第十五話
何を書こうかと考えていると、勝手におっさん家族が動いてくれます。
めんこいですね。
「あふぁぁぁぁ!?がががが……!」
「リリ!ブレーキさ踏め!ブレーキ!」
突然転移し、景色が変わったことに驚いたのか、
リリが車ごとコンビニ入店をしそうなパニックを起こした。
標高500メートル。
樹々の大海原に聳える、一際大きな巨木。
元々はもっと高かったのだが、おっさんが建築の為に幹をぶった斬ってしまい…
半径数十メートルの平らな大地となっている。
その中心付近に建つ、デッキに囲まれた二階建てのログハウス、
そこの玄関前に車をなんとか停車させた。
「折角来たし、見回りついでに茶でも飲むけ?」
とリリを案内する。…が…
「あが…あわわ…な、な、なんでしょうか此処は。は……??」
リリの様子がおかしい。
「大丈夫け?運転疲れたんけ?」
と、問うが…ガタガタと震えて、顔は青白く…
ハァハァと荒い息をしている。
水でも飲んで休ませたほうがいいか。
と、おっさんは現地産の水をコップに汲み、
リリの唇を湿らせる。
「ん…んんぁぁぁっはあぁぁぁぁぁん!!!」
狭い車内でスーツのボタンが弾け飛び、
まるでおっさんが如何わしい中年のような構図で、
シャツのはだけた美女を介抱することに…
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
どうにか水を飲ませると、リリの身体が淡く発光し──
暫くすると、潮が引くように症状が治まった。
「……だ、大丈夫け?」
まだ若干息の荒い美女の背中を、そっと摩るおっさん。
「はぁ…はぁ……。大丈夫、です。……さすが、旦那様……」
どうやらリリ曰く──
「いきなり、体が破裂しそうなほどの魔素濃度の土地に転移させられたので……今後はお気をつけください。」
一般人であれば、瞬時に粉々になっていた可能性もあるという。
──魔法の“マ”の字も知らない、魔抜けなおっさんにとっては、
この樹海がどれほど異端な場所かなど、まるで理解していなかった。
「そうだったんけ……。
というか、みーくん……どんな場所に俺を転生させたんだ……」
ふと視線を転じれば──
乗せたつもりもない白猫が、ログハウスの丸太でバリバリと爪を研いでいた。
「おまえ……また勝手におるなぁ……」
見上げれば、屋根は相変わらず飴色に鈍く輝いている。
巨大な亀の甲羅──それも一枚ものの方形屋根が、
ログハウスの上にどっかりと鎮座していた。
リリに手を貸し、ログハウスへと案内する。
港町とも、ホビット族の街とも気候が違い──
この地は、薄らと肌寒かった。
高地特有の澄んだ空気と、凛とした静けさが辺りを包む。
遥か眼下の緑の絨毯の中では、
相変わらず怪物達が暴れ回っている筈なのだが…
玄関の扉を開け、中をざっと見渡す。
トゥエラとテティスを連れこの家を出て、旅を始めてから──
いったい、どれほどの時が経ったのだろうか。
そっと床板を指先で撫でてみる。
……ホコリひとつ、つかない。
「……やっぱ、すげぇな。ここの造りは。」
どうやら、石で積んだ暖炉は、今でも静かに浄化の呼吸を続けているようだった。
おっさんたちの脇をするりとすり抜け、
みーくんが猛ダッシュで部屋の中を探り回る。
堅木で組み立てた家具の角に鼻を擦り付けて匂いを嗅ぎ、
むず痒さを解消するかのようにゴリゴリと頬を押しつけ、
その勢いのまま──
大河を模したレジンテーブルにぴょんと飛び乗り、
天板を爪でザリザリと掻きはじめた。
「コラー、傷つくど!やめれし!」
おっさんの声もどこ吹く風。
みーくんはマイペースに、初めて訪れた自分の縄張りを確認しているようだった。
リリを座らせて、キッチンへ行きマグカップを軽く洗い、コーヒーを淹れる。
みーくんには小皿にミルクを注いでやる。
おっさんには神の雫があるのでコップは無しだ。
テーブルへ運ぶとリリが、
