしれないから、外で開けんべと、ほかの家族には近寄るなよと念を押し、
家から出る。
「これなんだけどもよ…
どデカい化け物が隣で死んでたんだ。
いくらお前さでも危ないかもしんめぇ」
と、そっと箱を開けると…
昼に見た時とは違って、何やらブラックライトのような光を放ち、不気味に輝いていた。
「こ…これは…素晴らしいですね。
見ただけで毒性の強さがわかるのか、
セーブルは指を棘に近づけた。
「だ…大丈夫なのけ?ヤバいかも…
と、止める間もなく、棘を一本毟り、口へ入れやがった。
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見上げるほどデカい、体格のいい男が……ビクン!
と震えた。
「おぉぉぉ…」
セーブルは呻き声を漏らし、両手を夜空に挙げ…光悦とした表情で……
「五臓六腑が…死滅するほど喜んでいます…」
などと言っていた。
暫く見ていると、表情も動きも落ち着いた。
のだが…
「なんか…光ってねえか?」
セーブルは真っ黒い部屋着を着ているのだが…
肌が、というよりは、内部からボンヤリと、
青白い光を…アレだ。最近は見なくなったが、
コンビニの外で、羽虫をバチバチと殺していた、殺虫灯。
あんな感じになってしまった。
結局、危なすぎて庭に植えることも出来ないので、おっさんは4㍑の焼酎を一本プレゼントし、その中に泳がせることになった。
電気を消しても辺りを怪しく照らす水中花。
セーブルの晩酌兼、家のオブジェとなったのであった。




