第五話
ようやく──図面が仕上がった。
ということは、だ。
おっさんの視線の先には──
すでに完成した立派な平屋が“見えている”ということだ。
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敷地を囲っていた衝立は、
セーブルが綺麗に解体してくれていた。
生い茂っていた雑草も、
ラジコン草刈機ががんばった甲斐あって、
すっかり綺麗に整地されている。
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おっさんは、家が建つであろう四角に
長い釘を打ち込み、紐をピンと張っていく。
──これは“地縄”と呼ばれる工程。
ヒモが描く四角が、そのまま家の“輪郭”になる。
そのラインを基準に、
基礎工事がいよいよ始まるのだ。
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女性陣は、今日も元気に冒険者ギルドへと向かった。
依頼掲示板の前で、トゥエラが憤慨する。
「なんでこんなにたかいの!? よめないじゃん!」
ぷりぷり怒ったかと思うと、
ギルドに持ち込まれたおっさんの脚立を
どこからか引っ張り出し、
ぴょんぴょんと天板まで登って──
「わぁっ! この仕事たのしそー!」
ご満悦な様子で、上からギルドを見下ろしていた。
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一方で──
テティスとパステルのコンビに、
今日も視線が集まる。
ついに“へそ出し”まで強いられた王女様の、
まさかのギャル服姿に、
うだつの上がらない酒臭い冒険者が声をかけた。
「へへ、嬢ちゃんたち〜、こんな格好でぇ……」
その瞬間──
「朝から酒臭いとか、ありえないから」
テティスが手をかざし、水球を展開。
内部に漂う酒の気配を読み取るや──
そのまま、そいつの顔にべちゃりと被せた。
「おぼれとけ☆」
呼吸すらできずにもがく男の様子に、パステルは苦笑しつつ、
胸元を気にしてそっと手を当てた。
「……本当に、露出というのは文化ですのね……」
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そして、ぼそりと。
「まぁ……パーパも朝から臭いんだけどね」
身内には甘い、我らがギャル──テティスであった。
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竣工が視えているおっさんに、もはや一切の躊躇はなかった。
大型重機を、腰袋から無造作に召喚する。
ズズゥゥゥン……!
突如として地響きが鳴り、震度2相当の揺れを起こして現れたのは──
全高9メートル、重量500トン超え。
まるで怪獣のような巨体を誇る、超大型バックホウ。
それは、山を削り、道路を通し、トンネルを貫通するような、
国家規模のインフラ整備でしか見かけない重機だった。
とてもじゃないが──
一戸建ての基礎工事に使うシロモノではない。
だが、おっさんにとっては──
「ちょうどいいサイズだな」
そんな感覚なのだ。
何故なら──
大工として一般的な仕事。
トンネルも、高速道路も、橋脚も──
全部、こなしてきたからである。
腰袋から出したリモコンを操ると、
怪獣が重低音を響かせながらゆっくりと動き出す。
巨大なバケットが、家の“地下”となるべき地面を、
まるで豆腐でもすくうように、次々と削っていく。
基礎コンクリートの厚み、
水抜き管のレイアウト、
後から通す配線や導管の分まで──
すべてが、頭の中にある。
おっさんは静かに呟いた。
「高層階は膝に悪ぃ。だが……地下にはロマンがある」
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街が遠目に見える範囲内にも、
意外と魔物は生息している。
穏やかなの草原にて──
パステルは昨夜、夜更けまで涙目になりながらも、
風呂場で洗った王家の象徴を手に戦っていた。
「えいっ!やあっ……ッ!」
空を裂く分銅…
──それは、まるで伝説の冒険家さながらに、
頭上で振り回され、ブンッとしなるたびに──
空を飛ぶ蜂の魔物を、次々と撃ち落としてゆく。
その横で──
トゥエラは、落ちてきた蜂をすばやく拾い集め、
愛用の斧刃で“冷凍”しながらポンポンと袋に詰めてゆく。
「これでまた、ハチミツケーキつくってもらえる〜♪」
すでに“戦利品を使った晩ご飯”のことで頭がいっぱいらしい。
リリは冷静に、蜂の群れの中から女王個体を識別し──
「女王蜂は、殺さず放逐してください。
周囲環境と再出発個体数から再繁殖確率は──問題ありません」
と、即座に指示を出す。
そして最後に、テティスが──
「おっけ!じゃ、巣ごとロックしちゃうよ〜ん!」
と巣穴ごと一瞬で冷凍封印し、
丸ごと袋に詰めて仕上げた。
──これは、本来ならCランクパーティの仕事であった。
それを、真剣ながらも女子会のノリでこなしてしまう。
この街のギルド職員が、頭を抱える日も近いかもしれない──
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陽がやや傾き始めた頃、
おっさんは今日の仕事を終えた。
巨大な重機を腰袋に送還し、工事現場を見渡せば…
小さめのプールのような穴、
10メートル×16.5メートル。
しかし、深さはかなり有り、
4メートルほど掘られていた。
EX5600-7の掘削能力は化け物級で、
一般的な住宅の基礎工事で用いる重機なら、
一週間以上は楽にかかる土砂出し作業を、
余裕を持って1日で終わらせた。
巨大なバケットが土を抉り、
一度の工程で20トン以上の土を掘り起こす。
それを30工程ほど繰り返せば、
立派な地下室スペースが出来上がったのであった。
掘り起こした残土はどこに行ったのか?
