第十二話
まずは材料を切る。
懐かしの、ジャガー芋、沢ヒトデは大胆にざく切り。
手羽元も一緒に、耐熱皿に乗せレンチン。
雑多な魔石粉末、発酵魔石、ゴブリンの血、苦味魔石を弱火で蕩かし、水を加えつつ煮込む。
チンした具材もぶち込み、隠し味の、
竜骨スープを少しだけ。
ドロドロにならないように、
ジャガー芋は最後に入れる。
仕上げに溶ける魔石を乗せテーブルへ。
「とろけるチーズスープカレーだっぺ。」
黄色い米も炊き立てだ。
そうこうしていると、リリも帰宅してきた。
三人は出汁の効いたコッテリスープカレーに夢中だ。
おっさんは、イマイチ残る二日酔いを、
焼酎で迎え撃つ。
ツマミはきゅうりでたくさんだ。
「パーパのゴハン、ガチバリうんま〜!やばすぎ〜〜!」
「からいけどおいちーねー」
「あふぁぁぁぁぁぁぁん!!」
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美味いメシを食わせると、
毎回事務服が爆発するリリには、
バスタオルを投げつけ、
新品の事務服を渡すというルーティンも慣れた。
明日からはまた謎石材との格闘かと、
目を瞑り、作業工程を妄想する。
作業着と腰袋を痛く気に入った娘達は、
明日から一緒に現場に行きたいと言う。
ホビット達は良い奴らなんだが、
仕事中は異様にストイックだからなぁ…
子供なんぞを連れて行って大丈夫だろうか?
と少し思い悩むが、
よく考えれば、
トゥエラの身体能力は異常だし、
テティスは重機要らずの浮遊魔法も使える。
全く問題などない事に気がつくのであった。
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そして翌朝。
別鍋にとっておいたスープカレーに、
出汁を足したり、トロミをつけたりと工夫して、
カレーうどんを食わせてからの出勤である。
現場に入り、親方や職人達に、
娘を紹介し作業に取り掛かる。
最初は、
「バヴィビィヴァバンヴォ!」
と怒った様子だった親方も、
テティスが重い石材を複数個も宙に浮かせ運んだり、
おっさんの刻み終わった石材を肩に担ぎ、
高所の細い足場の上を、
全力ダッシュするトゥエラを見て、
口をあんぐり開けていた。
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石材加工と嵌め込みはまだまだ延々と続くのだが、
開口部というものもある。
窓や出入り口のことだ。
搬入されている資材を確認しに行くと、
木材と、蝶番のような金物など…
これはあれだ…ギィギィうるさい、
おっさんの嫌いな、
ウエスタンドアの段取りであった。
開口部のサイズは、
石材の積み具合でどうにでも調整できるので、
おっさんは不良在庫のサッシと、自動ドアを取り出した。
以前手掛けたどこかの現場で、サッシメーカーの営業がやらかした…
立派なトリプルガラスの断熱性窓だ。
配色も、石材とマッチするグレーであったし、
数も沢山あった。
若いもんの悪口など、言いたくはないが…
メモも取らず、コンベックスの使い方もちょうろくでない、なのになぜか態度だけはエリートを装った、
高圧的な営業《高学歴》の失敗品である。
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ホビット族との細かい打ち合わせは、
どう頑張っても無理なので
とりあえず、窓を一か所取り付けてみた。
親方も、職人達も
透明すぎるガラスが認識できず、
カメムシ色の頭でゴンゴン頭突きする。
やがて、
見えない板なんだということを理解出来たのか、
おっさんに喝采を上げ始めた。
鍵や開閉可能な仕様まで見せると…
ホビット職人達の理念の限界を超えたのか、
「グギャガババババ!」
と、か行の発音を始めた。
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木戸でなく、
アルミサッシでも問題なさそうなことが判ったので、
正面玄関的な場所に、
おっさんはモルタルを練り、
敷居部分の補強をし、
大きなガラス一枚戸の、人感センサー付き自動ドアを取り付けた。
謎パワーで、電源は相変わらず不要なようなので、
設置が完了すると、すぐに動いた。
「いらっしゃいませ」
というアナウンスと共に音もなく左右に開くガラス戸。
群がり、驚愕するホビット達は、
「ヴィギャ…ジャイシャセ!」
と、さ行も発音するようになった。
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毎日、日が暮れるたびに、
職人連中や親方に詰め寄られるのだが、
優秀な護衛がいるので、
焼酎を振る舞うだけで、
定時に帰宅できるようになった。
おっさんには、
家族にディナーと作ると言う本業が待っているのだ。
この街の気候は、真夏になったり、クリスマス時期の寒さを迎えたり…
わりと定まらない。
常に元気な家族達はもちろん、
おっさんも子供時代以来、
風邪など引いたこともないので。
暑い日は、
雨樋の部材を利用しての流しそうめんを始めたり…
寒い夜は、おでん屋台を模倣したり。
これらを全て、
騙された借地の、豪邸のパネルを利用して、
雰囲気作りまで考案されていたのだ。
流しそうめんの場合は、2階の姫の部屋から逃走する、怪盗をイメージした滑空模様。
おでんなら、地下牢だ。
鉄格子の隙間からなぜか提供される、
よく煮えた大根や卵。
おっさんの遊び心は尽きないのである。
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おっさんも、昔はもとっと頑固な部分もあった。
男の価値は仕事の腕で決まるんだ。
などとの賜ってた時期もあった。
だがその結果、嫁には逃げられ、若い衆にも煙たがられたりした。
それでも俺は職人だ。などと意地をはっていたが、
こんな意味不明な世界に生まれ変わり、
めんこい娘と甲斐甲斐しい嫁に囲まれると、
仕事なんてある程度できればいいんじゃないか?
一番大切な物は、家族や慕ってくれる仲間達である。
と、
柔らかおっさんになってきたのであった。
そんなこんなで、数ヶ月が過ぎて…
大きな現場はほぼ完成を迎えた。