表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/279

第十六話

大きなベッドでぐっすり眠った翌朝。

囲炉裏を囲んで、釜揚げうどんをずるずる啜る。


洗濯乾燥も済ませた作業服をおのおの着込み、

再びトラックを走らせる。


やがて木立が徐々に密度を増し、

「森」と呼べるほどの深緑へと入った。

無理をすれば車でも進めそうだが、

今回の旅の目的は食材の確保だ。

ここでエンジンを止め、トラックは腰袋へ仕舞う。


ここからはのんびりと、徒歩での探索が始まる。


樹海と比べてしまえば、陽の光も程々に届く、

歩きやすい環境であるが、

それでも猛獣や化け物の類も、

奥に行けば潜んでいるかもしれない。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


毒虫や蛇にも注意して、家族全員の装備を確認する。

編み上げブーツの安全靴、

防刃ぼうば機能を持つ手袋。

ヘルメット。

各自腰に装着した道具入れには、

護身用に小振りなマチェットナイフを。


トゥエラは持ち手の取り外し可能な斧がある。

テティスは魔法が成長した事により、

昔背負っていた弓はフレコン(物置)行きになった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

山菜のような草やキノコ類を見つけては、

リリが「書類魔法(アカシックレコード)」とやらで王都の図書院にアクセスし、

可食かどうかの判定を依頼する。


「この青い花の茎は、少し苦味があるようで御座います。

こちらのキノコは……かなり高級な品種ですね!」


豊富に生える山の恵みを、次々と採取していく一行。


やがて、おっさんは巨大な柘榴ざくろのような木の実を見つけて、もぎ取ってみた。


パックリと割れ目の入ったラグビーボールのような…

果実…?

外見は赤いが、中には里芋のような塊がギッシリと詰まっている。


そのとき、背後から突然トゥエラの声が飛ぶ。


「おとーさん、どいてー!」


慌てて身を屈めたおっさんの頭上を——


ギュルルルルルルッ!!


と、円盤のような斧の刃だけが宙を裂いて

飛んでいった。


高空を舞っていた、

鳥のような魔物の首を鮮やかに刎ね、

そのまま凄まじい勢いで刃が戻ってくる。


思わずヒヤリとしたが、トゥエラは冷静そのもの。

手に持った(ティファール)部分で、シャキーン!と見事にキャッチしていた。


かつては便利な料理道具として使っていたものを、

こんなふうに武器に転用されているのを見て——

おっさんは、ちょっぴり申し訳ない気持ちになった。




➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


折角の獲物を墜落させては、

肉がダメになるかもしれない。と、

おっさんは場所を予想して、

落下防止ネットを木の枝に簡易的に張る。


バッサァァァァ!


と落ちて来た首と胴体は、辻褄が合っていない。


頭は鷹のような鳥類だが、体は馬…

さらに蝙蝠のような羽根もあった。


リリの魔法によれば、

グリフォンとかいう魔物の一種の様だ。

危険度とやらで見れば、騎士団が一部隊で取り囲んで戦う様な化け物だと、驚いていた。


さっそくおっさんは、簡単な足場を組み立て、ウインチから降ろした鎖を、馬の後ろ脚に結びつけ…


逆さまに釣り上げる。


血抜きと解体を同時にこなせるテクニックである。

胴体もなかなかにデカく、

乗ってきたトラックくらいはあるかもしれない。


馬の体にも、羽毛?が生えているのでまずそれを毟り取る。

内臓を破かない様に刃を入れ、

以前どこかの風呂場解体工事で出た浴槽を取り出し

そこに落とす。


あとは部位ごとに切り分け、皮を剥ぎ洗浄し、

肉として保管してゆく。

どんな味わいなのかは、夕方のお楽しみだ。

魔石は、頭と胸付近とで二つもあった。


鳥でもあり馬でもあるって事なのだろうか?


これも水ですすぎ袋に仕舞えば、

足場を片付け、重機で地面に穴を掘り、

遺体を深めに埋めて、合掌。のち埋め戻す。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


テティスが見えないな?と思ったら、

森の奥の方からフワフワと飛んで戻ってきた。


その背後には…大きな氷塊ひょうかいに閉じ込められた、これまた巨大なワニ?のような何か。


娘達が頼もしすぎて、嬉しいやら呆れるやら……

またおっさんの出番である。


魔法で半解凍された、ワニと蠍を混ぜた様な化け物。


如何にもファンタジーと思える様な、

カッコ良さがある。


挿絵(By みてみん)


