第十一話
娘達が頑張って捕ってきたヘビを、
せっかくなので調理してみることにした。
夕食の段取りは、すでに終わっていて、
午前中から8時間ほど煮込まれたおでんが、
シャトルシェフに潜んでいた。
トマトやオクラや豆腐、コーンなど、おでんとしては変わり種だが…
今日も暑かったので、これをテティスに急速冷蔵して貰えば、
やや薄味に仕込んだこともあり、
美味しい冷やしおでんになることであろう。
毒好きなセーブルのために、わざわざ生きたまま結んで積んできたらしいヘビは、
愛弟子も呑んだことがない毒らしく、大層喜んだ。
一瞬ゴクリと喉が鳴るが…
頭を振り正気に戻す。
二度死ぬおっさんは何度も死ぬ…訳にはいかないのだ。
毒を回収し終わったようなので、首を刎ねて解体する。
最初、顔が異様にでかくて迫力があったので、
大蛇なのかと思っていたが…
胴体は意外と細かった。
大体、おっさんの腕くらいだろうか?
まぁ…そんな太さのヘビが、もし日本の街中に出たら、大パニックになるだろうが…
──あくまで異世界基準である。
三枚に下ろすか、挽肉にするか…と思案していると、
リリがやってきた。
「旦那様、こちらの蛇は、ポンでもないそうです。」
と可笑しなことを言い出す。
だが、リリの言う書類魔法の手順を信頼して、皮を剥き、薄切りのぶつ切りにし、
丁寧に砂糖を揉み込んで、180℃の油で揚げてみると……
ぽぽぽぽぽぽぽーーーん
と小気味のいい音が響き渡り、なんと蛇は…
ドーナッツになった。
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大皿に、異様な光沢のあるドーナッツを山盛りに並べる。
そしてヘビの頭部から摘出された魔石は──
見た目はまるで、べっこう飴のような琥珀色の塊だった。
「まぁ…甘そうだし?」
と軽いノリで、耐熱ボウルに入れ、軽くレンチン。
すると…ぷるんと溶けて、
トロ〜リ、みたらしのタレになったのである。
──
おでんも、鍋ごとテティスに冷却してもらい、
それぞれの器に丁寧に盛り付ける。
冷蔵庫と違い、テティスの魔法は──
80℃を超える熱い鍋でも、瞬時にギリギリ凍らない温度まで冷やせるのだ。
そのおかげで、白く脂が浮くこともなく、
彩りも崩れず、出汁の香りも損なわない。
出来上がったのは、
野菜たっぷり、手羽先ゴロゴロの“冷やしおでん”である。
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皆のリクエストにより──
みたらしのタレは、
ドーナッツの大皿にどばぁっとぶっかけられた。
砂糖を擦り込み揚げ、そこにみたらし…
おっさんは見ているだけでアイツがよじ登ってきそうになった。
キャッチャーミットほどもある大きな手羽先と、
黄金のタレでベットベトのドーナッツを、両手にひとつずつ握りしめ──
満面の笑みを浮かべるトゥエラ。
「しょっぱあましょ〜♪しょっぱあましょ〜♪」
ご機嫌で歌いながら、ぐっちゃぐちゃに食べ進めていく。
テティスは、さすが立派なギャルである。
ナイフとフォークを構え、
丸ごと煮込まれたトマトを優雅に切り分けている。
…が、残念なことに口を開けてクッチャクッチャと咀嚼していて、おっさんは苦笑した。
リリは久しぶりに……ビシッと着込んだ、
シックで洗練されたスーツが──
ぽぽぽぽぽーーん!
見事に破裂していた。
「アフワァァァァァン♡甘じょっぱいぃぃ〜♡」
パステリアーナ王女はというと、相変わらず。
口元ひとつ汚さずに、ドーナッツも手羽先も……
スッ……と吸い込んでいく。
まるでイリュージョン。
だが、おっさんは確信していた。
あの首元の黒石。
ありゃあ、まだまだ何か隠してる──。
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皆の沸る食欲を眺めながら、おっさんの皿にはオクラが3本のみ。
鰹と鶏の旨みが凝縮され、そしてアイスみたいに冷やされたコイツは、
「こでらんねぇなぁ…こりゃ」
と焼酎も捗る。
前回の失敗を悔いたセーブルは、
決しておっさんに奪われないように、ストーンウッドを削り出しマイジョッキを作った。
皆との乾杯は、空いた手で拳をにぎり行い、
決してグラスはぶつけない。
冷蔵庫から出してきた牛乳を半分ほど入れ、
美味そうにジョッキを傾けているので、
「今日の毒杯は美味いんけ?」
とおっさんが尋ねると、
「甘くて濃厚です。カルーアミルクですね。」
だそうだ。
おっさんの喉は、もう一度鳴った。