第三十六話
流石の王女様といえど──
いくらでも追加される出来立て料理を完食することは、
とうとう叶わなかった。
とはいえ──
おっさんが酢の物の小鉢をようやく一つ、空にした頃には……
一体どれほどの料理が、姫の頭上を飛び交い、
胃袋へと消えていったことか。
スイーツを蕩けるような笑顔で頬張っていたかと思えば、
次の瞬間には新鮮な握り寿司に目を閉じ、
その滋味に深く想いを馳せている。
……見ているだけで胃がもたれそうである。
おっさんは…ついに、そっと席を立ち──
バルコニーの手すりに肘をつき、
遠くの水平線を眺めながら、胃薬代わりに酒を啜るのであった。
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トゥエラも、面白かった。
彼女はまず、
赤々とした焼き加減のカットステーキを選び──
まるで映画館のポップコーンを入れを思い出させる、
大きな容器に、遠慮なくギッシリと盛りつけて来た。
……が、その“容器”はというと──
本来なら、指先をすすぐための 、
フィンガーボウルの水入れであった。
それを誇らしげに両手で抱え、
ニッコニコの満面の笑みで席に戻ると、
自らの斧刃をテーブルの上に置き──
「じゅわぁぁあ〜〜〜♡」
加熱させた斧で、
溶岩石プレート代わりに追い焼きを始めたのである。
香ばしい香りが漂う中、斧からそのまま肉を摘み、
至福の顔で頬張るトゥエラ。
「……めんけぐて、たまらねぇ……」
と、おっさんは思わず呟いた。
気がつけば手は動き──
驚愕棍棒のマヨネーズ、
混合調味料、
おろした樹海の本ワサビに、
赤ゴブリンと白ゴブリンの混ぜた血まで……
トゥエラの皿の横に、次々と味変用調味料が並び始めていた。
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テティスはどうやら、魚介系が大好物らしい。
海底神殿で何百年も引きこもっていた影響かどうかは、正直わからない。
だが──彼女の皿の上では、ネギトロが神格化されていた。
「ヤバいしこれ、マジ神……これマジ神々しいから……」
と呟きながら、スプーンでネギトロをこねくり回し、ペタペタと塔のように積み上げていく。
そう──
かつて皆で登った、
あの“アホみたいに高い砂漠の塔”を、
まさかのネギトロ丼で再現しようとしているのだ。
しかも、嫌になる程登った螺旋階段は、
イクラを装飾のように配置し、
頂上近くにウニを乗せて、
「ここがボス部屋!」と宣言したあたりで──
おっさんは酒を吹いた。
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リリはどうしていたかと言えば──
序盤こそ、女性陣に混じって暴食祭りを繰り広げ、
姫の食の好みや、動向をさりげなく観察していた。
そして食事の合間、手元の小さな魔法陣に、
指先で軽やかな信号を打ち込む。
「トントンツー、トントンツー……」
まるでモールス信号のように、
王宮か、冒険者ギルドか──どこへかは判らないが、
何かを送信していたようだ。
それでも、表情には焦りも堅さもない。
食事を愉しむように、微笑みすら浮かべながら情報を飛ばす姿は、どこか優雅ですらあった。
そして──しばらくして席を立つと、
テラスでひとり杯を傾けていたおっさんの元へとやってきて、
空いたグラスに静かに酒を注ぐ。
「……やはり貴方様は、規格外で御座いますね」
そう囁く声には、呆れと──どこか、誇らしげな響きがあった。
少し背伸びをして、肩を並べるリリ。
おっさんとふたり、五島の水平線の彼方を、静かに見つめていた。
人生で初めて、SNSとやらをやってみました。
@3WBRs2Let692910
これでいいのでしょうか?