第六話
翌朝──
いつも通りに目を覚ましたおっさんは、
軽く顔を洗い、庭に出た。
身体をゆっくりほぐしながら、手に取ったのは、
──長尺バール。
それを素振りするのが、最近の朝の習慣だ。
ゴルフクラブを腰袋から取り出すこともできるのだ。
だが……この異世界にゴルフ場はない。
打つべきティーグラウンドも、
狙うべきカップも、もう…どこにもないのだ。
それでも──
「まぁ、肩こり解しにはちょうどいいんだっけ」
と、今日もバールを軽やかに振るうのだった。
今日の予定は──
地下室の土間のコンクリート打ち。
あわよくば、そのまま壁面──つまり一階の基礎部分まで、打ち上げてしまいたい。
建設業界の常識で考えれば、絶対に不可能な強行工程だ。
だが……ここは異世界。
テティスに魔法で応援してもらい、
腰袋から湧き出る非常識な道具たちを使えば──
「できない」とは、言い切れない。
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そんなわけで──
今日は女性陣の冒険者活動は、お休みである。
トゥエラは、
「みーちゃんと追いかけっこするの〜♪」
と庭を駆け回り、
リリは、
「冒険者ギルドで雑務をこなしてきます」
と、そっと眼鏡を押し上げて出かけていった。
そして──王女様はというと、
「わたくしは勇者様のご活躍、しかと見守らせていただきますわ」
と、胸元に手をあて、朝からどこかしら高貴な雰囲気を醸し出しながら、おっさんに寄り添って来た。
どうやら今日は、建築現場が観覧席らしい。
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朝の静けさの中、
おっさんは昨夜の晩餐から──別皿に避けておいた、
ハニーマスタードチキンを取り出す。
千切ったサニーレタスに、
切ったばかりの瑞々しいトマト。
そして、コッペパンには、
こっそりマヨネーズを忍ばせて──
温め直したチキンを豪快にサンド!
カリッとした皮、ジューシーな甘辛ソース、
しゃきしゃき野菜とトロけるマヨ。
ひと口で「うんめぇっ!!」と叫びたくなる、
最強サンドの完成である。
……が。
それだけでは、ちょっと物足りない。
ということで──
ジャガイモをくし形にカットし、鍋でカリッと素揚げに。
アウトドアスパイスを振れば完璧だ。
じゅわっと音を立てながら揚がる芋の香ばしさに、
空腹の胃がぐぅと鳴った。
こうして、
朝からハイカロリーでハイテンションな
“ジャンクフードモーニング”が出来上がったのであった。
「うっわ最高〜!これ毎朝食べたいやつぅ!」
テティスは、頬を膨らませながら、勢いよくかぶりつく。
「これは……王宮の料理長にも食べさせてあげたいですわ。きっと…驚き過ぎて倒れてしまわれるかも…」
パステルは、優雅に口元を拭きつつ、しみじみと語る。
「おとーさん!トゥエラ、もっとポテトほしいー!」
元気いっぱいの声が飛び、皿の上のフライドポテトがあっという間に消えていく──
リリには、ホイルで包んだランチボックスを持たせて送り出したが……
ギルドでまた爆衣していないことを祈るばかりだ。
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朝メシが済めば、おっさんは現場に入場だ。
地上から約4メートル落ちた穴の底で、
黙々と鉄筋を並べていく。
スルスルと腰袋から引き出された鉄筋を──
並べたそばから、セーブルがアーク溶接機を構えて、
バチバチッ!と、点付けしていく。
普通なら、配筋中の現場ってのは足元がガタガタで、
めちゃくちゃ歩きにくい。
だが、この現場は違う。
穴底からちょうど10センチ──
鉄筋のすぐ下に、テティスの結界魔法が張られている。
鉄筋を踏みながらでも、地面の上を歩くのと変わらない。
おっさんもセーブルも、鼻歌混じりに動き回り、
作業スピードも尋常では無いスピードで進んでゆく。
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配筋が終われば、コンクリートの打設だ。
地上に配置したミキサー車とポンプ車から送り込まれる、生コンクリート+魔素の合成材。
コンクリート強度10000N/mmを叩き出す
ダイヤモンドにすら匹敵しうる人工物…
ガイアベースをホースで流し込んでゆく。
この作業に関しても、娘の魔法が大活躍した。
