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第二十二話

娘達と嫁が、

最後の一滴まで啜り終わった時…


朝食など幻だったかのように、

テーブルが更地となった。


動けないような満腹感はない。


だが、


今までの人生の食事が霞むような幸福感。


おっさんは追加されたジョッキを片手に、

腰を上げる。


うめがったか(美味しかったですか)?」


家族を見れば…


名馬がラストランを終え、

去ってしまった様な、虚脱顔。


「ほれ、土産貰ってやっから部屋さいっぺ」


厨房に会釈し、合図を送れば。


三人の手のひらに、冷たいご褒美。


甘しょっぱい鯛の出汁が仄かに香る、

薄い最中の生地に包まれた魚型アイスクリーム。



「ん〜〜ちめたくておいちぃ〜〜」


「……え、やば、なにこれ感情追いつかん…

…アフターグロウが長すぎっしょ……」


「アフワァァァァァン♡」


挿絵(By みてみん)


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


部屋へ戻る道すがら、

通路の先に──“土産屋”と呼ぶには、

やや立派すぎる店舗があった。


壁面一杯にディスプレイされた、

色とりどりのワンピース、帽子、アクセサリー。

奥にはコスメや、ホテルロゴ入りのハンドタオルなどの雑貨。

隅の一角には、島の焼酎や調味料、

地元作家の陶器や木工製品まで並んでいる。


いわゆる「売店」ではない。

もはや、高級セレクトショップの風格すらあった。


「……たっけぇな、おい」


おっさんは、安っぽい金額表の無さにひとまず怯みつつも──

女性陣に好きなだけ選ばせる。



おっさん自身は、どうあがいても召喚できるのは、

作業着オンリー。

「おしゃれ着」というカテゴリは腰袋になく、

下着類に至っては、

そもそも持ち合わせすらなかった。当たり前だが。


いずれまた異世界に戻ったあと──

ホビット街の店は当然、ホビットサイズしかないわけで。


「ここで仕入れとくけ」


と、まるで災害用備蓄のように、肌着からスニーカー、ヘアゴムに至るまで大人買いする。


それを見ていた女性陣が、

妙に感心した顔で頷いていたのだった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


あまりの居心地の良さに、

「……一週間くらい、ここでダラけて過ごしても……

いいんじゃねぇべか?」

そんな甘い囁きが脳内をよぎる。


だが、おっさんは思い出してしまった。

──今は、あくまで「依頼中」だったことを。


迷彩の作業服に着替え、

腰袋を装備し直すと……リリが微笑みながら言った。


「旦那様……冒険者に戻られるのですね」


ホテルを後にしようとしたその時、

最上階を名残惜しそうに見上げる娘たち。


「うわ〜〜また絶対来ようね!今度はプールも入るのー!」


「ご飯もお風呂もマジ最高だったよねぇ〜〜」


それに苦笑しながら──

おっさんはシュルン、と腰袋にホテルをしまい込む。


「場所さえあれば、また泊まれっぺ」


──カチッ、とトグルスイッチを切るように景色が反転する。


あっという間に、目の前に広がるのは

異世界の、魔物たちが蠢く濃密な森。


背後にあったリゾートの気配も、光も、音も……すべてが霧のように消えていた。


だが、

家族達の中には──


ただいまって言いたくなる、

贅沢なリゾートの記憶がちゃんと詰まっていた。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


ホビットの街の冒険者ギルドで受けた依頼は、


食料調達だった。


急に大勢の人族が街に押しかけたので、

需要と供給のバランスが崩れ始めることに

危機感を覚えた、ギルドからの直接的な依頼だ。


普段から魔物や野草などを採集している

おっさん達にすれば、

いつも通りのピクニック、

採取量をいつもより多くするだけ。


という気楽な仕事である。


今まで、異世界で出会った化け物たちで、

不味くて食えなかったというケースは……


あまりなかった様な気がする。


見た目がヘビでも蜘蛛でもムカデでも、


捌いてみると全く予想もつかない食材だったりするのだ。


なので、どんな見た目の魔物であっても、

取り敢えずは倒して食ってみる。

そうゆうスタイルで今までやってきた。



しばらく進むと、木々が濃くなってきた。


樹海ほどではない。

携帯を見れば、方位磁針アプリは正常に動いている。


娘達とリリは、少し後ろの方で、

キャッキャと楽しそうに話をしている。


リゾートホテルがよほど楽しかったのか、

思い出話が尽きないようだ。


そのうち、景色のいい海辺でも見つかれば

あそこ(スイート)からの眺めも楽しませてやれるんだろうな。


おっさんは護身用に、

釘打ち機を構えながら歩く。

充電式なので、エアーコンプレッサーを用意する必要はない。


日本の仕事では全く使わなかったので、

今まで出すのを忘れていたのだが…


この機械は三寸釘(90ミリ)を1発で打ち込むことが出来る。

かなりハイパワーな道具だ。


海外では普通に利用できたのだが、

日本には、銃刀法というものがある。


この機械は勿論、使用する釘も道具屋に売られていないのである。


転生前は、こんなチートな腰袋などあるはずも無く、

道具の存在自体忘れていた。


藪の中から飛び出して来るヘビに…

バスン!

と引き金を引くと、唸る鉄釘は、ヘビに突き刺さり…

後方の木まで吹き飛ばし、打ちつけた。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


周辺を探り、とりあえず他の魔物は居なそうだったので、

木に近づき、ナイフで頭を切り落とす。


血抜き…は必要ないようだ。


皮はペロリとめくれ、肉は…


「バナナけ」


三等分に切り、割り箸を突き刺す。

落とした頭を拾い上げ、切り割ると魔石。


柔らかそうだったので…

指でグニュっと潰すと、

チョコレートが出た。


バナナに満遍なくふりかけ、娘達とリリに渡してやる。

「チョコバナナだっぺ」


家族達も慣れたもので、忌避感もなくかぶりつく。

ビュッフェにもデザートはいっぱいあったし感動は薄いか?

と思ったが…


「おいちーすーすーするー」


「ちょーうまいんですけど〜」


「ん〜〜〜〜♡」


どうやら、チョコミントヘビだったようだ。

色も青かったしな。


その後も、バスン!バスン!と、


目につく魔物を撃ち殺しながら、

森林を進む。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


脚の生えた大根や人参、野菜達の集落を発見し、

撲滅しない程度に収穫した。


カイワレの茂みを背に、仁王立ちするパパ風大根に、少し胸が痛んだが…

おっさんはあの辛みが好物なので、

容赦なく毟り取った。


トゥエラ達には、

お椀にマヨネーズを入れて渡してやったら、

人参魔物を生きたまま齧っていた。


セロリ魔物は刻んで、酢漬けにしておくことも忘れない。


瓶に投げ入れる直前、

「ピィ〜〜〜クル〜〜ス!」

とか叫んでいた…


今となっては、少々時代遅れ感がするが、


おっさんは長年愛用している保温鍋(シャトルシェフ)を取り出す。


そこに里芋魔物を脅し、

皮を脱がせた奴を飛び込ませ…

しょっぱめのタレで煮込んでおく。

沸騰したら、外鍋に移し蓋をロックすれば…

数時間後には箸で持っただけで崩れる、

煮っ転がしになる。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


なんだか、自分たちのオカズばかり獲ってるような気もするが、

きちんと納品する素材も、フレコンに詰めて行っている。


そうこうして進んでいると、


木々の密度が一気に薄まり、

差し込む光の量が、目にまぶしいほどに増え始めた。


──森の終点だ。


遠くに、陽光を反射する切り立った山の稜線が見える。

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