第十話
昨日、まな板代わりに使ってしまった為…
なんだか生臭いストーンウッドを水で洗い流し、
今日は屋根と外壁を施工してゆく。
今回の屋根の形は、庭を作る予定の正面側が一番低くて、地上5メートル程。
家の裏側が一番高くて、10メートル以上ある、「片流れ」と呼ばれる現代日本でも人気のある形の屋根だ。
太陽光発電パネルを設置したりするのに最適な屋根であり、最近の新築住宅では一番多く見かけられる。
だが、この異世界では、不思議なことに風呂もキッチンも家電製品も、コンセントに刺すケーブルすら付いていなく…なのに普通に稼働する。
なので、今回はパネルを載せるわけではない。
建物の外周より一回り大きい、18メートル×13メートル程の急勾配な斜面の途中に…
屋上…展望露天風呂が設置されるのである。
以前に述べたが、おっさんはカビも生えにくい清潔なユニットバスが好きだ。
風情のある岩風呂や、天然木の浴槽も、
旅行などでたま〜に味わう分にはいいのだが…
岩の隙間から生えた苔や…うっすら青くカビたヒノキの浴槽は…アウトなのである。
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風情と清潔…相容れぬその悩みを解決したのが、
ストーンウッドだった。
ホビット職人の親方か、おっさんくらいにしか手に負えない、緻密で繊細な加工は必要なのだが…
組み上がると…継ぎ目が完全に消える、
この不可思議な石材は…
屋根の途中にぽっかりと空いたルーフバルコニーなのだが、
おっさんが加工し組み上がると…
屋根材にも、外壁にも、床、浴槽、目隠しの為の手すりまで、完全なるシームレスとなるのだ。
そして断熱性能100%を誇り、
水をかけても水滴すら残らない撥水性。
見栄えに関しては…
組み上げたままでは無機質でのっぺりとした石色で、
スッキリとはしているが、面白味はない。
そこはまぁ…塗装するなり、彫刻で意匠を凝るなりしても良い。
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おっさんが屋根と露天風呂を作り終える頃、
セーブルもなんと、家の外壁を半分ほど張り終わっていた。
──失敗しても、ヘンテコになっても構わないから、好きなようにやってみろ。
と、おっさんは任せたのだ。
せっかく、やる気を漲らせ文句も言わずに手伝ってくれる若者の、
個性を潰すような真似は、してはなるまい。
機能的に不十分であれば、後でおっさんがこっそり手を入れれば良いし、
多少可笑しな意匠になったとしても、
これは家族の家だ。それでいいじゃないか。
と、セーブルの作業風景をなるべく見ないようにし、
自分の仕事に集中していた。
道具を仕舞い、足場を降りて…
まずは冷たい酒を作り弟子と乾杯する。
そして、徐に、弟子の成果目をやれば……
「…………???………」
そこには、おっさんを中心に…
トゥエラ、テティス、リリ、パステル、そしてなぜか小さめにセーブルの、
似顔絵とも肖像画ともつかない、若干デフォルメされた壁画が描かれていたのだった。
しかも、近づいてよく確認すると、それは絵では無かった。
──ストーンウッドは、ホビット族が鉱山から採掘してくる謎の石材で、
一応規格があり、日本のホームセンターなどで売られているコンクリートブロック。
それを一回り大きくしたくらいのサイズであるが、
厚みも幅も、均一ではなく、石目というのもあるので、色味もまちまちだ。
それを…こいつは…
目の前まで近づくと、若干の加工の甘さは見えるものの、性能的にも及第点を与えることの出来る、のっぺりとした、凹凸もほぼ無い壁だ。
そう、ほぼ無いのだが、あるのだ。
そして10メートルほど家から遠ざかると……
石の色味、わざとやったとしか思えない部材のズレ、隙間、それがまるでトリックアートのように、家族の集合写真に変化するのだった。
「おめ……最高だっぺよ。」
自分の知っているだらしのない素顔が、
少々イケメンに描かれているのにむず痒さは覚えるが…
娘やリリや王女の本当に素と思える最高の笑顔に、目が潤んでくるのだった。
親方…その、こっちへ…。
と、
感動に水をさすように、セーブルが手を引っ張る。
なんだっぺ?と言われるままに歩くと……
真南側を正面として、南東側へ、
つまり家の右角のほうへ歩を進める………と。
「あんちゅーだっぺ!!」
先程まで見えていた美しい家族写真のような壁画は、一変し…
テティスとパステルが、ギャル雑誌の表紙を飾るような、不適切なポーズで舌を出し、こちらを挑発する…
ファ⚪︎ク壁画へと変化したのだ。
…おかしいと思ったのだ。
一般的に、外壁でも内壁でもそうだが…
仮設足場もあるわけだし、一列づつ、張りながら、徐々に高くなっていくものだ。
なのに、セーブルの張った外壁は……
四角い家に対して、凸だった。
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おっさんも、プロである。
一般的な、遊ぶ余地もない普通の住宅から、
オリンピックのパビリオンまで…
色々とやってきた。
見る角度で表情を変える、趣のある建物。
くらいであれば、膿が出るほど建ててきた。
しかし?
彫刻ですらない、ただ貼り合わせた外壁が、絵画のように映り、角度によりその絵を変えるなど…
それを半日程度の作業で造りあげるなど……
「んなわけあんめ〜」
である。
自分ではどうやっても作れない作品に、
嫉妬と憧れを内に燃やし、
弟子の毒杯に、「孤島」をドボドボそそいでやり…
「魔法け?魔法なんだっぺ?」
と詰め寄ると、
セーブルは、影魔法とやらを使えるということを白状した。
「大した魔法ではないですよ」
と、
おっさんの手の指を、一本増やしたり…
残り少ない焼酎を、満タンに戻したりした。
しかし聞いてみれば、これは幻覚や手品の類ではないと言う。
言われて確かめてみれば……
途轍もない違和感とともに、
薬指と小指の間に、感覚のある親指が生えているのだ。
だが、気持ちの悪いそれはすぐに消えた。
セーブル曰く、影とは実態であり、
実態こそが、影なのです。と…
また理解できそうもないオフサイド的な説明を受けた。
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そんなことをしていると、爆音とともに女性陣が帰ってきた。
今日のミニの屋根の上には…
ご祝儀袋の水引きのように結ばれた…蛇が積まれていた。
キチンと蝶結びの正面に、恐ろしいコブラみたいな顔が据えられて、
シャーシャーと牙から毒液を飛ばしてくる。
残像すら残し消えたセーブルが、それを洗面器で受け止めていた。
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「おとーさんーこのへびおいちーいー?」
とトゥエラ。
「パーパー!揚げパっしょ〜!?コイツマジアガるっしょ!?」
とテティス。
私の勇者様……ポ…
今日も無事に帰りましたわ。」
「旦那様、180℃だそうです。」
おのおの騒がしく騒ぎ立てる。
気がつけば空は薄暗くなっていて、せっかくのアレが見えない。
「おめたち、見ろ!セーブルが今日これ造ったんだぞ!」
と、腰袋から夜間工事用の、自走式ナイター照明を取り出して壁に向けた。
息を呑む娘達。
そして破裂するような喝采。
今日もやかましく穏やかに夜が更けてゆく。