「素敵な家ですね…木の匂いが心地良いです。」
ここも旦那様が創られたのですね…と、目を細める。
見上げれば、吹き抜けから望める2階の子供部屋と、贅沢に一枚板で組まれた螺旋階段。
今にもトゥエラとテティスが降りて来そうであるが、彼女達は現在……
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
おしゃれ大工ちゃん、ことトゥエラは、ピンク色の子供用ニッカポッカにチョッキを羽織り、肩に木槌を担ぐ。
床張り工事のどこにあんな大きなハンマーが必要なのか判らないが…
胸を反らし、誇らしげに現場を見渡している。
gal carpenter代表のテティスは、
若干ダメージの入ったデニムのオーバーオールをお洒落に着こなし、片肩のホックはわざと外し…くちゃくちゃと行儀悪くガムを噛んでいる。
目には黄色いサングラスをかけているが、
これは、レーザー水準器の墨を見やすくする為の装備であり、彼女もまた、心の中では真剣に床の施工方法を考えていた。
現場主任のセーブルは、ビシッと決めた黒いデニムの上下で、ボディビルダーとは違う、実戦のためだけに鍛え抜かれた、釘も刺さらなそうな筋肉を従え、
おっさんの倍はあるのでは?と思ってしまう程長い脚で立ち、
乱雑に、仮足場として敷かれていたコンパネを
根太までの寸法をキッチリと計測し、切断。
充電式の釘打ち器を構えれば…
ハリウッド俳優も、
韓国のトップアイドルでさえも、
五本指ソックスで逃げ出しそうな佇まい。
バスン!バスン!と一本一本確実に、
コンパネの息の根を止め…
いや、釘を止めていった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
一応、おっさんが事前に仕上げておいた図面がある。
間取りもごく一般的で──陽の当たる南側にリビング、北側に風呂やトイレ、各自の個室、予備の客間なども描かれていた。
だが、それについてもおっさんはこう言っていた。
「別にこの通りに作らなくてもいいし。
人数分の部屋と、くつろげる居間があれば、どんな風にでもしさっせ。」
──あくまで、完成図ではなく「たたき台」。
家族が自由に夢を描くための、空白を残した設計図だった。
この家は、強靭な丸太の梁で屋根までをしっかり組み上げているため、
屋内に立っている柱は、極端に少ない。
家のど真ん中──
そこに一本だけ聳え立つのは、通称「大黒柱」。
地下室の床から屋根の天辺までを一貫して支える、立派すぎる黒檀風の三尺角の柱。
それ以外に、柱と呼べるものは見当たらない。
王女パステルは何をしているのかと思えば──
王家に代々受け継がれる家宝、首元に厳かに光る漆黒のネックレスを鎖鎌のように振り回し、
家の端から端まで勢いよく放つと…
それが、まるで魔法のように床の骨組み──根太の位置を、コンパネの上に記していく。
セーブルが事前に並べておいた合板に、次々と正確なラインが刻まれていく様子は──
一見して建築とは到底思えぬ、華麗で異様な儀式であった。
どういう仕組みなのかはわからない。
ただ本来それは、職人が墨壺で地道に打つ作業である──はずなのだが。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
荒床、と呼ばれる補強の為の合板があらかた敷き終わり、四人は集まった。
「さて、間取りもそうだが、先ずは地下に降りる階段と、ルーフバルコニーに上がる為の階段をどう設置するか、その辺りから考えましょうか」
とセーブル。
「あーしとか魔法で飛べるし?階段とかいんねーんだけどね〜ぶっちゃけ」
とテティス。
「トゥエラねージャンプでとどくよー」
とトゥエラ。
「私は…コレを使えば飛び上がれますが…はしたないでしょうか…?」
とパステル。
異端な四人の家族は、階段の必要性にピンと来ていない。
蚊帳の外のおっさんの大ピンチである。