第三十七話
朝食の余韻にひたりながら、
各自ジュースやミルクを片手に、まったりと寛いでいる。
おっさんも席に戻り、「美味かったけ?」と皆の顔を見回す。
口の周りをベタベタに汚した子供たち。
対して──やはり一切の乱れすらない、完璧なお姫様。
おっさんはナプキンで娘たちの顔をゴシゴシ拭ってやりながら、ふと呟く。
「お姫様も、護衛の彼らも気を揉んでおるだろうし……地上さ帰っぺか?」
すると、王女はハッと目を見開き、
「わ……忘れてましたわ……あまりにも夢のような時間で……!」
と、顔を赤らめて慌て始めた。
チェックアウトを済ませようとフロントへ向かうが、
無人なのはいつもの事だが、
なぜか代金の請求がない。
以前もそうだった気がするが──
ゲームコーナーや売店では普通に料金を支払ったというのに、
最も高額なはずの宿泊費が、
なぜか「請求されない」のだ。
現金を出しても、クレジットカードを差し出しても、
機械は何の反応も示さず、まるで最初から“支払い”という概念が存在しないかのよう。
おっさんが設計して建てたホテル、だとはいえ…
おっさんの所有物なわけではない。
──まあ、異世界だし。
と、半ば諦めたしたおっさんは、
家族たちと姫を連れてエントランスをくぐる。
どこに居たのか、すでに玄関のガラスドアの前には、
みーちゃんが佇み、大欠伸をしていた。
そういえば、娘達に刺身や肉を食わされていたような気もする。
外は再び、真っ白な光に包まれた神域。
並び立つ七柱の女神像たちが、いつものように見守っていた。
おっさんが軽く手を振りながら呟く。
「場所を借りて世話になったね、女神さん」
その瞬間──
「感謝などいらぬのじゃ!」
「不浄の龍脈を浄化した功績、誠に大義であるのじゃ!」
「あっぱれあっぱれなのじゃ!」
「そなたらは祝福されし者なのじゃ〜!」
「されば遠慮無用であるぞ!」
「この場は好きに使えばよいのじゃ!」
「それより! ダークエルフを早う繁殖させるのじゃ!!」
七柱が口々に叫び出し、
神々しい空間に響きわたる「のじゃ」「のじゃ」の大合唱──
おっさんは小さくため息を吐き、
「……のじゃのじゃうるせぇわ」とぼやきながら、
娘たちと共に、地上へと続く石段へ足をかけるのであった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
あの騎士たちが今どこにいるのか、正直なところ定かではない。
ウロウロと探したところで、この街の地理にもさほど詳しいわけでもないし…
とりあえず──ギルドにでも顔を出してみるか。
おっさんは、腰袋から五人乗りトラックを
ドシン! と展開。
いつもの家族は後部座席へ収まり、姫様は助手席へ案内された。
「んじゃ、一応シートベルトな──」
軽く確認してから、エンジンをかける。
エアコンから吹き出す冷気と共に、車体が軽やかに発進した。
神殿からギルドまでは、意外なほど距離がなかった。
ものの数分で、白亜の神域から人の営みに戻ってくる。
トラックを停め、ゾロゾロと皆を連れてギルドの自動ドアをくぐる。
『──いらっしゃいませ──』
──その姿は、なかなかの目を引く“謎の一団”だった。
お姫様も娘たちも、すでにホテルで着替えを済ませており、
それぞれおしゃれな洋服に着替えている。
トゥエラは可愛らしいお子様服なのだが、
テティスと王女がヤバい。
絶対にテティスのセンスなのだろうが…
肌を出しすぎである。
リリだけは、きっちりとしたフォーマルスーツ姿で登場。
そしておっさんは──いつもの作業服である。
「……なんの集団なんだろな、俺たち」
思わず自嘲するおっさんだったが、
家族も姫も、誇らしげに歩くその姿に、
不思議と胸を張りたくなるのだった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
広いギルド内をぐるりと見渡すと──
……居た。
白銀の全身鎧をまとい、無駄な動きひとつなく壁際に直立する二人の騎士。
その姿は、まるで彫像のように静かだったが──
よく見ると、頭の兜は外しており、
こちらの姿を見てわずかに表情を緩めた。
おっさんは軽く会釈を返し、姫を連れて近づいていく。
「王女様をお返ししますよ。
──キズひとつ、ついてませんので。ご安心を」
少し照れくさく言うと、二人の騎士は──
「……感謝いたします、公爵閣下」
と、揃って深々と頭を下げてきた。
「……は? あの……誰が公爵……?」
突如として自分に向けられた“高貴すぎる敬称”に、
思わず首を傾げる。
騎士のひとりが静かに答えた。
「貴方様は、戴冠式への御招待を固辞されたと伺っておりますが……
王都内での数々の功績、王家への莫大な寄付金、
並びに、王女殿下を救出された件も含め──
──そのすべてが、王家に届いておりました」
そして──
「つきましては、既に陛下の御名により、貴方様は“公爵”としての叙任を受けられております」
「……えぇ……?」
マジで知らんが……?
と内心ザワつくおっさんに、リリがそっと耳打ちする。
「──公文書は、私の“書類魔法”で届いております。
そちらは私がすでに受理・確認済みですので、ご安心を」
「……え、わが?貴族っていうか……公爵……?」
「はい、“最上級爵位”です。いきなり最上です。さすがです」
「んなアホな…」
──この男。
異世界に来て、気の向くままに生き、
あちこちに家を建て、
なんとなくで冒険者の真似事をし、
縁あって出会った家族達と楽しく暮らしているうちに…
気がつけば、国の“トップオブ貴族”になっていたのであった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
おっさんの王都でやったことといえば……
下水道を掃除しすぎて、光らせてしまったことや、
オンボロ協会を建て直して、
女神像が喋り出したこととか…
使い道のないそれらの報酬をお城に押し付けて、
逃げ出しただけである。
「つきましては、王女殿下のご意向により、
この街に屋敷を建てていただければと──」
よく見れば、ドチャクソ二枚目な青い目の騎士だが、
今この場で言われても、
理解が追いつかないレベルの爆弾を、
しれっと投げ込んできやがった。
「ぇぇ……王女様、そういうつもりで、こんな辺境の街まで旅して来たんけ?」
と見れば、頬をほんのり赤らめて――
「嫌ですわ♡ パステルと呼んでくださいまし♡」
……なんか色々、すごく、めちゃくちゃ大変な事態になってきた。