第三十四話
すらりとした華奢な身体に反して──
食うこと食うこと。
おっさんはまるで、わんこ蕎麦の立会人のような、
気配りと手捌きで…
小皿から具材を盛り、麺を添え、また具材を盛り──
次々と一皿ずつ仕上げてゆく。
スープも、酢醤油から始まり、ゴマだれ、味噌だれ、豚骨スープから、担々、台湾、豆乳、スタミナ系まで……
もはや「冷やし中華の博覧会」の様相を呈していた。
それを姫様は──
ムグムグ、ペロリ。ムグムグ、ペロリ。
躊躇も遠慮も一切なく、
目の前の料理を次々とたいらげてゆく。
だが…不思議なことに、粗相はひとつもない。
その所作は一貫して美しく、
テーブルクロスにも、スープ一滴さえ飛ばすことなく──
ただ静かに、幸せそうに、食べ続けていた。
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こんなにも美しく食べる大食い美少女がいたなら──
あのテレビ番組も、
もっと盛り上がったんだろうになぁ……
などと、昔の映像を思い出しつつ感慨に耽るおっさん。
だが、手は止めない。
なにせ──
具材だけで三十品目。
スープも八種類。
中央の冷えた麺ですら、ちぢれ、ストレート、太麺、細麺。
さらに周囲には、大ぶりな海老や色鮮やかな果物も並んでいる。
これだけの素材を、一皿ごとに丁寧に盛り付け──
しかも、“具材だけ先になくなる”とか、“麺が足りなくなる”なんて事態が起きぬよう──
常に全体のバランスと、
一皿ごとのテーマを考えながら盛り付けを続けていく。
まるで…涼と美の錬成に挑む熟練職人
いや──アルケミスト。
そう、今この瞬間、
おっさんは“冷やし中華”という名の舞台で、
己の全技術を捧げているのだった。
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そして──最後の一皿の、盛り付けが終わり、
その皿を姫様に吸い込まれた時…
あれほど煌びやかに並んでいた回転テーブルの食材たちは、
跡形もなく、すべて姫様の胃袋に収まっていた。
「はあぁぁ〜〜♡……美味しゅうございましたわ〜
まるで夢のようなお食事でございました」
──うっとりとした声で、姫様はそう呟いた。
その横で──
菜箸、トング、お玉を巧みに操りベテランのドラマーのような動きを続けてきたおっさんは……
攣りかけた腕を誤魔化すように、後ろ手に軽く振りながら──
「よろこんでいただけて、光栄でございます」
と、普段の訛りをすっかり封印した“完璧な敬語”で一礼した。
──この夜のディナータイムは、
姫とおっさん、ふたりだけの“王宮晩餐”であった。
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ここから先のお世話は、
どう考えてもおっさんには無理。
そこで時間稼ぎのために、
姫様を最高級のエアーマッサージ椅子に誘導し、
座ってもらい──
「ごゆっくり、お寛ぎくださいませ」
と丁寧に頭を下げると、
おっさんは、星を食った配管工のようなスピードで、
地上へとへと全力疾走するのであった。
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酔いもすっかり醒めてしまったおっさんは、
トラックを飛ばし、夜道を疾走する。
街灯もまばらな眠りの街には、
人影などほとんど見当たらない。
ギルドの前で急停止し、
借りている客間まで全速力で駆ける。
「おぉ〜〜い! おめだぢ〜〜〜〜!
助げてくんちぇ〜〜!」
──と、完全に訛り戻った東北弁で、家族を叩き起こした。
家族たちに迎え入れられ、おっさんはざっくりと経緯を語る。
──チンピラ集団に囲まれたこと。
──騎士たちが乱入してきて、場が収まったこと。
──そして、馬車から現れたのがまさかの王女様で─
──結果的に、自分がそのお姫様をホテルへ連れて行き、
冷やし中華を振る舞うことになったという一連の流れを。
最初こそ神妙な顔で聞いていたリリや娘たちも──
やがて、肩を振るわせ始め……
「おとーさん、ほんとおもしろいねー!」
「いやまじウケるんですけど!?
姫とチンピラと冷やし中華!?どゆことそれ!」
「なにがどうなったら王女に……冷やし中華……ぐふっ……ぶぷ…!」
腹を抱えて笑い転げる娘たちに、
おっさんはちょっとだけ照れくさそうに笑うのだった。
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とりあえず、食事の世話はどうにか終えたものの──
さすがに風呂やトイレまで手伝うわけにはいかない。
ということを皆に説明し、
家族に頭を下げて頼み込む。
「頼むすけぇ〜、姫様の身の回り、ちょっとでいいから、手伝ってくんちぇ……」
状況を聞いていたリリたちは、あっさりと──
というか、むしろ嬉しそうにうなずいた。
「えっ、いいのー!? もちろんいくいくー!」
「お姫様とお泊まり会だなんて、ガチで楽しそう!」
「あのホテルまた泊まれるのですか!?
はわわあぁぁぁぁ!!」
どうやらみんな、あのリゾートホテルがすっかり気に入っているらしい。
心強い家族たちを車に乗せ、神殿へと向かう。
その道すがら──
おっさんは何気なく問いかけた。
「メシはなんか美味いもん食ったんけ?」
しかし──その瞬間。
なぜか車内の空気が、すぅ…と冷えた気がした。
「……あのねー! ぎうどのごはん、おいちくなかったのー!」
と、真っ先に叫んだのはトゥエラ。
「ってかさ〜、パーパのごはん食べたらさ〜、
他の料理とかマジ卍なんですけど〜!」
と、続くリリ。
「……旦那様のお料理は、至高でございます。
……ですが……あのホテルの味も、比べるのが無礼というか……」
と、三人はどこを見るともなく若干遠い目をして呟いた。
どうやら……おっさんの料理が“基準”になってしまったらしい。
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どうにか姫様の待つ部屋に帰りつき、
様子をそ〜っと伺うと……
穏やかな顔でエアーバッグに挟まれ、
ムニムニと変顔を披露しつつも、
安らかな寝息を立てる王女様がいた。
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「あとでいくらでも好きなもん食わせてやっから」
と、リリにお世話をお願いし──
おっさんの、やたらと長かった一日は終わる……
わけもなく。
娘たちにせっつかれ、ゲームセンター、夜パフェ専門店、家族用露天風呂と──
渾身のご接待ロードが、夜更けまで続くのであった。