第十六話
大きなベッドでぐっすり眠った翌朝。
囲炉裏を囲んで、釜揚げうどんをずるずる啜る。
洗濯乾燥も済ませた作業服をおのおの着込み、
再びトラックを走らせる。
やがて木立が徐々に密度を増し、
「森」と呼べるほどの深緑へと入った。
無理をすれば車でも進めそうだが、
今回の旅の目的は食材の確保だ。
ここでエンジンを止め、トラックは腰袋へ仕舞う。
ここからはのんびりと、徒歩での探索が始まる。
樹海と比べてしまえば、陽の光も程々に届く、
歩きやすい環境であるが、
それでも猛獣や化け物の類も、
奥に行けば潜んでいるかもしれない。
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毒虫や蛇にも注意して、家族全員の装備を確認する。
編み上げブーツの安全靴、
防刃機能を持つ手袋。
ヘルメット。
各自腰に装着した道具入れには、
護身用に小振りなマチェットナイフを。
トゥエラは持ち手の取り外し可能な斧がある。
テティスは魔法が成長した事により、
昔背負っていた弓はフレコン行きになった。
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山菜のような草やキノコ類を見つけては、
リリが「書類魔法」とやらで王都の図書院にアクセスし、
可食かどうかの判定を依頼する。
「この青い花の茎は、少し苦味があるようで御座います。
こちらのキノコは……かなり高級な品種ですね!」
豊富に生える山の恵みを、次々と採取していく一行。
やがて、おっさんは巨大な柘榴のような木の実を見つけて、もぎ取ってみた。
パックリと割れ目の入ったラグビーボールのような…
果実…?
外見は赤いが、中には里芋のような塊がギッシリと詰まっている。
そのとき、背後から突然トゥエラの声が飛ぶ。
「おとーさん、どいてー!」
慌てて身を屈めたおっさんの頭上を——
ギュルルルルルルッ!!
と、円盤のような斧の刃だけが宙を裂いて
飛んでいった。
高空を舞っていた、
鳥のような魔物の首を鮮やかに刎ね、
そのまま凄まじい勢いで刃が戻ってくる。
思わずヒヤリとしたが、トゥエラは冷静そのもの。
手に持った柄部分で、シャキーン!と見事にキャッチしていた。
かつては便利な料理道具として使っていたものを、
こんなふうに武器に転用されているのを見て——
おっさんは、ちょっぴり申し訳ない気持ちになった。
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折角の獲物を墜落させては、
肉がダメになるかもしれない。と、
おっさんは場所を予想して、
落下防止ネットを木の枝に簡易的に張る。
バッサァァァァ!
と落ちて来た首と胴体は、辻褄が合っていない。
頭は鷹のような鳥類だが、体は馬…
さらに蝙蝠のような羽根もあった。
リリの魔法によれば、
グリフォンとかいう魔物の一種の様だ。
危険度とやらで見れば、騎士団が一部隊で取り囲んで戦う様な化け物だと、驚いていた。
さっそくおっさんは、簡単な足場を組み立て、ウインチから降ろした鎖を、馬の後ろ脚に結びつけ…
逆さまに釣り上げる。
血抜きと解体を同時にこなせるテクニックである。
胴体もなかなかにデカく、
乗ってきたトラックくらいはあるかもしれない。
馬の体にも、羽毛?が生えているのでまずそれを毟り取る。
内臓を破かない様に刃を入れ、
以前どこかの風呂場解体工事で出た浴槽を取り出し
そこに落とす。
あとは部位ごとに切り分け、皮を剥ぎ洗浄し、
肉として保管してゆく。
どんな味わいなのかは、夕方のお楽しみだ。
魔石は、頭と胸付近とで二つもあった。
鳥でもあり馬でもあるって事なのだろうか?
