第十四話 芋餅グラタンくいっせ!
色々あったな……と、ため息をつくおっさんは、
ちょうどいい具合に開けた場所を見つけた。
「ここらでちっと、腰落とさねぇと、心がもたねぇべ」
腰袋から、現場事務所を引っ張り出す。
スチール製の仮設小屋、広さは六畳ほど。
ドアも窓もついた、どこか懐かしい現場仕様だ。
ゴロンと置けば、なんだか仕事の休憩時間みたいな空気になる。
一方その頃、あのジャガーは、ラグビーボールを二回りはでかくした謎の繭を三つほど、
木の根元に残して姿を消していた。
「……マジでなんなんだよ、あいつ」
苦笑しながら、回収してきたおっさん。
恐る恐る、ハサミで糸をチョキチョキと切り開く。
中から現れたのは……
「なるほど、ジャガー芋け」
ドッと脱力するおっさんであった。
当然のように、即、夕飯のメニューに決定である。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
下ごしらえは、まずジャガー芋を皮ごと、
焚き火の中にドボンと放り込む。
皮がパリパリどころか、
真っ黒に焦げてボロボロになるくらいで丁度いい。
中身はホクホク、しっとりした芋になってる。
皮を剥くのが面倒なので、
そのまま手袋越しに潰してやると、手も真っ黒け。
まぁ、現場じゃよくあることだ。
潰した芋に、昨日捏ねた餅を混ぜて、
ほんの少しだけ塩で味を締める。
べっとり、もっちり、
腹にズシンと溜まるペーストになった。
鶏肉はざくざくと適当に切り、
ごま油ジュレを溶かしたフライパンで豪快に焼く。
ジュレが溶けると、香ばしい香りが立ち込める。
ラーメン屋の裏口みたいな匂いだ。
仕上げに、魔石汁で照りを付けてやれば、
テラテラと輝く甘辛肉の完成。
あとは耐熱皿に芋もちペーストをベッタリ敷いて、
その上に鶏肉をドカッと並べ、
粉末魔石をパラパラ。
表面がほんのり焦げるくらいに、
システムキッチンのオーブンでグツグツ焼き上げる。
仕上げに桃ジャムを、でろりとかければ完成だ。
「芋餅グラタンくいっせ! これは腹に来るぞー」
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
本日のピクニックはここまでとし、
明日に備えて英気を養う。
風呂を沸かしてトゥエラを丸洗いし、
新しい作業服を見繕ってやる。
本当はパジャマの様なものも出せればいいのだが、
無いものは仕方がない。
おっさんは出張カバンに寝巻きも下着もあるのだが…
その寝巻きや下着をトゥエラに貸すには、
ちとデカすぎるし、やっぱり気恥ずかしい。
仕方なく、
新品の作業服をパジャマ代わりに着せてやる。
トゥエラはそんなこと気にする素振りもなく、
ふわふわのタオルに包まれたまま、
布団へダイブし、即寝落ちした。
おっさんはというと、
氷一杯のジョッキを片手に、
今日の疲れを焼酎で流しつつ、
「明日は…例の巨木だっぺか」
と、ぼんやり考えるのだった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
娘の寝息をBGMに酒に酔い、
うつらうつらしていると…
ドン!
