第五話
娘の口調が急に変わった。
グレたのだろうか…?
おっさんは落ち着くために、
とりあえず冷えた焼酎をグビリ。
煙草を咥え深く吸い込む。
「んで…」
なんと声を掛けようかと、
いまいち吃るおっさんに…
「なんかさ〜、
マジ急にいろいろブワッて蘇ってきたんだけど〜……
あーし、たぶんこの地下の、もっとヤバ深いとこで産まれてさ?
で、気づいた時にはさ〜、あの神殿?っぽいとこ?
あそこにず〜〜っとひとりで引きこもってたっぽいんよね〜〜〜」
おっさんは口調についてあえてツッコまず、
静かに焼酎をもう一口あおった。
(グレたんか……?)
そんな思いが一瞬よぎるも、
煙草を深く吸って、話を戻す。
「……で、この地下には何があって、
なんで我々は、さっきは降りれなかったんだ?」
するとテティスは、頬杖をつきながら軽く笑って──
「たぶんだけど、今はもうイケるっしょ〜。
あーし、記憶バチッと戻ったからさ〜、階段くんも“認識”してくれたっぽいの。
てかさ、あれマジ細かくてウケるんだけど〜、
踏み方とかリズムとか、めっちゃ制限ガチガチでさ?
テキトーに歩いたら、マジ一生ぐ〜るぐる。永遠にエンドレス階段なんよ〜〜」
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それから皆で軽く仮眠をとり、
改めて出発することにした。
おっさんは念のため、扉にそっと耳を当てる。
……外からの物音や気配は、特に感じられない。
「オッケ〜、じゃああーし先行っちゃうね〜?
ちゃんとついてきてよ?マジで、あーしが踏んだとこ踏まないと……ふつーに詰むから〜〜!」
そう言ってテティスは、作業服の裾と袖をキュッとまくり、
どこか“やる気スイッチ”が入ったような表情で、
さっそうと歩き出した。
すぐ後ろにトゥエラがピョコピョコと続き、
その後をリリが慎重にたどる。
おっさんは少し遅れて立ち上がり、
「なんだこれ……」とボヤきつつ、
ステップに遅れぬようついていく。
──で、気づく。
目の前のテティスがやっている動き。
……これ、アレだ。
だいたい畳一枚分くらいの石段を、
仮に“九分割”したとすると──
その上を、前後左右にハイペースで行ったり来たり、軽やかにステップ。
不意にクルッと跳ねて一段下に飛び、
また同じようなパターンを繰り返す。
おっさんはそれを見て思い出した。
若かりし頃、
ゲーセンで流行り、だいぶのめり込んだ…
──まさかの…
前後左右跳舞遊戯じゃねーか……!?
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遅れてはいかんと、
おっさんもドゥルンと突き出た腹で後に続く。
トゥエラやリリを気にしてる余裕は、今はない。
とにかくテティスの足元に全集中。
「前、右、左、前、後ろ、両足で左右……っと」
必死に身体を動かすと──
ピカッ!
足元の石段が、唐突に光り始めた。
「んあ!?」
驚いたおっさんが顔を上げると、
それまで1メートル先も見えなかった闇の中に──
↑ ↓ → ← ⇅ ←→ ↑↑↑……
光の矢印が、
まるで天から落ちてくるように降り注ぐ!
ズンドン ズンドン ズンドン ズンドン♪
どこからともなく重低音のビートまで鳴り響きはじめ、
空間そのものが音楽に包まれていく。
おっさん、
わけもわからず必死に矢印通りにステップを踏む!
ゆっくり目に降りてくる矢印に、
身体が慣れて来た頃、
目の前のリリがミスをした。
おっさんにとっては、
まだ【EASY MODE】のステップだったが──
どうやら脚がもつれたらしい。
次の瞬間、
【BAD】の光がビュンッと飛び──
直撃したリリの姿が、光の粒子になって、
おっさんの一段後ろへとワープしてしまった。
「ねぇマジでちゃんと見てよ〜、
合わせてくんないと進めないって」
先頭を行くテティスが、ピシッと声を飛ばす。
一方のトゥエラは、すごかった。
もともと身体能力はおかしいくらいに高かったが、
今やほぼ完全に、テティスとシンクロするような動きでステップを踏んでいる。
それどころか──
もはや足ではなく、
片手逆立ちで石段を踏みつけるという、
意味不明なアドリブまで繰り出していた。
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なにやら、どこからともなく…
三味線のような音色が聴こえてきた──
♪ Ay-yi-yi-ya~♪
その瞬間、おっさんの目に──炎が灯る。
ズン♪ ズン♪ ズン♪ ズン♪ ズン♪
体脂肪37%の肉塊が──宙を、舞う。
前後左右の同時押し──即、開脚両手着き!
そこから繋がる流麗な回転倒立ッ!
ヘルメットで回転しながら、迫り来る矢印を──
両手でバシバシ叩きまくる!!
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汗を飛び散らし、
リズムと同化し踊りまくった結果──
おっさんの前には、誰もいなかった。
あのテティスさえも、
一段後ろでおっさんの動きを追っている。
トゥエラはテティスの真横で、
まるでペアダンスのような見事な連携。
リリはというと……いつの間にか休憩所に戻されていた。
自動ワープ判定は、なかなかに厳しいらしい。
そうして、おっさんが何曲もの懐メロを踊り抜いたそのとき──
視界いっぱいに、
まばゆい光とともに現れるメッセージ。
⸻
【 STAGE CLEAR! YOU ARE PERFECT! 】
⸻
まるで勝者を讃えるように、
音楽がフェードアウトしていく。
奈落のような階段に響いていたビートも静まり、
ほんの少しだけ──“闇が後ずさった”ように見えた。