これも水ですすぎ袋に仕舞えば、
足場を片付け、重機で地面に穴を掘り、
遺体を深めに埋めて、合掌。のち埋め戻す。
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テティスが見えないな?と思ったら、
森の奥の方からフワフワと飛んで戻ってきた。
その背後には…大きな氷塊に閉じ込められた、これまた巨大なワニ?のような何か。
娘達が頼もしすぎて、嬉しいやら呆れるやら……
またおっさんの出番である。
魔法で半解凍された、ワニと蠍を混ぜた様な化け物。
如何にもファンタジーと思える様な、
カッコ良さがある。
「仕方あんめ〜」
とフレコンを一枚取り出しワニの顔に被せる。
そのままスルリと袋の中に消えたので、
口紐を縛り、小さく畳む。
まるでイリュージョンだが、
さらにおっさんは、マジックで大きく、
『真空冷凍保存』と…無理難題を書き込み、
腰袋にするっとしまう。
「後で丁寧に解体して、美味しく頂くけ」
娘達に言い聞かせ、ふとリリの方を見れば…
「あ…あんな怪物…ギルドのデータにも載っていませんよ……」
と腰を抜かしてへたり込んでいる。
そうけ?と簡単に返事をし、背中におぶってやる。
おっさんは樹海で、もっと理不尽な化け物達を、捌いて食っていたため、
鱗の華麗さは見惚れたが、
さほどヤバい魔物だとは思わない。
そうゆう面では、オリハルコン冒険者である。
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そろそろ酒が呑みたくなってくるおっさん。
本音を言えば、朝からでも呑みたいのだが、
それでは冒険にならないので、
体感で午後3時、くらいまでは我慢する。
樹木の切れ間、ポッカリと空いた背の高い草むらを
見つけたおっさんは、
最後の力を振り絞り、草刈機を振り回す。
ざっと歩ける程度になったなら、これで良い。と、
今日の寝床を取り出す。
いつものプレハブでは、
化け物も多いし危険かもしれない…
と思い切って……
ズドオォォォォォォォォン!と大地を震わせ、
シーサイドホテルを腰袋から取り出し、森に建てた。
地上七階建て。
全室オーシャンビューが堪能できる、
離島に建てられた楽園。
…の工事の大部分に関わっていたので、
もしやと思い、腰袋に手を入れれば、
ガシッと掴めてしまった。
まるで、ペットボトルのジュースを取り出し、
床に置く様な感覚で、
リゾートホテルを召喚してしまった。
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出してしまった物は仕方がない。
——ので、ゆっくりとくつろぐ事にしよう。
家族を見れば、もう諦めた顔で、いちいち驚くことも辞めたらしい。
自動ドアが開き、エントランスホールに入る。
無論のこと、中は無人である。
だがおっさんはこのホテルの建設に、
設計は勿論、
プランニングの段階から関わっていた為、
館内の施設やマップはすべて頭に刷り込まれている。
「先ずは風呂さ入っぺ」
そう言って家族を先導し、大浴場へと向かう。
脱衣所の前で、男湯と女湯の両方を点検する。
誰もいないのは当然だが、
どちらの湯船にも天然温泉がたっぷりと湧き出しており、湯の温度や清潔さにも問題はない。
シャワーや脱衣所の備品もきちんと整っており、
おっさんはほっとひと息ついた。
「ゆっくり入ればいいべ〜」
と声をかけて、自分は男湯へと退散する。
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本来なら、全面ガラス張りの大浴場からは、
夕陽が水平線に沈みゆく絶景が広がっているはずなのだが——
見えるのは、鬱蒼とした森。
と、その木陰から覗く、
手足の多い気色の悪い化け物の気配。
……それでも、温泉というのは良いものだ。
かけ湯だけして、ざぶんと湯船に身を沈める。
誰に迷惑が掛かるでもないと、
遠慮なく汗を流し、垢を浮かべる。
「あ〜〜、極楽極楽……」
ふと、外に“とっておき”があるのを思い出す。
ガラス扉を開き、露天デッキへ。
夕暮れのヒンヤリとした風が頬を撫でる。
ややぬるめに設定されたヒノキ風呂が、全身を優しく包む。
そして——
おもむろに立ち上がり、
焼酎セットを握りしめ、ぐいっと流し込む。
勿論、左手は腰に添える。
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楽しそうな女性陣の声が聞こえて目をやれば、
積み上がった岩の上に格子状の竹屏。
その向こうは女湯である。
まぁ、その石垣も積んだのはおっさんなので、
驚くことでは無いのだが。
「お〜い、お前たち、メシは何がいいんだ〜?」
と、大きめの声で呼びかけると、
「あーし、めっちゃお腹空いたしー、色々たべたいし〜」
「おとーさん、トゥエラねー、ごはんと〜ピザと〜ラーメンと〜ケーキー」
「旦那様……貴方の至高の晩餐を……アファァン」
甘えられて、嬉しいのだが、
おっさんもリゾートホテルに来てしまった訳だし、
ちょっとめんどくさくなってしまった。
「どうすっぺかなぁ……」
とこぼしながら、風呂を上がって浴衣に着替える。
「ん? 浴衣……?」
違和感を覚え、よくよく考えて……ピンとくる。
客も従業員も無人のこのホテルなのに、
誰がおっさんの浴衣を用意したのか?
なぜ、源泉掛け流しの大浴場が既に溢れていたのか?
——つまり、アレだ。
今いるこのホテルは、開業直前の、プレオープン状態という訳だ。
従業員の姿が見えないのは、
何らかの異世界のルールなり、ご都合なりがあるのだろう。が、
だとすれば……
「メシさ食いに行ってみっぺ」
湯上がりで火照った家族たちを引き連れ、
おっさんは夕食会場へ向かった。