表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/279

第三十一話

食材搬入依頼は完遂し、はなまる(大変よくできました)の判をリリに押してもらった。

街中は狂乱の宴となっている為、

まだ土地しかない場所に帰り、プレハブに寝泊まりするのも、物騒かもしれない…


と、おっさんは元いじめられっ子の繊細なセンサーにより、ギルド内の客間を借りることにした。


ギルマスに、家族達の警護を頼み込む。

快く快諾してくれるのだが、これから呑みに行く手前、申し訳なさが募り…

自然と腰袋からとっておきを取り出していた。

リゾートホテルで仕入れておいた、蒸留酒。


「孤島」


をロックで一杯振る舞う。

これは、本当に希少な酒で、大衆酒が好きなおっさんにとっては、美味さは認めるが、

「これに大五郎の1000倍の価値あるんけ?」


と不貞腐れてしまうほど値の張る逸品であった。


樽に詰めたウイスキーを、潮流の複雑な海底に沈め、

GPS管理により三年間も海の底を漂わせ、回収するという、

放流した半数すら帰ってこない、

生産物として破綻している、

「アホが考えた美味しい酒」なのである。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


氷も、樹海の水を娘の魔法で、無駄に透き通った水晶玉のように拵えた逸品に…


グラスはアレだ。

勤めていた工務店の社長が、御歳暮に届いたといいつつ、酒好きなおっさんに数個譲ってくれた、

クリスタルガラス(バカラ)のタンブラーだ。


震えた手で一口、味わった上司(ギルマス)は、


コップを掲げ、伝承者ケンシロウの兄のように…

石になった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


石像(ラオウ)は当てにならないので、

テティスに頼み、宿舎に安全結界魔法を施して貰い、

おっさんはウキウキと街へ出かけた。


行く場所は決まっている。


酒場でも、夜の店でもない。


いまいち会話の通じない、親方の家である。


おっさんは、一緒にギルドを建築したホビットの棟梁を、

崇拝(そんけい)していた。

刃物とハンマーしか持たない、超原始的な作業工程で…


地球の3Dプリンターであっても、絶対に再現できない様な細工を、図面も無しに感覚で作り、

その緻密な作業がまるで、お砂場遊びかのように完成されてゆく。


彫って組む。


以外の選択肢がない。という世界に放り込まれたら、ここまで凄い物が創れるんだ。

ということを学んだのだった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


石工の親方の家は、ギルドのある中心地からは離れている。

が、車なら5分程度なので、わりと直ぐに到着する。

あんな凄い仕事をする職人の家とは思えない、

ストーンウッドさえ使っていないボロい小屋みたいな家の扉を叩く。


ギョゼヴィ(誰だ?)

と、返事が聞こえたので、戸を開けて中を伺うと、

奥さんらしき方と、娘?と親方が居た。


おっさんは島焼酎の瓶を見せて、手で呑むジェスチャーをすると、

ヴァジョヅー(よう来たな〜ワレ〜)ヴァジョヅー(まぁ呑んで行かんかい)

と嬉しそうに招いてくれた。


急に訪問して呑み散らかすのも申し訳ないので、

グリーンカレーや枝豆、ゴーヤチャンプルーなど、

緑の食い物を家族達に振る舞う。


頭にリボンをつけた娘らしき子供も喜んでくれたので、

遠慮なく座らせて貰い、

グラスにロックを二杯作る。


「孤島」を出してもいいのだが、あれは何かお祝いの時にでも取っておいてもいいかと思う。


地球の通貨は、金輪際増えることはないのだ。

散財してしまえば、ホテルのサービスなども利用できなくなってしまう。


それに、親方もおっさんも焼酎が大好きだ。

4リットル(大五郎)なら、一晩で二人で呑めてしまうほどに。

そして、呑み始めると、ツマミすら必要なくなってしまうのも、師弟で似ていた。


酒と煙草だけで、延々と過ごせるのだ。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


島焼酎も、それなりには高価だ。いつもの酒(大五郎)の五倍程度には。

ギョウゲゲチョ〜(人族の家が不足してる)

「そうなんですか〜」

親方と語らい、酒が進む。


どうやら、新しい現場に取り掛かっているらしく、毎日忙しいそうだ。


手伝いにくるか?と誘って貰い嬉しかったのだが、

土地が手に入った旨と、自宅を建てたいことを説明する。


図面など見せてもホビット族には伝わらないので、

インスピレーションだけだ。


720mlの瓶など、あっという間に空になってしまう。


おっさんは、日本酒やウイスキーなど、比較的手頃な酒を次々と振る舞いながら──

これから建てる予定の、自宅の構想について、熱っぽく語り始めた。


「ここは吹き抜けでしてね、そんで猫専用の通路を梁に組み込んで……

朝日はここから入ってきて、飯の時間には炊事場の窓がちょうど……」


火照った頬、赤らむ鼻先。

酒がまわるほどに、夢の住まい語りは、

どんどん広がっていく。


グヴァイグヴァイ(こりゃ面白い造りだ)ジュヅ?(風呂が屋上に?)


と、親方もまた、真剣な目で耳を傾ける。


言葉はあまり通じないが──

それでも、おっさんの「家づくり」への情熱が、まっすぐ伝わっていた。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


あまり長居しても、

さすがに親方の家族に悪い気がしてくる。


リボンをつけた娘さんも、満腹なのかウトウトしており、奥さんらしき女性も静かに片付けを始めていた。


おっさんは、そっとテーブルに手をつき、最後の一杯を口に運ぶ。


──そして。


4本目の酒瓶が空になったのを機に、腰を上げた。


「また、ゆっくり呑みましょうや」


ホビット語で正しく伝わったかは定かじゃないが──

親方は、にんまりと笑いながら、

力強く頷いてくれた。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


おっさんにとっては、まだ宵の口だ。

とはいえ、ほろ酔いでの運転は避け、夜空を見上げながら歩いて帰ることにした。


 


ホビット族は、どうやら魔法が不得手な種族らしく、

王都では当たり前に灯っていた街灯の類も、この地にはあまり普及していない。


最近になって多種族が流入し、

少しずつ生活インフラも整備され始めたとは聞くが──

それも、ギルドのある中心街あたりが精々だろう。


 


だからこそ、見上げる夜空は美しかった。

まるで吸い込まれそうな群青に、星々が冴え冴えと瞬き、

その中にひときわ目を引く、赤く染まった月が不気味に浮かんでいる。


 


「へっへ〜……まっこと、いい夜だっぺな……」


足元はややふらつきつつも、気分は上々。

おっさんは上機嫌で、石畳を踏みしめていく。


 


──だが。


 


その道の先、曲がり角の影から……

ゾロ、ゾロ……と、何人もの影が現れた。


鍛え抜かれた筋肉質な体つき。

威圧的な眼差し。

そして、囲むように無言で立ち止まる気配——


 


「……ん?」


 


気づけば、おっさんの周囲を、無骨な者たちが取り囲んでいた。


星空の下で、空気が変わった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