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第九話

──おっさんは、死にかけていた。

 


カツオの刺身が美味すぎたせいか。

家族の笑い声に酔ったのか。

それとも、調子に乗った自分のせいか。

 


「おっさんの〜♪ちょっといいとこ見てみた〜い!」

──などと自ら音頭を取り、

セーブルのグラスを奪ってグビィィッと煽った記憶だけが、かすかに残っている。

 


そして現在。

 


──危篤状態である。

 


全てがおかしいのだ。

 


敵の気配の起こりすら察知するセーブルが、

咄嗟におっさんの背に回り、両腕を拘束。

 


テティスも「だめだってば(時空隔離結界魔法)!」と叫び、

毒焼酎のグラスに即座に結界を張った。

 


──なのに。


「おめたづは〜……ほんっに、めんごいなぁ〜〜〜」


おっさんは陽気に笑い、

そのまま拘束ごと前進し、

結界ごとグラスをつかみ……飲み干した。

 


拘束も、結界も。

最初から無かったかのように。

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


夜会は中断され、慌てふためく家族達。


セーブルは…

「このカクテル(複合毒)に解毒剤など……」と膝をつき悔やむ。


テティスは…完全回帰魔法(マジありえないから)を唱えようとするが…

「パーパ死んでほしくないけど…赤ちゃんになっちゃうし…」

と、苦悩する。


トゥエラはミロとカツオで満腹で、

みーくんを抱きしめて眠っている。


おっさんの顔色は、見る見るうちに血の気が引き、

セーブルにとっては、仕事柄見慣れている…

もう、間違いなく助からない状態。

へと落ちていった。


その土色の唇に………


パステリアーナ王女の桃色の美唇が重なった。


パステルは首元の黒石(風呂栓)を握りしめ、

おっさんの体内の毒を吸い出し…

ネックレスへと送り込んだ。


永遠かとも思える十数秒…


「ぷはっ」


と顔を上げた王女。


その下には…ただの酔い潰れた中年男性がいた。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


公爵閣下おっさん寝所(布団)お連れした(投げ込んだ)あと、

残った五人は夜更けに反省会を開いていた。


「申し訳ありません…私が…毒などを飲まねば…」


「いえ、セーブル伯爵の食事は皆把握しておりました…食器の配置も、閣下(おっさん)からは届かない筈でした…」


「マジありえないんだけど?結界魔法握り潰してたし!?」


「ん〜?もう朝ごはんなの〜?」


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


──なんてこった…酔っ払い過ぎたのか…


まさか自分が急性アルコール中毒で死ぬとは…


モヤモヤとした一寸(ちょっと)先も見えないような真っ暗な空間で、

おっさんは漂っていた。

「しくじったなぁ…せっかくあんなにめんこい家族と巡り会えたっちゅーのに…」


いい歳(50も過ぎて)して、調子に乗ってイッキやって死ぬなど、

恥ずかしいし情けない…


まぁ、あの家はストーンウッドは無理でもセーブルが完成させるだろうし、


黄金の詰まったフレコンも地下の隅っこに置いてある。


あいつらがこの先食っていくのに困ることはないだろうが…


ただ、横っちょでその風景をもっと見て居たかったなぁ。


酒での失敗談は、若い頃から何度もあった。

スナックで調子に乗って騒いでいたら、怖そうなサングラスのおっさんにボコボコにされたり、


飲み過ぎてまともに歩けず、畦道から田んぼに落ちて、そのまま寝てしまい…

パトカー数台に囲まれて居たり。


だが、今回の失敗は…取り返しがつかん。


まぁ、異世界に来て何年経ったのかは判らないが、日本で独りぼっちだった時よりは、

最高に楽しい人生だった。

トゥエラも、テティスも、リリも、パステルも、セーブルも…


ん?

セーブル?


──すると、視界が急に開けた──


立派な一枚板のテーブル。

レジン液で川を模して固められた美しい蒼。

その向こうには、大きな石で組まれた暖炉が見える。

「樹海のログハウスであんめか?」

辺りを見回そうとすると、また景色がボヤける。

今度は、街が見下ろせる割と高い景色…

遠くにポツンとお城が見える。

「王都け…?どうなってんだこりゃ?」


そして、ガバリ、と起き上がれば…

いつもの家族、いつもの仮設住宅が目に映った。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


「朝け…」


急アルで死んだ夢を見たおっさんは…


必ず訪れる筈の、戒めの頭痛と胸焼けもなく、スッキリと目が覚めた。


いつも自分が最初に起きて、朝食を作るというのに、

何故か今朝は家族の皆がおっさんを囲んで変な顔で見ている。


「どうした?おめたつ、腹へったんけ?

 …なんで泣いてるんだっぺ?」


モゾモゾと起き上がると、突然、皆に拘束された(抱きつかれた)


ことの顛末を、皆々から説明(説教)されて、

申し訳ねかった。と床に頭をつける公爵閣下。

食材を豊富に使った、贖罪の朝食を皆に振る舞い、

パステルには、

「気色悪りいことさせちまって済まなかった。」

と何度も頭を下げた。


王女は頬を赤らめ…

「お気になさらないでくださいまし…

 その……初めてでしたの…」


と、おっさんにトドメをさした。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


毒酒を吸い出した、姫の体調は無事なのか?

と心配になり聞いてみると、

全てをネックレスに封じ込め、それをセーブルが飲み干して処理したとの事。


「しっかしよぉ……セーブル。」


おっさんは徐に弟子の顔を見つめ、


「毒ってのぁ…本当にうめぇだなぁ…

死にたくねぇからもう飲まねぇけど…」


ニヤリと笑い背中を軽く叩き、腰袋を締め直す。


──今日も気持ちの良い一日が始まった。


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