表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/279

第十四話 芋餅グラタンくいっせ!

色々あったな……と、ため息をつくおっさんは、

ちょうどいい具合に開けた場所を見つけた。


「ここらでちっと、腰落とさねぇと、心がもたねぇべ」


腰袋から、現場事務所(プレハブ)を引っ張り出す。

スチール製の仮設小屋、広さは六畳ほど。

ドアも窓もついた、どこか懐かしい現場仕様だ。


ゴロンと置けば、なんだか仕事の休憩時間みたいな空気になる。


一方その頃、あのジャガーは、ラグビーボールを二回りはでかくした謎の繭を三つほど、

木の根元に残して姿を消していた。


「……マジでなんなんだよ、あいつ」


苦笑しながら、回収してきたおっさん。

恐る恐る、ハサミで糸をチョキチョキと切り開く。


中から現れたのは……


「なるほど、ジャガー芋け」


ドッと脱力するおっさんであった。


当然のように、即、夕飯のメニューに決定である。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


下ごしらえは、まずジャガー芋を皮ごと、

焚き火の中にドボンと放り込む。

皮がパリパリどころか、

真っ黒に焦げてボロボロになるくらいで丁度いい。

中身はホクホク、しっとりした芋になってる。


皮を剥くのが面倒なので、

そのまま手袋越しに潰してやると、手も真っ黒け。

まぁ、現場じゃよくあることだ。


潰した芋に、昨日捏ねたカエルを混ぜて、

ほんの少しだけ塩で味を締める。

べっとり、もっちり、

腹にズシンと溜まるペーストになった。


鶏肉はざくざくと適当に切り、

ごま油ジュレを溶かしたフライパンで豪快に焼く。

ジュレが溶けると、香ばしい香りが立ち込める。

ラーメン屋の裏口みたいな匂いだ。


仕上げに、魔石汁(みりん)で照りを付けてやれば、

テラテラと輝く甘辛肉の完成。


あとは耐熱皿に芋もちペーストをベッタリ敷いて、

その上に鶏肉をドカッと並べ、

粉末魔石(砂糖)をパラパラ。

表面がほんのり焦げるくらいに、

システムキッチンのオーブンでグツグツ焼き上げる。


仕上げに桃ジャムを、でろりとかければ完成だ。


「芋餅グラタンくいっせ! これは腹に来るぞー」


挿絵(By みてみん)


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


本日のピクニックはここまでとし、

明日に備えて英気を養う。


風呂を沸かしてトゥエラを丸洗いし、

新しい作業服を見繕ってやる。


本当はパジャマの様なものも出せればいいのだが、

無いものは仕方がない。


おっさんは出張カバンに寝巻きも下着もあるのだが…


その寝巻きや下着をトゥエラに貸すには、

ちとデカすぎるし、やっぱり気恥ずかしい。


仕方なく、

新品の作業服をパジャマ代わりに着せてやる。

トゥエラはそんなこと気にする素振りもなく、

ふわふわのタオルに包まれたまま、

布団へダイブし、即寝落ちした。


おっさんはというと、

氷一杯のジョッキを片手に、

今日の疲れを焼酎(大五郎)で流しつつ、

「明日は…例の巨木だっぺか」

と、ぼんやり考えるのだった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


娘の寝息をBGMに酒に酔い、

うつらうつらしていると…

ドン!

