第三十八話
土地はあるのだ。
両眼にモノクルをつけた如何にも怪しい不動産屋に、
騙されて借りた借地だったが、
彼はこの街の警察的な組織に捕まり、ちゃんと対価として黄金で支払いを済ませていたおっさんには、
その広々とした土地が譲渡される形となっていた。
その場所には、立派なお屋敷。
の、イラストが描かれた衝立があった。
いわゆる貧乏っちゃまのお屋敷である。
それを解体してしまえば──
五人で住むには、十分すぎる広さがある。
……あの騎士たちがどういう扱いなのか、
いまいち定かじゃないが。
それらを含めたとしても、立派な家は建てられる。
庭を作る余裕もあるし、畑だって充分いけそうだった。
描き掛けの図面もあった。
だが──姫に騎士に猫まで住むとなると、
元のプランでは到底足りそうにない。
……大規模な設計変更は、もはや避けられない。
材料も、すでにある。
基礎工事には、この世界で開発した“ガイアベース”という最強のコンクリートを使う予定で、
それ以外の部分は、この街の特産品──ストーンウッドを贅沢に使うつもりだった。
高性能なサッシ。
内装を彩る床板。
清潔感を重視した壁紙。
快適な住まいのための素材は、ひと通り揃っている。
あとは、プランと図面さえ描き終えれば──
……いつでも、着工は可能だった。
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おっさんは、取りあえず仮設の宿舎の段取りをすることにした。
いつも寝泊まりしていた現場事務所では、さすがに人数的に無理があるし、
王女様の精神衛生上も、あまりよろしくなさそうだ。
そこでおっさんは、新築の邪魔にならぬよう──
土地の端っこに、仮設住宅を腰袋から引っ張り出して設置した。
東北、九州、日本海側……
災害が多発するたびに、現地へ赴き、瓦礫をどかし、そして建ててきた。
勤めていた工務店だけでも、何百棟と建てたであろう──
慣れ親しんだ、平屋の木造住宅である。
2LDK程度の小さな作りではあるが、
数棟並べれば、当面の生活には困らないはずだった。
王女からあまり距離を取らない、2人の騎士と、
チンピラ達を捕縛してくれた兵士?達。
それとおっさん家族を含め、
昔懐かしの長屋のように、四軒を並べて置いた。
腰袋から建物が出てくる様を、驚愕の顔で見つめる近衛達。
とっくに見慣れており、キャッキャとはしゃぐ子供達。
対して、すっかり見慣れてしまっている娘たちは、
キャッキャとはしゃぎながら、その光景を楽しんでいる。
姫はというと──
なぜかうっとりとした目で、おっさんの働く姿を見つめていた。
「さて……家の図面も描かねばならんし。
騎士さんたちも、その重てぇ鎧は脱いで、こっちゃさこ〜」
関係性も役割もよく分からんが、追い払うわけにもいかん。
となれば、もう──家族も同然である。
おっさんは、長身イケメンたちに似合いそうな、
かっこいい作業服を次々と取り出しては手渡し、
部屋を当てがい、風呂やトイレの案内も済ませた。
「あんた方も仕事なんだろうが、
ここさ住んで、考えたらいいべ?」
馴れ馴れしく戯けながら、さらりと受け入れる。
東北特有の人柄である。
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時刻は、昼も過ぎた頃だった。
建築の段取りは──全部、明日に棚上げ。
「若者たちの歓迎会でも、やんべか」と、
おっさんは腰袋から、次々と道具を取り出し始めた。
バーベキューの支度である。
本来なら、痛風のリスクもあるため少量しか摂らないのだが、
おっさんの大好物は──
神奈川県・厚木市から取り寄せた、
白コロホルモンであった。
……が、この異世界に厚木市は存在しない。
代わりに、おっさんはドラゴンの体内から切り出した極上ホルモンを用意し、
盛大に、豪快に、網の上で焼き始める。
生ビールのサーバーも設置して、
しゅわしゅわと泡立つ黄金の液体を、ジョッキに注いでは──
騎士たちに、惜しげもなく振る舞った。
海老もイカも、野菜もどんどん焼く。
米料理も各種並べて、準備は万端。
「呑みっせ! 食わっせ!」
おっさんの威勢のいい掛け声と共に、宴は本格的に始まった。
自分はというと、ジョッキにたっぷり注いだ焼酎をぐいっと煽る。
お洒落な作業服に着替えた騎士や兵士たちは、
もはや──ただのイケメンアイドル集団であった。
体格はムキムキ。
彫りの深い西洋風の顔立ちに、青や緑の美しい瞳。
異世界スペックのイケメンがズラリと並ぶその様は、なかなかに圧巻だが──
焼けた肉を頬張り、生ビールを流し込み、火を囲んで笑い合うその光景は、
おっさんが日本では、叶えることのなかった──
“若者たちとの、あたたかな交流”そのものだった。
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家族たちも、朝あれだけ食べたというのに──
「マジ、ホルモンは別腹っしょ〜!」
「おとーさん! これぜんぶ食べていいのー!?」
と、元気いっぱいに皿へ手を伸ばしている。
一方では──
「あの王国の精鋭たちが、こんなにも気さくに……」
と、妙に感動しながらしみじみ飲む者もいる。
それぞれが、それぞれのやり方で、宴を楽しんでいた。
白猫にも、火から下ろして少し冷ました肉を盛ってやると──
小さな口で、いつまでも噛み切れずにもがく姿が、なんとも微笑ましい。
……そして、気がつけば──
なぜか、すぐ隣に寄り添う王女の姿があった。
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こんな日こそ呑まねばなるまい。
と、おっさんは「孤島」を腰袋から厳かに引き抜き、
若者達の前に雅なグラスを並べる。
「これはとっておきだべ、ゆっくり呑まっしぇ」
と氷をカランと鳴らして注ぎ入れる。
これ一杯で、大五郎が千杯呑めるのか…
と複雑な心境を、
後ろに追いやり…若者達と乾杯する。
陽も徐々に傾き、
和やかで緩やかな宴の終わりを感じ始めた……
そんな時、
「ピーヒョロヒョロ」
と異質な機械音が響き、リリのメガネが曇る。
「王都から緊急連絡です。魔王が復活しました。」
穏やかな空気は、突如凍りつくのだった。
第七章 完