というと……
ダークエルフの女神像達のいる空間である。
当初、おっさんは大型のダンプカーも用意して、
どこか街から離れた野山に捨てに行こうと考えて居たのだが、
女神像達が、あの空間は何を置いても構わない。
と言っていたのを思い出し、
試しに、念じながら土砂を地上に空けてみれば…
シュン…と、普通の2トンダンプ10台でも乗り切らない様な土がどこかへ消滅してしまったのだった。
セーブルも手伝ってくれた。
いくらおっさんが手慣れていても、
重機での掘削はどうしても荒っぽくなりがちだ。
特に、隅をきっちり直角に仕上げるには、人の手が必要になる。
ムキムキの近衛騎士は、普段振るう槍斧を、
今日は角スコップに持ち替えて──
鋭い眼差しで地面を睨みながら、
力強く、だがどこか几帳面に土を削っていった。
「……うぉ、やるねぇ。そっち側、助かるわ〜」
と声をかければ、
「また一歩、立派なダークに近づけますね。」
と、さらりと返してくるのだった。
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仕事が終われば、家族団欒の時間だ。
めんこい娘たちは、今日も元気に冒険を終え──
頭上に、大きな蜂の巣を掲げて誇らしげに帰ってきた。
「おとーさーん!パーパー!」
とトゥエラとテティスが自慢げに叫び、リリとパステルも優しく微笑む。
おっさんはニッと笑い、
「よしよし、おつかれさんだなぁ」と、
ワシャワシャと髪を撫でてやる。
そのまま、戦利品を台所へと持ち込み──
濾し網の上で巣をパカッと割れば……
とろり──と、黄金色に輝くハチミツが滴り落ちる。
……いや、違う。これはただの金色じゃない。
光を受けて、七色に揺らめきながら──
まるで宝石の雫のように、皿の上に広がっていった。
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夕飯のメインは、もちろんその蜂蜜を使った一皿だ。
ボウルに──
・たっぷりのハチミツ
・粒マスタード
・レモン汁
・塩
・そして、香り高いオリーブオイルを適当にブレンド。
とろりと混ぜ合わせてから、鶏もも肉と一緒にフライパンで炒める。
じゅわっという音と共に、
甘くて酸っぱい香りがキッチンを包み込む。
「……よし、照りも出てきたな」
まるで屋台のタレ焼きのように、
黄金色に輝くハニーマスタードチキン。
今日は白米も炊いておいた。
そして──
おっさんは、各種ドリンクをグラスに注ぎ、
テーブルへと並べた。
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「──今日も無事に終わって、乾杯だっぺ!」
グラスの音がカチン、と響いた。
白米を頬張るトゥエラが「はふっ、おいひっ!」と叫び、
テティスは「これリピ確!まじ勝ちメシ〜!」とご満悦。
リリは記録用のメモを片手に「……これも“刺身”に匹敵する快挙ですね」と納得顔。
パステルは、そっと両手を合わせて一言。
「──恵みに感謝して、いただきますわ」
初夏の到来を告げるオレンジ色の夕焼けに包まれた小さな住居の中で、家族たちが囲む食卓。
土を掘って、魔物を退けて、腹を満たす──
そんな一日が、静かに幕を閉じようとしていた。