第十三話 パン食いながら戦ったんけ
薄暗くなるまで夢中で遊んでいたトゥエラだが、
おっさんが夕飯の準備を始め、
肉を焼く匂いが立ちこめるや否や、
それまで空を飛んでいた彼女は、
見事な着地で帰還してきた。
特に語るまでもない焼肉定食ではあったが、
トゥエラはモリモリと嬉しそうに頬張り、
その食いっぷりに、
おっさんの焼酎も、つい進んでしまう。
そんな中、トゥエラが突然、
「おーきーき、あったよー!」
と、手をバタバタさせながら報告してきた。
どうやらブランコが枝高を超え、
ほぼ垂直まで上がった瞬間、
何かでかいものが遠くに見えたらしい。
「どれくらいでっけーんだ?」
と聞いても、
手振りと謎の擬音で、さっぱり分からん。
だが、方角だけははっきり覚えているらしいので、
おっさんは笑って、
「んじゃ、明日見にいっぺか」
とだけ答えた。
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翌日も、これでもかってくらいの快晴だった。
雨の日のじめじめした気配はどこへやら、
まさにピクニック日和ってやつだ。
おっさんは朝から食パンを焼き、
せっせとサンドイッチを仕込む。
だが、相変わらず芋やら野菜やらが
ロクに見つかっていないため、
必然的に中身は、
昨日の蜘蛛ジャムオンリーという偏ったラインナップになった。
まぁ、ジャムの種類だけはやたら豪華なので──
トゥエラ的には、これでも大満足らしい。
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いちおう甘くないものも作った。
サーモンのバター焼きサンドだ。
脂がじゅわっと滲み、
パンの端まで香ばしい香りが染みる。
唯一、おっさんが安心して食えるメニューである。
トゥエラが前を行き、おっさんは後ろをついていく。
幼女は誇らしげにマチェットを振り回し、
藪をかき分け、ぐいぐいと道を拓く。
森は、どうやらおっさんにだけ優しいらしい。
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張り切る幼女を微笑ましく想いながら、
ゆっくり後を追うおっさんは、
それにしても…
と、思う。
この娘は一体何処から来たのか?
何処で産まれたのか?
何故独りなのか?
異世界の非常識さにも大分順応してきた訳で。
例えば、精霊だとか妖精だとか、
はたまた、実はドラゴンでした。
とか言われても、
まぁそうなのか。と理解できるかも知れない。
だが彼女は、ただ目の前の、
嬉しい、楽しい、美味しい、眠い、といった
瞬間的な感情しかない様に見える。
まるで…動物、猫と生活しているようだ。
そんな、
答えも出ないことを妄想しながら歩いていると、
もっと猫っぽいヤツが現れた。
豹のような柄の怪物だが…
あれは、ジャガーであろう。
模様が少し違う。
南米の現場でよく見かけた。
ワニも蛇も危険だったが、
こいつは特に獰猛だった。
絶滅危惧種なので、攻撃する事もできずに
チュールを投げつけ、逃げながら仕事をしたもんだ。
だがまぁ…
こんな、
脚が十本以上あるような化け物ではなかったが…
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体高もデカい。
おっさんの道具満載の愛車…
くらいに見える。
トゥエラがいきなり斬りかかったが、
剣ごと弾き飛ばされた様だ。
くるくるとこっちへ飛んできたので、
キャッチしてやる。
怪我はないか?と心配すると…
口元にベッタリと……
ジャムがついている。
「パン食いながら戦ったんけ」
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モグモグと口を開けない娘を後ろに下がらせ、
おっさんは猛獣と対峙する。
蓋を開けた猫缶を投げつけると…
空中で缶ごと食いちぎりやがった。
だが、こちらに飛び込まれたら終わりだ。
おっさんにはとても仕留める事はできない。
なので……缶詰を投げつける。
カツオ…!
ツナマグロ…!
カニしらす…!
チキンビーフ…!
猛獣に飛び込まれぬよう、
距離をとり、円を描く様に…
現場に集まる野良猫どもへの賄賂として、
おっさんが懐に忍ばせていたとっておきを、
惜しげもなく叩きつける。
「止めだっぺ!」
放たれた、
混濁の槍が、顔面に突き刺さる。
猛獣は沈黙した。
洗面器に山盛りのカリカリを与えると、
ようやく敵意を失ったらしい。
丸呑みされそうなジャガーもどきは、
ゴロンとヘソを見せ、
巨大な舌でゴシゴシと毛繕いを始めた。
緊張の糸がぷっつり切れたおっさんは、
思わず腰を抜かしそうになりながら、
深く深く溜息を吐いた。
「……猫なんか、殺せるわけあんめーよ」
自分でも呆れるほどの甘さだった。
普段なら容赦なく怪物を仕留めるくせに、
相手が猫だとダメなのだ。
そういう生き物なのだ、猫は。
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一頻りカリカリを平らげたジャガーは、
ご満悦な顔で大欠伸をかまし、
五足の足をモゾモゾと動かしながら、
器用にも木立を優雅に歩いていく。
でっけえ体でゴリゴリ、バリバリと幹に爪を立て、
地響きを立てながら、
マーキング……というより、まぁ、爪研ぎだな。
「……猫だなぁ、やっぱ」
おっさんは苦笑し、少しだけ脱力して眺めていた。
が──。
突如、バスジャガーは頭を振り、
巨大な口からベロンと何かを吐き出した。
糸だ。
いや、よく見ると、
蜘蛛のような粘糸を吐き出している。
「……はぁぁぁぁぁ!?」
目の前で、
ジャガーが糸をぐるぐると吐きながら、
器用に繭を編みはじめた。
「ジャガーじゃねぇんかい!」
おっさん、心の底から突っ込むしかなかった。