第十三話
おっさんは、今日の夕食にために新鮮な魚介類を買い出しに来たわけだが…
相も変わらず、この世界の通貨を一つも持っていなかった。
だいたい、この世界にはお札のような物がなく、
硬貨ばかりで重いのだ。
とりあえず、ラッキー君の頭を撫でて、
「またな」と挨拶をし港町の漁港を目指す。
初めて訪れた時は、高潮が来れば崩壊しそうな、
陳腐な桟橋しかなかった此処は…
おっさんの水中コンクリート護岸工事のおかげで、今や石油タンカーでも入港できそうなほどに立派な港となっていた。
しばらく歩くと、見覚えのある顔…
以前小舟を貸してもらった漁師を見つけることができた。
なんせ人が多いのだ。
ラッキーアイランドはもちろん、
飲食店や宿屋などが立ち並ぶ街中も、
都内の駅構内かと思うくらいに
溢れかえる人、人、人。
そんな中で偶然見つけた、浅黒いねじり鉢巻の青年に手を振って挨拶を交わす。
「久しぶりだっぺ〜、美味そうな魚介が欲しいんだけんども、金はないんだっけ〜」
と、腰袋から、肉や調味料を適当にだし、まさかの物々交換を求め始めた。
「あんたは……!」
一瞬、怪訝そうな顔をした青年は思い出したのか、
「きゅ…救世主様じゃねーーーか!なんでこんな所に!?」
そう、この街はおっさんが訪れる以前、海竜の魔力が満ち溢れていなかった当初は…
噛みきれなく、生臭い…ナタデココみたいな魚を食って生活していた。
人々の顔は死んだ魚みたいな目をしていて、
街もどこかどんよりとしていた。
しかし今は、「白き神竜の住む街」と、世界中から旅行客の押寄せる、
極上のウニ丼が、コールスローサラダの気軽さで食える観光地、
ラッキーアイランドへと変貌しているのだった。
何の契約を結んだわけでもなく、おっさんが勝手に造ったスパ&プールリゾートは、連日大盛況で、ラッキー君から迸る謎パワーのせいで、近海の収穫物は…
浜辺で拾ったヒトデや、岩に張り付いたフジツボでさえ、都内の料亭でも食べれないような逸品へと変貌しているのだ。
あんたから金なんて貰えるわけないだろ。
と、採れたて新鮮な魚や貝類を山ほど押し付けられ、
さすがにタダでは悪いと思ったおっさんは、
数多ある魔石を混合し、独自に開発した、
「バーベキューが爆発する醤油」
を数本、青年に渡し…
フワリと漁港から煙のように消えるのだった。
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無事にホビット族の街、自宅の庭にフワッと帰って来れたおっさんは、
「あんな短時間なのに潮風でベッタベタだっぺよ…」と、
風呂場へ駆け込んだ。
そして賑やかな娘達も帰ってきたので、夕食の段取りとなるわけだが…
「おめたち、見ろ!港町さ行って仕入れてきた海鮮だっぺよ!」
ザルに氷を敷き、美しく並べた刺身やホタテ、ウニ、カニ、タコイカ…
それを眺めた家族達の、「????」
という摩訶不思議顔。
この街からでも車を使えば、海まではさほど掛からないものの、あの港町とは気候の違いか地域差かは不明だが、刺身で食って美味い。というほどの魚は少ない。
ましてや、おっさんは今日も一日大工をしていたわけだし、
「パーパどゆこと?昔獲った魚介が仕舞ってあるの忘れてたわけ?」
とテティスは訝しむ。
「違うんだっけー、なんだかわからねぇんだけんども…おめさがいた神殿あっぺよ?あっこに一瞬で行けるようになったんだっけー。」
はぁ!?と王女もトゥエラも目を丸くし、
リリは、ガガ…ピーキュイィィン…と異音を鳴らしてメガネを曇らせる。
「パーパ冗談キツいってー!
魔抜けなパーパが、転移なんて出来るわけないじゃーん!」
──などと愚弄してくるので、娘の手をガシッと掴み…
フワッと、ラッキー君の真ん前へと連れていく。
「ちょ!?え!?なに!?マジ!?嘘でしょ!?!?!?」
…メシの支度もあるので、秒で帰還。
「な?ほんとだったっぺ?」
テティスはギャルらしからぬ、ドーモ君のような顔を見せてくれた。
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せっかくの新鮮な魚介類だ。
普通に考えれば、酢飯を炊いて海鮮丼──と行きたいところなのだが…
なんせ、暑い。
部屋の中はエアコンも効いていて心地よい。
だが、おっさんの体はまだ、真昼の太陽に焼かれた現場の名残を抱えている。
窓を取り付けたり、仮設足場を解体したり──
全身から湯気が出そうなほど汗だくで働いたのだ。
そこに追い討ちをかけるように、焼酎をガブガブと煽っている。
昨日も冷やしおでんだったが……
今日もやっぱり、冷たいもんが食いてぇ。
と、いうかガス台の前に立つのも億劫であった。
ふと見ると、魚介の中に紛れ込んでいた、
フグの肝割り焼酎を啜っているセーブルがいる。
そして隣には腹を空かせたトゥエラが、自慢の斧を磨いている。
「ちょっと貸してけろ」
と、相変わらず便利な調理器具としてテーブルに斧刄を据える。
その上に土鍋を置き、水を張り昆布を沈め…
「なぁセーブル、今から湯を沸かすんだけども、暑くならないようにできっけ?」
と無茶なお願いをする。
「やってみましょう。」
スワっと土鍋に影がさす。
暫くすると…コトコトと鍋の湯が煮立ち始め、湯気も立ち上がるのだが、
──熱湯は冷えていた──
おっさんは試しに、立派な蟹足の剥き身を鍋につけ、
しゃぶしゃぶ、と泳がせてみる…
すると、サッと火が入り赤みがさし美味そうに見える。
すかさず、酢醤油の小皿にちょいとつけ口へ…
「煮えてて冷えてて美味えどこりゃ!
みんなも食わっせ!」
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そこからは狂乱の宴となった。
カンパチ、ブリ、ハマチ、
ホタテ、赤貝、車エビ…
皆んな器用に使えるようになった箸で、
戦国時代のように鍋の中の自領をせめぎ合う。
トゥエラに至っては両手に箸を持ち、二丁食いを披露してくれた。
サッと湯をくぐらせたブリを、柚子胡椒ポン酢でバクッ。
続けざまに車エビを影鍋で泳がせ、酢橘と塩でキュッとキメる。
おっさん城は早々に敗走し、
ジョッキに氷を足して焼酎に逃げる。
天下統一の夜明けは、まだまだ遠い夢の果てであった。