とプレハブの壁を叩く音がした。
いい気分になっていたおっさんは、
面倒くさそうに、
武器になりそうな物は無いかと…
腰袋を漁りながら外へ出てみると、
ダランと息絶えた、
電柱サイズのムカデを咥えたジャガーが
翠に光る目でこっちを見ていた。
おっさんは、一瞬で酔いが吹き飛んだ。
──いや、寝落ち前に出くわすには、デカすぎだろ。
ジャガーは、ムカデを地面に放り投げると、
まるで「褒めろ」と言わんばかりに胸を張っている。
「おめぇ…お土産のつもりかよ…」
ため息をつきながら、腰袋からチュールを取り出す。
獲物の扱いには慣れているが、
電柱サイズは想定外だ。
とはいえ、せっかくの好意(?)を無下にはできん。
捌いてみるか、明日の朝にでも。
おっさんはジャガーに適当に手を振り、
プレハブに戻ると、
「…はぁ。今夜は酔えねぇや」
と、ぬるくなったジョッキを見つめた。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
翌朝、外へ出てみると、
少し離れた大木の下でジャガーが丸くなっていた。
どんな身体の柔らかさならそうなるのか、
十本もある脚は一本も見えず、
見た目はただのデカい猫だ。
所謂、「てってないない」状態である。
ドア前に置かれた土産に目をやるが、
中々にキモい。
百足と言うより…千足だ。
読み方はわからんが…
玄能で叩いてみると、
ゴンゴン、と
金属ともコンクリートともつかない重い音が響く。
枝を切るチェーンソーでは刃がなくなるな…
と思い、
道路工事によく使っていた、
アスファルトカッターを取り出してみる。
イメージはスーパーの手押しカートだ。
もちろん、あんな華奢ではない。
カートでいう、前タイヤの位置に
大きなダイヤモンド刃の円盤が備わり、
エンジンモーターのパワーで道路を切り裂ける。
それをムカデの背中に乗せ、刃を入れる深さは…
まぁ少しずつ、手探りでだ。
「ギュウイィィン!!」
唸りを上げ、
黒曜石のように黒光りする甲冑を切り裂く。
遠くにいるジャガーが、
びっくりした猫みたいな顔をしている。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
摩擦で刃が焼き付かないよう、
常に注水しながら、
じわじわと慎重に刃を入れていく。
少しずつ深さを増し、
5センチほどで──手応えが変わった。
硬い甲冑を貫通したようだ。
そこからは、
身まで切りすぎないよう気をつけながら、
全長5メートルはある背中を、
ひたすら根気よく切り裂いていく。
切り終われば、機械を腰袋へ戻し、
解体用の長尺バールを手に取る。
テコの原理で、堅牢な殻を少しずつ、
慎重に、開いていった。
現れたのは──
かすかにピンクがかった、艶のある瑞々しい肉。
「……エビけ?」
試しに少しだけ包丁で切り、
魔石汁を垂らして口に運ぶ。
ぷりっぷりで、甘みのある歯応え。
どう見ても──
完全に、巨大な甘海老である。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
まずは、獲って来てくれた功労者を労うべく──
コンクリート練り用の船を腰袋から出す。
プラスチック製で、
風呂桶を脛くらいの深さにしたやつだ。
そこへ、山盛りの甘海老をブチ込む。
猫に醤油もどうかとは思ったが……
異世界だしな、と割り切り、
バシャバシャと惜しげもなく醤油をかけてやる。
「さぁ、食いなせ」
手招きで呼べば、のそのそと近寄ったジャガーが、
スンスンと鼻を利かせ──
次の瞬間、物凄い勢いで貪り始めた。
「慌てなさんなー、まだあるっぺよ」
おっさんは苦笑しつつ、
自分たち用の朝食の支度も始める。
味は甘海老だとはいえ、切り出した肉は、
まるでブロック肉のようなゴツい塊。
どう料理するか少し悩んでから、
「ネギトロみたく、たたきゃええべ」
と、ぷりぷり感が残る程度にざくざくと叩き、
炊きたてご飯にたっぷり盛りつける。
それをトゥエラに差し出せば、
娘は両手でほっぺを押さえながら、
「おいちーおいちー」と踊り出す。
おっさんも一口、軽くつまんでみる。
「んめーなぁ……わさびあれば完璧なんだが」
そこでふと、
解体半端なムカデに目を向ければ──
頭の割れ目から、ドッヂボール大の魔石がキラリ。
水道で洗って、カッターナイフで僅かに削り、
ペロリと舐めると……
「至れり尽くせりけ」
ツーンと鼻に抜ける、強烈な山葵の辛み。
おっさんはちょいと小皿に取り、
醤油で溶いてエビにかける。
「……最高の朝飯だっぺ」