蓋結界魔法で土間はぴったり水平に。
鉄筋振動魔法で見るみるうちにコンクリートは全方位に広がり、
時空加速魔法で、
三週間程度硬化させたような強度の…
地下室の床が完成した。
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出来そうな気はしていたのだが──
果てしないほど便利な魔法を目の当たりにし、
おっさんはふと、自分の「職人としての価値」に問いを投げかけた。
が──
そんなモヤモヤは、一瞬で霧散した。
「テティスは偉いなぁ〜喉渇いたけ?待ってろなぁ」
ニカッと笑って、頭を撫でてやる。
それが、おっさんなりの答えだった。
ご褒美に作ってやったのは、
カエル魔物の卵巣ミルクティー。
コトコト煮て、黒蜜とミルクで仕上げたそれを渡すと、
「うわっ、なにコレ!? 甘いのにキモチ落ち着く感じして……
やっば、なんか涙出そう……これ、エモ……!? ってやつ!?」
と目を潤ませながら極太ストローを咥えていた。
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トゥエラは陽当たりの良い地上で、
サマーベッドを展開し──
白猫と一緒に、気持ちよさそうにお昼寝していた。
おっさんはというと、
体感的にはまだ昼にもなっていないこの時間──
現場の片隅で、ふとセーブルの姿に目を留めた。
昨夜も“掬飲”スタイルで、毒焼酎をちびちびやっている彼を見て、
「さすがに可哀想だな……」と、おっさんは首をかしげる。
試しに、腰袋からウッドストーンを取り出し──
ドリルとノミでキュイィィンと削って、小ぶりな杯を作ってみた。
その中に、例のカエルの毒を少しだけ注がせてみたが──
……おぉ、溶けない。
これなら大丈夫そうだ、と判断したおっさんは、
一服がてら毒焼酎の水割りを一杯作ってやる。
もちろん──
おっさんの方は、ノン毒のただの焼酎である。
陽だまりの横、地下の片隅にて。
中年の大工と、近衛騎士が、
昼前だというのに、杯を交わしていた。
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ほどよい休憩でエンジンがかかったおっさん達は、
地下室に仮設足場をぐるりと組み立て、
そのまま地下室の壁面──そして地上の基礎部分にあたる鉄筋まで、一気に組み上げた。
本来なら、型枠も組まずにコンクリートなど打てるはずがない。
──だが、またしても娘の魔法が火を吹く。
壁面結界魔法。
名前こそ適当だが、その性能はガチだった。
結界の“型枠”にガイアベースを流し込めば、
隙間なく広がり、ズレることなく、
時間すら超越して固まってゆく。
気づけば──
昼食の時間を少し過ぎてしまった頃には、
朝方はただの四角い穴だった場所に…
地下室兼・建物基礎のコンクリート打設が、
完全に竣工していた。
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今日はあまりにも捗り過ぎてしまったので、工事は終了とした。
仮設住宅の中で焼肉をするのは、
匂いも籠るしアレなので、
天気もいいし、外でバーベキューでもするか。
という話をしている所に、リリが帰宅して来た。
やはり堪えきれなかったのか、朝と服装が変わっていた。
一度だけテティスに相談した事があるのだが……
「服の爆破を抑える魔法なんてねーし。
つーか、服が爆破するとかマジ意味わかんねーし」
と言われてしまった。
──
肉や魚介類を豪快に焼いて、
網の端っこには申し訳程度に野菜やキノコを並べる。
……が、どこの世界でも同じらしい。
玉ねぎや人参というのは、網の上で炭になる運命なのだ。
鉄板も用意して、焼きそばをジュウジュウ炒める。
多少、野菜が混じっていたとしても──
焼きそばにすれば、みんな文句は言わない。
バーベキュー界の救世主である。
火照った喉には、冷えた焼酎がよく染みる。
だが、間違っても──セーブルのグラスとは取り違えないようにしなければならない。
おっさんは、まだ死にたくないのだ。
彼は彼で、どうやら自前の毒コレクションを所持しているらしく──
バーベキューの合間に、そっと披露してくれた。
「これは、大型の牛が一滴で即死するものですね」
ありがたいのか、恐ろしいのか──
お世辞にも「興味が湧く」とは言いがたい、自慢話を淡々と聴かされてしまった。