第三十一話
食材搬入依頼は完遂し、はなまるの判をリリに押してもらった。
街中は狂乱の宴となっている為、
まだ土地しかない場所に帰り、プレハブに寝泊まりするのも、物騒かもしれない…
と、おっさんは元いじめられっ子の繊細なセンサーにより、ギルド内の客間を借りることにした。
ギルマスに、家族達の警護を頼み込む。
快く快諾してくれるのだが、これから呑みに行く手前、申し訳なさが募り…
自然と腰袋からとっておきを取り出していた。
リゾートホテルで仕入れておいた、蒸留酒。
「孤島」
をロックで一杯振る舞う。
これは、本当に希少な酒で、大衆酒が好きなおっさんにとっては、美味さは認めるが、
「これに大五郎の1000倍の価値あるんけ?」
と不貞腐れてしまうほど値の張る逸品であった。
樽に詰めたウイスキーを、潮流の複雑な海底に沈め、
GPS管理により三年間も海の底を漂わせ、回収するという、
放流した半数すら帰ってこない、
生産物として破綻している、
「アホが考えた美味しい酒」なのである。
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氷も、樹海の水を娘の魔法で、無駄に透き通った水晶玉のように拵えた逸品に…
グラスはアレだ。
勤めていた工務店の社長が、御歳暮に届いたといいつつ、酒好きなおっさんに数個譲ってくれた、
クリスタルガラスのタンブラーだ。
震えた手で一口、味わった上司は、
コップを掲げ、伝承者の兄のように…
石になった。
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石像は当てにならないので、
テティスに頼み、宿舎に安全結界魔法を施して貰い、
おっさんはウキウキと街へ出かけた。
行く場所は決まっている。
酒場でも、夜の店でもない。
いまいち会話の通じない、親方の家である。
おっさんは、一緒にギルドを建築したホビットの棟梁を、
崇拝していた。
刃物とハンマーしか持たない、超原始的な作業工程で…
地球の3Dプリンターであっても、絶対に再現できない様な細工を、図面も無しに感覚で作り、
その緻密な作業がまるで、お砂場遊びかのように完成されてゆく。
彫って組む。
以外の選択肢がない。という世界に放り込まれたら、ここまで凄い物が創れるんだ。
ということを学んだのだった。
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石工の親方の家は、ギルドのある中心地からは離れている。
が、車なら5分程度なので、わりと直ぐに到着する。
あんな凄い仕事をする職人の家とは思えない、
ストーンウッドさえ使っていないボロい小屋みたいな家の扉を叩く。
「ギョゼヴィ」
と、返事が聞こえたので、戸を開けて中を伺うと、
奥さんらしき方と、娘?と親方が居た。
おっさんは島焼酎の瓶を見せて、手で呑むジェスチャーをすると、
「ヴァジョヅーヴァジョヅー」
と嬉しそうに招いてくれた。
急に訪問して呑み散らかすのも申し訳ないので、
グリーンカレーや枝豆、ゴーヤチャンプルーなど、
緑の食い物を家族達に振る舞う。
頭にリボンをつけた娘らしき子供も喜んでくれたので、
遠慮なく座らせて貰い、
グラスにロックを二杯作る。
「孤島」を出してもいいのだが、あれは何かお祝いの時にでも取っておいてもいいかと思う。
地球の通貨は、金輪際増えることはないのだ。
散財してしまえば、ホテルのサービスなども利用できなくなってしまう。
それに、親方もおっさんも焼酎が大好きだ。
4リットルなら、一晩で二人で呑めてしまうほどに。
そして、呑み始めると、ツマミすら必要なくなってしまうのも、師弟で似ていた。
酒と煙草だけで、延々と過ごせるのだ。
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島焼酎も、それなりには高価だ。いつもの酒の五倍程度には。
「ギョウゲゲチョ〜」
「そうなんですか〜」
親方と語らい、酒が進む。
どうやら、新しい現場に取り掛かっているらしく、毎日忙しいそうだ。
手伝いにくるか?と誘って貰い嬉しかったのだが、
土地が手に入った旨と、自宅を建てたいことを説明する。
図面など見せてもホビット族には伝わらないので、
インスピレーションだけだ。
720mlの瓶など、あっという間に空になってしまう。
おっさんは、日本酒やウイスキーなど、比較的手頃な酒を次々と振る舞いながら──
これから建てる予定の、自宅の構想について、熱っぽく語り始めた。
「ここは吹き抜けでしてね、そんで猫専用の通路を梁に組み込んで……
朝日はここから入ってきて、飯の時間には炊事場の窓がちょうど……」
火照った頬、赤らむ鼻先。
酒がまわるほどに、夢の住まい語りは、
どんどん広がっていく。
「グヴァイグヴァイ…ジュヅ?」
と、親方もまた、真剣な目で耳を傾ける。
言葉はあまり通じないが──
それでも、おっさんの「家づくり」への情熱が、まっすぐ伝わっていた。
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あまり長居しても、
さすがに親方の家族に悪い気がしてくる。
リボンをつけた娘さんも、満腹なのかウトウトしており、奥さんらしき女性も静かに片付けを始めていた。
おっさんは、そっとテーブルに手をつき、最後の一杯を口に運ぶ。
──そして。
4本目の酒瓶が空になったのを機に、腰を上げた。
「また、ゆっくり呑みましょうや」
ホビット語で正しく伝わったかは定かじゃないが──
親方は、にんまりと笑いながら、
力強く頷いてくれた。
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おっさんにとっては、まだ宵の口だ。
とはいえ、ほろ酔いでの運転は避け、夜空を見上げながら歩いて帰ることにした。
ホビット族は、どうやら魔法が不得手な種族らしく、
王都では当たり前に灯っていた街灯の類も、この地にはあまり普及していない。
最近になって多種族が流入し、
少しずつ生活インフラも整備され始めたとは聞くが──
それも、ギルドのある中心街あたりが精々だろう。
だからこそ、見上げる夜空は美しかった。
まるで吸い込まれそうな群青に、星々が冴え冴えと瞬き、
その中にひときわ目を引く、赤く染まった月が不気味に浮かんでいる。
「へっへ〜……まっこと、いい夜だっぺな……」
足元はややふらつきつつも、気分は上々。
おっさんは上機嫌で、石畳を踏みしめていく。
──だが。
その道の先、曲がり角の影から……
ゾロ、ゾロ……と、何人もの影が現れた。
鍛え抜かれた筋肉質な体つき。
威圧的な眼差し。
そして、囲むように無言で立ち止まる気配——
「……ん?」
気づけば、おっさんの周囲を、無骨な者たちが取り囲んでいた。
星空の下で、空気が変わった。