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第十五話

おっさん的に美味かったのは、

ゴブリンの睾丸袋(油揚げ)に酢飯を詰めた、

お稲荷さんだった。


味醂みりんと甘みが絶妙なバランスで、

刻んだ紅生姜を混ぜ込んで見れば酸味も程よく…


酒のアテにピッタリであった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


本日のリリの爆衣案件は、


透明度も高く、ピリッと冷えた水深の浅い渓流。

そこを漂っていた足が嫌に多いイカ。


そいつを手掴みで捕獲して捌き、足や内臓は冷凍保管し、胴体部分をよく洗い、中に指でバターを塗り込み、

ジャンバラヤ(臙脂色芋虫)をギュッと詰め込みオーブンへ。


散らしたマヨネーズも焦げ、テラッテラの迫力。

ナイフで切り分け、口に入れた受付嬢は……


足元から妖艶な桃色の煙が上がり、

空中でブリッヂをしたような体勢で、イカ飯を頬張り…

服が溶け落ち全裸になった。


「オイヒ…濃ユウゥゥゥゥゥイィィィ!!」


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


トゥエラはチキンライスを、

フワトロ卵で包んだオムライス。


テティスはイカの足を刺身に白米で。


それぞれ好きなだけランチを楽しんだ。


おっさんも大分気持ちよくなるまで

呑んでしまったので、

本日はこれ以上の運転は不可能となった。


天然の田んぼを背景に、

夕陽がゆっくりと落ちてゆくのを、

トラックの荷台で眺める家族達。


「そういえば…昔建てたあの民家…」


と思い出したおっさんが、腰袋からデデンと

取り出した古民家風別荘。


この家は都会をセミリタイヤしたお施主さまの

依頼で手掛けた家で、

わざわざあちこちの解体現場に赴き、古材の柱や梁などを譲って貰って来て、


新築なのに、古めかしさを感じられる。

をコンセプトに設計した、しかし風呂、トイレ、キッチンなどは最新の使い勝手という、

ハイブリット住宅なのである。


すすけた味のある板の間、

の下に潜む床暖房。


囲炉裏を中央に囲む畳の間、

灰と熾火おきびは実はイミテーションで…

天井から吊られた鉄鍋がIH調理器具となっている。


その鍋に湯を沸かし、徳利を浮かべ熱燗(鬼ころし)をキュッとやるおっさん。


庭を見れば、竹屏に隠された岩露天風呂もある。


こちらも大きな庭石…に偽装された電気給湯器(エコキュート)により快適に湯張りできる。


家族達のはしゃぎ声が塀の向こうに響く。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


陽が落ち、薄暗くなれば…

古びた部屋に灯りが燈る。


見上げれば、屋根の裏側まで見える、

梁や小屋組こやぐみき出しの造りの、裏側。


部屋から見えない位置に這わされたLEDテープ。

これが長押なげしの裏側や、歪に曲がった太い梁の背にも配置されており、


柔らかな電球色の光源が、

だが、何処から降り注いでいるのかは感じさせない緻密さで、部屋を優しく包む。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


たしか、おっさんがまだ三十代の頃。

だいぶ古い記憶で忘れかけていた現場だが、


あの頃は誰一人認識すらしていなかった、

「仮想通貨」とかいう…おっさんにしてみれば、

アデナ(MMO内通貨)け?」くらいの

よく判らない物を運用し、

大金を得たという若いビジネスマン。

彼は今でも元気だろうか?


思えば、

屋根瓦も全て太陽光発電パネルが組み込まれ、

井戸水も水質検査の結果◎を取得し。

おっさんの知る中ではいち早く完全自給自足を再現した、

画期的な施主であった。


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あの時代を振り返れば…若い大工(おっさん)は腕にも自信を持って、俺に作れぬものなどない。

と、多少自惚れていたかもしれない。

くたびれた現在のおっさんが室内を見渡せば、

少し恥ずかしくなるような(おさ)まりも目につく。


『おさまり』という字は、糸の内側と書く。


つまり、髪の毛一本の隙間もない仕事。


これが納め、である。


あの頃は今の自分はピーク(到達者)だと粋がっていたが、


多少老眼の進んだ、

今の方がよっぽど良い仕事は出来る。


ピークなどと言うのは、最後の時まで来ないものなのかもしれない。


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しかしながら、若いというのは未熟(ヘタクソ)だけでは無い。

突飛(馬鹿みたいな)もない発想(アイディア)や、

人の意見を吸収(聞いたことを)できる柔らかい想像力(パクって造っちゃう)


年と共に失われていく非常識(ファンタジー脳)


おっさんは大工として、そうはなるまいと、

美術館に赴いたり、

よく知らないアイドルのコンサートも見学したり、

老い(脳の沈黙)を防ごうと…

ゴルフ(体幹)ゲーム(集中力)キャバクラ(瞬発力)も、

惜しげなく金を使って鍛えた。


それでも…

あの頃と比べてしまうと、

マトモな発想しか浮かんでこない。


つまらない大人になった気がする。


アクリル板を曲げて造った、

スナックの酒棚。

アーチ状の大きな引き戸と透明な棚板で、

酒瓶が浮いているように魅せた。



朽ちた一枚板を加工し、

ワルサーP38を再現し、

それをベンチの側板とし、

背面にはくり抜き彫刻で、

『ルパン三世』と掘ったり…


まぁ面白かった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


だが、異世界も悪くない。


生きている岩で組んだ暖炉。

海竜の背に作ったテーマパーク。

亀の甲羅を屋根にしたログハウス。


地球ではあり得ない、馬鹿げた仕事ができる。


もし、おっさんのピークがあるのだとすれば、


この世界での最後に建てる建築物、

なのかもしれない。

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