第十二話
皆様、ラッキー君って覚えていますでしょうか…?
車を乗り回すようになったリリと娘達には、
さすがに街の見える範囲から出るな。
というのも無理があるし、過保護すぎるかもしれない。と思い直し、
「夕飯までには帰ってこーよ。」
と言っておいた。
外壁はもう、セーブルに全て任せることにし、
おっさんは、窓や玄関のアルミサッシを取り付けたり、片流れ屋根の正面側に雨樋をとりつけたりして回った。
そして、建物の外周部に関わる作業は全て終了した為、仮設足場も解体してしまう。
足場が無くなると、ぐっと家らしさが引き立ち、
もういつでも住めるんじゃないか?
という雰囲気になる。
ところが、内装はまだ手付かずである。
作業用足場の為に、雑に並べたコンパネが敷いてあるだけであり、
ルーフバルコニーへと上がる階段も無ければ、
キッチンもトイレもない。
だが、ここからはゆっくりでいいのだ。
大雨が降ろうとも、この新居の中に吹き込むことは、
もうない。
仮設住宅がとても狭くて居心地が悪い。
といったわけでもない。
おっさんが本気をだして取り組めば…
あと一週間もあれば完璧に仕上がってしまうかもしれない、が…
ここから先の内装工事に関しては、セーブルや娘達に任せようかと考えている。
何十年と大工を納めてきたおっさんだが、
今まで関わったどんな仕事であっても…
「糸一本の隙間も…」
と妥協せずに馬鹿頑固に創り上げてきた訳だが…
この家に関しては、しっちゃかめっちゃかでも良いような気がしてきたのだった。
むしろ、その方が面白いかもしれない。
流石に、階段がへし折れて誰かが怪我をしたり…
なんて事態は回避せなばならない。が、
ちょこちょこっと、重要な部分だけ手や口をだせば十分だっぺ。
と、個性的な家族のみんなが、
どんなオモシロハウスにしてくれるのかを妄想しつつ、
ニヤけつつ家族の帰りを、冷えた焼酎と共に待つのだった。
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──数日前に、毒杯を煽り…
生死の境を彷徨ったおっさんであったが、
その影響なのかどうかは、全く定かにならないが、
どうやら……
おっさんがこの異世界に来てから、手がけた建築物や、自宅に…
瞬間移動出来るようになったようだった。
おっさんは、以前テティスから魔法の指導を享受し、
掌から火の玉や水を出してみようと…
数日程度努力してみた事があった。
──だが、どれほど力もうとも──
出たのは屁くらいであった。
なので、おっさんには魔力だか魔素だかといった不思議パワーは一切宿らないらしい。
「魔法でねーんだったら…なんなんだっぺ?」
しばらく考え…思い当たる節が見つかった。
以前…家族で、日本の離島に昔建てた、
立派なリゾートホテルを召喚し、泊まった時のこと…
食事も風呂も、スイートルームも満喫して、
翌朝を迎え…さぁ帰ろうと、フロントにキーを返したその瞬間……
フワリ、と手元に現れたメッセージカードに、
「See you again, my father.」
と書かれていたのだ。
その時は、さして気にも留めなかったのだが…
あのホテルは…おっさんのことを父だとでも思っているのだろうか?
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まぁ確かに、あのホテルに限らず。
ハイテク古民家、マンション、普通の建売住宅から、橋やトンネル。富士山山頂もか…?
言ってみれば、全ての関わった建物に魂を込めて、
誠心誠意工事に取り組んだおっさんの現場ではあるが…
それらには全て、クライアントが居て、
竣工と同時におっさんの手を離れた建物達だ。
富士山が建物かどうかは別として…
──しかし、あのとき…
毒酒を飲み干しぶっ倒れ、真っ暗い空間で
家族達を思い出した。
もっと、側であいつらの成長を見ていたかったな。と…
そのアイツらの中に、おっさんが異世界で建てた建築物も含まれているとしたら…?
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まぁ、考えた所で…
建物と会話ができるわけじゃあるまいし、
不思議現象については、あとで帰ってきたテティスやリリ達にでも聞けば良かろうと。
せっかく使える能力なら使わない手はない。
「たまには…極上の海鮮丼だっぺよね〜」と、
この異世界に転生?して、初めて訪れた人里。
懐かしき、港町を思い起こし、一歩前へ踏み出すと……
グニャリと視界が歪み、次の瞬間には、
目の前に真っ白くどデカい海竜の顔があった。
「うお〜〜、こりゃ久方ぶりなんでねぇのっ!?
おめぇ…生きてたんかい〜!よがった〜〜!」
鼻にまとわりつく潮の匂い。
湿度のせいか、
あっという間にベタつくシャツと素肌。
ムアっと暑い。今さっきまでいたホビット族の街とは、明らかに違う季風に、
とんでもない距離を一瞬で移動したんだなぁ。
という実感が湧く。
「キョロルルルルルル〜!」
と、嬉しそうな咆哮をあげ、海竜が頬擦りを試みるが…
世界チャンピオンが本気で殴ったサンドバッグを、
支えていた素人。のような構図で吹き飛ぶおっさん。
強かに後頭部を打ち、グルグルと回る景色を見上げれば、
漆喰の映える美しい神殿と、全方位から聞こえる悲鳴や歓喜、
プール、温泉、スライダー。
それから、火のついた棒を振り回しながらパレードを練り歩く蛮族。
なんとも異様で、なんとも賑やかしい。
おっさんの創り上げたテーマパークが…
「お帰り」と囁いているような…
涼やかなスプリンクラーのミストが、
おっさんに降り注ぐのだった。