とプレハブの壁を叩く音がした。


いい気分になっていたおっさんは、

面倒くさそうに、

武器になりそうな物は無いかと…

腰袋を漁りながら外へ出てみると、


ダランと息絶えた、

電柱(約5メートル)サイズのムカデを咥えたジャガーが

みどりに光る目でこっちを見ていた。


おっさんは、一瞬で酔いが吹き飛んだ。


──いや、寝落ち前に出くわすには、デカすぎだろ。


ジャガーは、ムカデを地面に放り投げると、

まるで「褒めろ」と言わんばかりに胸を張っている。


「おめぇ…お土産のつもりかよ…」


ため息をつきながら、腰袋からチュールを取り出す。

獲物の扱いには慣れているが、

電柱サイズは想定外だ。


とはいえ、せっかくの好意(?)を無下にはできん。

捌いてみるか、明日の朝にでも。


おっさんはジャガーに適当に手を振り、

プレハブに戻ると、

「…はぁ。今夜は酔えねぇや」

と、ぬるくなったジョッキを見つめた。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


翌朝、外へ出てみると、

少し離れた大木の下でジャガーが丸くなっていた。


どんな身体の柔らかさならそうなるのか、

十本もある脚は一本も見えず、

見た目はただのデカい猫だ。

所謂、「てってないない」状態である。


ドア前に置かれた土産に目をやるが、

中々にキモい。

百足ムカデと言うより…千足だ。

読み方はわからんが…


玄能カナヅチで叩いてみると、

ゴンゴン、と

金属ともコンクリートともつかない重い音が響く。


枝を切るチェーンソーでは刃がなくなるな…

と思い、

道路工事によく使っていた、

アスファルトカッターを取り出してみる。


イメージはスーパーの手押しカートだ。

もちろん、あんな華奢ではない。

カートでいう、前タイヤの位置に

大きなダイヤモンド刃の円盤が備わり、

エンジンモーターのパワーで道路を切り裂ける。


それをムカデの背中に乗せ、刃を入れる深さは…

まぁ少しずつ、手探りでだ。


「ギュウイィィン!!」


唸りを上げ、

黒曜石のように黒光りする甲冑を切り裂く。


遠くにいるジャガーが、

びっくりした猫みたいな顔をしている。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


摩擦で刃が焼き付かないよう、

常に注水しながら、

じわじわと慎重に刃を入れていく。


少しずつ深さを増し、

5センチほどで──手応えが変わった。

硬い甲冑を貫通したようだ。


そこからは、

身まで切りすぎないよう気をつけながら、

全長5メートルはある背中を、

ひたすら根気よく切り裂いていく。


切り終われば、機械を腰袋へ戻し、

解体用の長尺バールを手に取る。

テコの原理で、堅牢な殻を少しずつ、

慎重に、開いていった。


現れたのは──

かすかにピンクがかった、艶のある瑞々しい肉。


「……エビけ?」


試しに少しだけ包丁で切り、

魔石汁(醤油)を垂らして口に運ぶ。


ぷりっぷりで、甘みのある歯応え。


どう見ても──

完全に、巨大な甘海老である。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


まずは、獲って来てくれた功労者を労うべく──


コンクリート練り用の船を腰袋から出す。

プラスチック製で、

風呂桶を脛くらいの深さにしたやつだ。


そこへ、山盛りの甘海老をブチ込む。

猫に醤油もどうかとは思ったが……

異世界だしな、と割り切り、

バシャバシャと惜しげもなく醤油をかけてやる。


「さぁ、食いなせ」


手招きで呼べば、のそのそと近寄ったジャガーが、

スンスンと鼻を利かせ──

次の瞬間、物凄い勢いで貪り始めた。


「慌てなさんなー、まだあるっぺよ」


おっさんは苦笑しつつ、

自分たち用の朝食の支度も始める。


味は甘海老だとはいえ、切り出した肉は、

まるでブロック肉のようなゴツい塊。

どう料理するか少し悩んでから、


「ネギトロみたく、たたきゃええべ」


と、ぷりぷり感が残る程度にざくざくと叩き、

炊きたてご飯にたっぷり盛りつける。


それをトゥエラに差し出せば、

娘は両手でほっぺを押さえながら、

「おいちーおいちー」と踊り出す。


おっさんも一口、軽くつまんでみる。


「んめーなぁ……わさびあれば完璧なんだが」


そこでふと、

解体半端なムカデに目を向ければ──

頭の割れ目から、ドッヂボール大の魔石がキラリ。


水道で洗って、カッターナイフで僅かに削り、

ペロリと舐めると……


「至れり尽くせりけ」


ツーンと鼻に抜ける、強烈な山葵わさびの辛み。

おっさんはちょいと小皿に取り、

醤油で溶いてエビにかける。


「……最高の朝飯だっぺ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