「仕方あんめ〜」

とフレコンを一枚取り出しワニの顔に被せる。

そのままスルリと袋の中に消えたので、

口紐を縛り、小さく畳む。

まるでイリュージョンだが、

さらにおっさんは、マジックで大きく、

『真空冷凍保存』と…無理難題を書き込み、

腰袋にするっとしまう。


「後で丁寧に解体して、美味しく頂くけ」


娘達に言い聞かせ、ふとリリの方を見れば…

「あ…あんな怪物…ギルドのデータにも載っていませんよ……」

と腰を抜かしてへたり込んでいる。


そうけ?と簡単に返事をし、背中におぶってやる。

おっさんは樹海(虚無の森)で、もっと理不尽な化け物達を、捌いて食っていたため、

鱗の華麗さは見惚れたが、

さほどヤバい魔物だとは思わない。


そうゆう面では、オリハルコン冒険者である。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


そろそろ酒が呑みたくなってくるおっさん。


本音を言えば、朝からでも呑みたいのだが、

それでは冒険にならないので、

体感で午後3時、くらいまでは我慢する。


樹木の切れ間、ポッカリと空いた背の高い草むらを

見つけたおっさんは、

最後の力を振り絞り、草刈機を振り回す。


ざっと歩ける程度になったなら、これで良い。と、


今日の寝床を取り出す。


いつものプレハブでは、

化け物も多いし危険かもしれない…


と思い切って……


ズドオォォォォォォォォン!と大地を震わせ、


シーサイドホテルを腰袋から取り出し、森に建てた。


地上七階建て。

全室オーシャンビューが堪能できる、

離島に建てられた楽園。


…の工事の大部分に関わっていたので、

もしやと思い、腰袋に手を入れれば、

ガシッと掴めてしまった。


まるで、ペットボトルのジュースを取り出し、

床に置く様な感覚で、

リゾートホテルを召喚してしまった。


挿絵(By みてみん)


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


出してしまった物は仕方がない。

——ので、ゆっくりとくつろぐ事にしよう。


家族を見れば、もう諦めた顔で、いちいち驚くことも辞めたらしい。

自動ドアが開き、エントランスホールに入る。

無論のこと、中は無人である。


だがおっさんはこのホテルの建設に、

設計は勿論、

プランニングの段階から関わっていた為、

館内の施設やマップはすべて頭に刷り込まれている。


「先ずは風呂さ入っぺ」


そう言って家族を先導し、大浴場へと向かう。


脱衣所の前で、男湯と女湯の両方を点検する。

誰もいないのは当然だが、

どちらの湯船にも天然温泉がたっぷりと湧き出しており、湯の温度や清潔さにも問題はない。

シャワーや脱衣所の備品もきちんと整っており、

おっさんはほっとひと息ついた。


「ゆっくり入ればいいべ〜」


と声をかけて、自分は男湯へと退散する。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


本来なら、全面ガラス張りの大浴場からは、

夕陽が水平線に沈みゆく絶景が広がっているはずなのだが——


見えるのは、鬱蒼とした森。

と、その木陰から覗く、

手足の多い気色の悪い化け物の気配。


……それでも、温泉というのは良いものだ。


かけ湯だけして、ざぶんと湯船に身を沈める。

誰に迷惑が掛かるでもないと、

遠慮なく汗を流し、垢を浮かべる。


「あ〜〜、極楽極楽……」


ふと、外に“とっておき”があるのを思い出す。


ガラス扉を開き、露天デッキへ。

夕暮れのヒンヤリとした風が頬を撫でる。

ややぬるめに設定されたヒノキ風呂が、全身を優しく包む。


そして——

おもむろに立ち上がり、


焼酎セット(ジョッキ、氷、大五郎)を握りしめ、ぐいっと流し込む。

勿論、左手は腰に添える。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


楽しそうな女性陣の声が聞こえて目をやれば、

積み上がった岩の上に格子状の竹屏。

その向こうは女湯である。

まぁ、その石垣も積んだのはおっさんなので、

驚くことでは無いのだが。


「お〜い、おたち、メシは何がいいんだ〜?」

と、大きめの声で呼びかけると、


「あーし、めっちゃお腹空いたしー、色々たべたいし〜」

「おとーさん、トゥエラねー、ごはんと〜ピザと〜ラーメンと〜ケーキー」

「旦那様……貴方の至高の晩餐を……アファァン」


甘えられて、嬉しいのだが、

おっさんもリゾートホテルに来てしまった訳だし、

ちょっとめんどくさくなってしまった。


「どうすっぺかなぁ……」

とこぼしながら、風呂を上がって浴衣に着替える。


「ん? 浴衣……?」


違和感を覚え、よくよく考えて……ピンとくる。


客も従業員も無人のこのホテルなのに、

誰がおっさんの浴衣を用意したのか?


なぜ、源泉掛け流しの大浴場が既に溢れていたのか?


——つまり、アレだ。


今いるこのホテルは、開業直前の、プレオープン状態という訳だ。


従業員の姿が見えないのは、

何らかの異世界のルールなり、ご都合なりがあるのだろう。が、


だとすれば……


「メシさ食いに行ってみっぺ」


湯上がりで火照った家族たちを引き連れ、

おっさんは夕食会場へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