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第十四話

家族達が冷しゃぶに満足した頃合いを見て、おっさんは皆に打ち明けた。

「新しい家なんだけんどもよ、後は中が完成すれば、大体住めるようになるんだっぺけど…」


分からないことや、やり方は教えるから、

あとはお前達でやって(造って)くっちゃらいいべ(下さいませんか)?と、


「おとーさんぐあいわるいのー?」


「どうされたのですか?どこかお怪我でも?」


と皆に心配されてしまった。


そうゆう訳じゃなくて、おめたち家族が力を合わせて頑張った家に、おっさんは住みたいんだ。と説明すると…

よほど海鮮が美味かったのか、皆は目を潤ませた。


まぁ、セーブルも仕事の納めについては大体理解できてるっぽいし、

娘達も、連日の冒険者活動でちょっと日焼けしてきた。


少し気候が落ち着くまでは──

のんびり大工さんごっこでもしてればいいべ。


おっさんは、焼酎のジョッキをカラカラ鳴らしながら、

どこかくすぐったそうに笑った。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


普通に住むぶんには、一階部分だけで十分だし、

便利なフレコンもあるから、わざわざ地下に氷室を作る必要もない。


つまり今のところ──

地階(ロマン)には、特に用途が(夢も希望も)ないのである。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


家の外は日中は暑いので、広々とした地階におっさんは…

材木加工が出来る工業機械や、材木、ストーンウッド、釘や金物ペンキに至るまで…おおよそ使うかもしれなそうな物品を並べた。


そうしてみんなを集めて、この機械はこう使っては危ない。とか

例えばこうゆう材料が欲しいなら、こう作ればいい。とか、

ざっくりとしたKY活動とアドバイスをした。


「え? パーパは一緒にやらないの?」

と、テティスが頬をふくらませる。


勇者様(オジサマ)の華麗なお仕事、見ていたかったのですわ」

と、パステルも残念そうに呟いた。


おっさんはニヤリと笑って、

「難しかったり、わかんねぇとこあったら教えてやっから。

 …ちっと日中は留守にすっかもしんねーけども、頼んだっぺよ」

と、ゆっくりみんなを宥めるのだった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


そうして翌朝を迎え、改めて家族たちと新築の現場を見渡す。


「とりあえず床でも貼ったらいいべ?」


おっさんはそう言いながらも、結局のところ――

「怪我すんなよ。地下に落ちんなよ。無理すんなよ……」と、過保護が止まらない。


「夕方までには帰れると思うけど、セーブル、皆んなを頼むな」


そう言って弟子の肩をポンと叩く。


トラックに乗り込もうとしたそのとき――

庭には、すでにエンジンをかけ、

車内を涼しく保った“ミニ”が待機していた。


その横で、リリが静かに近づいてくる。


「旦那様、私もご一緒しても……よろしいでしょうか」

細い指でメガネのフレームを持ち直し、少しだけ上目遣いで伺ってくる。


「……その、現場作業では、あまりお役に立てそうもありませんので」


「ん? そうけ? まぁいろいろ調べ物とかもしたかったし、一緒に来てくれんなら助かるけんども」


スーツの似合う、歩く辞書のような大人の女性に、

助手席のドアを静かに開けられ、エスコートされるままにおっさんは乗り込んだ。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


「どちらへ向かわれますか?」


運転席から、リリが静かに問いかける。

おっさんは顎に手をやり、しばし考え込む。


もともとは、ギルドに行って何かしらの調べ物をしつつ、

ついでに軽めの依頼でも受けてみようか──そんなつもりだった。


だが、隣にいるこの有能すぎる女性には、

書類魔法(アカシックレコード)という反則じみた知識の泉がある。


ならば──と、おっさんはぽつりと呟いた。


「……あんな、いつも呑んでる酒あっぺよ?

アレをもっと美味くしたやつを作ってみたいんだっぺよ」


超どうでもいい欲望を、ハンドルを握る美人に堂々と告白する。


リリは、目を細めてひと呼吸置くと──すぐに頷いた。


「なるほど。そうなりますと、原料となる穀物や、蒸留を行うための装置や技術、そしてその歴史的背景についても把握しておく必要がありますね」


まるで有能なAIのように、冷静かつ的確におっさんの願望を解析し始めた。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


リリの運転は、とても穏やかだった。

トラックで練習をさせていた時のような、

巨大地震体験コーナーみたいな恐ろしさもなく…

最初から地面の凹凸を全て理解しているかのような、

ほんの僅かな蛇行運転により、

魔法の絨毯にでも乗っているかのようなフワフワとした安定感で…

時速は120キロを超えていた。


おっさんは安心し、腰袋から神の雫(ストゼロ)を取り出す。グイッと半分ほど煽り、

古臭いドリンクホルダー…銀メッキのスプリングみたいなダサいやつに缶を収める。


ダッシュボードにはなぜか人工芝が敷かれ、

小さな椰子の木が生えている。

車内に漂う服にまで移りそうな…

甘ったるいバニラの芳香剤と、

エアコンから吹き出す煙草臭い風が、

おっさんの郷愁をそっと撫でた。


小物入れには、納車当時からそこにいたガム(Eve)が…さらに昭和の匂いを昇華させていた。


挿絵(By みてみん)


車内は軽く掃除して、娘達の好きなように改造して構わない。

と言っておいたのだが…

溶けたワックス(サーフボード用)然り、

イギリス国旗のバンダナを巻いたヘッドレスト然り、

弛んだTシャツを着せた背もたれ…

まぁいい。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


リリに尋ねる。

この世界の焼酎はどのようにして作られているのか、と。


すると、ピーガガ…とメガネの片レンズが赤く染まり、

まるで相手の戦闘力でも調べているのか…

と思いきや、

「かつては、古代ドワーフ族の秘伝であったそうです。」と言う。


──おっさんはまるで判っていないのだが、

この世界では既に絶滅してしまった…

古代ドワーフ族、

ダークエルフ族、

の最後の種を二人とも娘として育てている。


それが後にこの世界にどんな影響を及ぼすのかも…

まったく範疇の外である──


普通に考えれば、サトウキビみたいな甘ったるい植物を探して、蜜を絞り…

なんやかんやでモクモクさせれば、焼酎(大五郎)が出来るはずである。

……詳しい工程は知らん。知らんけど、たぶんそうだ。



そもそも、おっさんは既存の焼酎(大五郎)に、なんの不満もなかった。

あれは完成された逸品で、精々お茶で割るくらいしか、手の入れようがない。


──だが、あの日。


おっさんは呑んでしまったのだ。

セーブルが嗜んでいた、あの毒酒を。


グイッと煽って、おそらく──数秒もせずに卒倒。


……だが、その刹那。


口に含んだ時の香り。

広がる風味。

喉を通るときの滑らかさ──


すべてが、天国であった。


実際、天国のすぐ手前まで行ったわけだが。


あの酒は、カクテル的な何かで、多少甘ったるく…

毎日呑みたい物ではない。


だが、無味無臭の焼酎で、毒は含まずに、

あの天国行きチケットが再現出来るのであれば…


醸造についてはリリの魔法でも、苦戦しているようだったので、

とりあえずおっさんは…


ミニクーパーごと樹海へ飛んだのだった。


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