第十八話
とりあえず、おっさんの目的地には辿り着いた。
ここにどんな化け物が現れるのか…
それはまったく判らないが、
少なくともキビが採集出来るということに疑いはない。
リリがそう言うのだから。
あとは、ここに転移する為の拠点を設ければいいのだが…
おっさんはいまいちピンとこない。
例えば、木の杭を一本地面に打ち付ければ…転移できるのだろうか?
…それはさすがに建築物にはならないか。
だが、スチール物置を簡単に組み立てて据えるのは…?
なにが建築物となるのか、…たぶん…法律とかそうゆうことではないのだろう。
時刻はわからないが、そろそろ──
腹っ減らし達が騒ぎ出す頃合いかもしれない。
今からここに、物置なり車庫なりを建て始めたら──
きっと日が暮れる。
いや、夜どころか……
魔物に囲まれて肝試し合宿が始まるかもしれん。
もちろん、自宅に帰るだけなら今すぐでも転移はできる。
だが──
もうアレだけは勘弁してほしい。
あの、“森林ドリフト地獄”。
できることなら二度と味わいたくない。
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おっさんは、徐に腰袋から、土嚢袋を一つ取り出した。
中身は──ただの砂。
魔力入りでもなんでもない、どこにでもある普通のやつ。
けれど、おっさんはそれを静かに足元にこぼすと、
しゃがみ込み、小さな山を形作りはじめた。
まるでお砂場遊び。
──だが、その所作にはどこか、神事めいた重さがある。
砂山を整え終えると、一歩下がってリリと並ぶ。
言葉は、ない。
二礼──深く頭を垂れる。
二拍──パン、パン、と手を鳴らす。
一礼──心から祈るように、もう一度。
そして、おっさんは静かに、砂山の頂にスコップを刺した。
これは、「地鎮祭」と呼ばれる儀式。
これからこの地に建物を建てます──
どうか、工事の安全と、無事の竣工をお護りください。
そんな、土地の神様への報連相である。
昨今の若者たちのような、
放置・連休・早退とは、まるで違う。
これは、現場に生きたおっさんの“礼儀”だった。
「──よし、帰っぺか。」
隣の女性を見れば、
何の儀式か意味もやり方もわからぬまま、
とりあえずおっさんの動きを真似し、
ぺこぺこ、ぱんぱん、としていたリリが…
「……」
丸い目をさらに丸くして、おっさんを見つめていた。
「あの……いまのは?」
一体私は何をやらされたのか?という顔で、
異世界のデータベースにも存在しない儀式を問いかける。
「こりゃな、ここさ住む神さんに、どーもね、って挨拶しておくやつなんだっぺ。」
ぽかん、と口を開けたリリ。
──やっぱり旦那様の知識は、いまだによくわからない。
けど、不思議と。
胸のあたりが、少しだけポカポカするような──そんな気がした。
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夕暮れのホビットたちの街。
昼間に照りつけた太陽の余熱が石畳を焼きつづけ、
魔法の恩恵を受けられない住民たちは、
桶で水を撒きながら、一時の涼を求めていた。
通りを見下ろすように建てられた、大きな冒険者ギルド。
その影は、街の石畳を長く伸びながら──
今日という一日の終わりを、静かに告げていた。
そこへ一台──
異世界には似つかわしくない、唸るエンジン音を響かせながら、
馬に引かれぬ小さな馬車……いや、ミニクーパーが、
石畳をガポガポと鳴らしつつ、ギルドの玄関先へ滑り込んだ。
おっさんとリリは、無事に樹海での探索を終え、街へと帰還した。
ギルドに立ち寄ったのは、冒険者カードを更新して下さいと、リリに頼まれたからだ。
謎の水晶玉の上に謎のカードを晒すと、謎の技術により、おっさんの活動の一部始終が記録されるらしい。
しかし、みーくんのいた山から帰って来てからは、これといって大工くらいしかしてなかったような気がするのだが…
すると、どこに居たのか傍からギルドマスターが覗き込んできた。
「あ…あんたここ数日の間に、港町に行って…樹海の中心部まで移動して、ここへ帰ってきたのか…?
