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第十二話 ブランコでも作ってやっけか

米もパスタもパンもある。

おっさんは蕎麦やうどんが好みだが、

こんな魔境みたいな森で、

この食事事情はどうかしている。


おっさんの食事量は少ない。

腹が苦しくなると、

すぐに深紅の悪魔(逆流性食道炎)地の底(胃袋)から這い(ジュワーっと)上がって来るからだ。

だが──酒だけは別。

肝臓(γ-GTP)には根拠のない自信がある。


その横で、食いしん坊(トゥエラ)は、

最後のひとつになったパンを、

名残惜しそうに睨みつけている。

食べたら無くなる。その狭間で、

幼き魂は葛藤しているのだ。


おっさんはくすりと笑い、

ラップで丁寧に包んで手渡す。

トゥエラは顔を綻ばせ、まるで宝物のように──

ピンクのチョッキの胸ポケットに、

そっと仕舞い込んだ。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


毎日探検に出かけるほど食料には困っていないが、

かといって拠点にいたところで、

特にすることもない。


朝から酒を呑むのも、やぶさかではないが……

それも、流石に芸がない。


「ブランコでも作ってやっけか」


腰袋をギュッと締め直し、おっさんは独りごちる。


あの幼女の運動能力は、どう考えても常識外れだ。

怪物みたいなのと遭遇しても、

おっさんが気づくより早く、

まぁまぁ重いはずのマチェットナイフを

軽々と振り回し、涼しい顔で仕留めてしまう。


──なので、

公園にあるような子供用ブランコなんぞでは、

きっと物足りないに決まっている。


幸い、枝ぶりのいい巨木は、

そこら中にゴロゴロある。


おっさんは拠点の周りをぐるりと歩き、

ほどよく水平に張り出した枝を探す。


うん、これならどうだ。

高さは──ざっと30メートル。


「異世界基準なら、低いほうだっぺ」


などと、誰にともなく苦笑しつつ、

おっさんはロープと道具を取り出した。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


30メートルを梯子で登るなどと言ったら、

地球だったら、労働基準監督署が、

建物ごと突っ込んできそうな危険行為だが…


だが──ここは異世界。

そんな組織も、法も、誰かの怒鳴り声も存在しない。


だからおっさんは、

二連梯子をスルスルと伸ばし、

いつもの地下足袋に履き替えて、

「ほれ」と気楽に登ってゆくのだった。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


登り着いた枝から下を見れば、

トゥエラがゴマ粒くらいに小さい。


梯子の天辺で両手を離し腕を組むおっさん。

大工にとってこれ位の高さは、

2階のバルコニーにいるのとさして変わらない。

この枝も多分に漏れず、

おっさん何人分かというくらい太い。


ここにただロープを縛ったのでは、

遊んでいるうちに、

摩擦で切れてしまうかもしれない。

そこでおっさんはドリルを取り出し、

枝の上に立ち、地上に向かって穴を開ける。


木工用の切れ味抜群の錐で、

長さも1メートルほどある。

枝を貫通した穴からロープを垂らし、

余裕を持って地上に届くくらいまで伸ばす。


あとはロープの端部を拳のように縛っておけば、

下から幾ら引っ張っても抜けはしないだろう。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


地上に降りたら、あとは座り台を取り付けるだけだが、

普通のブランコのように板を吊るしただけでは、いかにも味気ない。


おっさんは以前倒した巨木の太い幹を引っ張り出し、

丸ごとくり抜いて座り台を作ることにした。


チェーンソーを唸らせながら、

大まかに形を整えていく。

たっぷりとした背もたれを設け、

お尻を置く部分は深く窪ませ、

まるで家電屋に置かれた、

高級マッサージチェアのような、

重厚で贅沢な椅子を、

一本の丸太から削り出していく。


手間も材料も、異世界では惜しまない。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


あとは、おっさんの腕くらいはありそうな極太ロープを、

さっき削り出した椅子にしっかり固定してやるだけ。

ただのブランコじゃ面白くないので、今回は特別仕様だ。


椅子の取り付けには回転金具をかませ、

座ったまま、グルグルと好きなだけ回転できるようにしてやった。


これを日本の公園に設置したら、

間違いなく、全国ネットのニュース沙汰だろう。

後頭部を強打して、即、病院送りかもしれない。


だが、トゥエラは違う。


簡単に使い方を説明してやると、

最初は慎重に漕いでいたが、

慣れるにつれ、ぐんぐん高度を上げ、

ついには懐かしい(ソニック・ザ)針鼠(・ヘッジホッグ)のごとく、

ギュルギュルと高速回転で、

空に向かって飛び上がっていった。


挿絵(By みてみん)

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