とんでもない魔法使いだったのか?」
おっさんのプライバシーはまる裸であった。
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「魔法なんてよ…煙草の火すらつけらんねぇべよ。」
と、おっさんは肩をすくめて笑った。
カードの中の記録なんざ気にせず、もう帰ることにする。
今日は卵を拝借しただけだし、食材は確保してないが——
まぁ冷凍庫の奥に、魔物の肉でも転がってんべ。
「今夜は何こさえっぺなぁ…」
などと考えながら玄関に着く。
扉を開ければ、めんこい娘たちと、王女、近衛騎士が揃って迎えてくれる。
……が、その背後。
チカチカと目にくる、謎のギラつきが空間に鎮座していた。
「おとーさん!みてみてみてみてー!」
トゥエラが鳩尾にタックルしてきた。
ゲフリ…少々よろめくがしっかり抱き留める。
「見てコレ!?パーパ昇天案件っしょ!?
ネ申爆誕☆ギラギラハピネスこーりんぐ〜〜!!」
テティスはその謎のギラつく板の上で足を組んで座っている。
丸見えのトライアングルゾーンからは…目を逸らす。
それは、家のど真ん中に立てた、雰囲気のいい大黒柱を囲うように扇状の板が等間隔に登っていた。
おっさんもプロな訳で、みれば螺旋階段であることはわかる。
解るのだが……「これ、浮いてんのけ??」
「勇者様、こちらは皆様が力を合わせてお造りになられたのでございますわよ」
パステルは優しくおっさんに寄り添う。
「親方、どうでしょうか?私が乗ってみても強度は大丈夫だったのですが…」
セーブルもやり切ったような満足げな顔をしている。
おっさんは、恐る恐るその段板を手で撫ででみると…
ツヤッツヤだった。
要領としては、レジンテーブルのような物か?
だが──
澄んだコーティングの中には、星やハート、宝石のような煌めきが散りばめられていた。
全体的には、キラキラとした……なんというか、あれだ。
ラメェ、というんだったか?
まるで天の川を閉じ込めたかのような輝きに、
どこかで見たことのある既視感が脳裏をよぎる。
──あれけ!?ネイルアートけ!?
おっさんは思わず声を上げ、
眼前の段板に、驚愕せざるを得なかった。
「これは……登ってもよろしいのですか?」
リリが背後から、そっと問いかける。
「だいじょーぶっしょ!さっきセー兄が跳ねたりしてたし〜♪」
テティスは軽く手を振ってOKサイン。
おっさんとリリは靴を脱ぎ、一歩──ギラギラの段板へと足を踏み出した。
「……階段だ。」
おっさんには、大工としての長年の勘がある。
ちょっとでも傾いていれば気づくし、
踏み面と蹴上げの高さが均等でなければ、すぐに違和感を覚える。
けれど──
一段、また一段と上がっていくたびに、
その足取りはどこまでも自然で、軽やかで。
「……すげーんでねぇの、これ。
見たこともねぇべ、こんな階段……」
ぽつりと漏れたその言葉は、
おっさんの心からの感嘆だった。
そう言えば──
あの女神像のある神殿でも、階段は宙に浮いていた気がする。
異世界なんだから、まぁ魔法で何でもアリなのだろう。
そんなことをぼんやり考えながら、屋上の露天風呂の高さまで登りきり、そして慎重に降りてきた。
「すげーなぁ……こりゃ、テティスが魔法で浮かしてんけ?」
おっさんが感心して尋ねると──
「ぶっぶ〜〜〜!!違うしー!?マジ下のチビモンスターの仕業だしぃ」
テティスは頬をふくらませ、ギラついた段板の上でプンスカ不貞腐れる。
「おとーさん、こーやってほるんだよ〜〜〜!」
どこから出したのかノミを振り回しながら、トゥエラがヒョイと宙に舞い──
そして、カン! カン! カツーン……と、
まるでそこに地面があるかのように、
空に──ノミを突き立てて、穴を掘りはじめたのだった。
「まほう……じゃ……ねぇん? だっぺか……?」
おっさんの頭に、?が浮かぶ。
意味不明である。