第十二話 ブランコでも作ってやっけか
米も麺もパンもある。
おっさんは蕎麦やうどんが好みだが、
こんな魔境みたいな森で、
この食事事情はどうかしている。
おっさんの食事量は少ない。
腹が苦しくなると、
すぐに深紅の悪魔が地の底から這い上がって来るからだ。
だが──酒だけは別。
肝臓には根拠のない自信がある。
その横で、食いしん坊は、
最後のひとつになったパンを、
名残惜しそうに睨みつけている。
食べたら無くなる。その狭間で、
幼き魂は葛藤しているのだ。
おっさんはくすりと笑い、
ラップで丁寧に包んで手渡す。
トゥエラは顔を綻ばせ、まるで宝物のように──
ピンクのチョッキの胸ポケットに、
そっと仕舞い込んだ。
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毎日探検に出かけるほど食料には困っていないが、
かといって拠点にいたところで、
特にすることもない。
朝から酒を呑むのも、吝かではないが……
それも、流石に芸がない。
「ブランコでも作ってやっけか」
腰袋をギュッと締め直し、おっさんは独りごちる。
あの幼女の運動能力は、どう考えても常識外れだ。
怪物みたいなのと遭遇しても、
おっさんが気づくより早く、
まぁまぁ重いはずのマチェットナイフを
軽々と振り回し、涼しい顔で仕留めてしまう。
──なので、
公園にあるような子供用ブランコなんぞでは、
きっと物足りないに決まっている。
幸い、枝ぶりのいい巨木は、
そこら中にゴロゴロある。
おっさんは拠点の周りをぐるりと歩き、
ほどよく水平に張り出した枝を探す。
うん、これならどうだ。
高さは──ざっと30メートル。
「異世界基準なら、低いほうだっぺ」
などと、誰にともなく苦笑しつつ、
おっさんはロープと道具を取り出した。
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30メートルを梯子で登るなどと言ったら、
地球だったら、労働基準監督署が、
建物ごと突っ込んできそうな危険行為だが…
だが──ここは異世界。
そんな組織も、法も、誰かの怒鳴り声も存在しない。
だからおっさんは、
二連梯子をスルスルと伸ばし、
いつもの地下足袋に履き替えて、
「ほれ」と気楽に登ってゆくのだった。
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登り着いた枝から下を見れば、
トゥエラがゴマ粒くらいに小さい。
梯子の天辺で両手を離し腕を組むおっさん。
大工にとってこれ位の高さは、
2階のバルコニーにいるのとさして変わらない。
この枝も多分に漏れず、
おっさん何人分かというくらい太い。
ここにただロープを縛ったのでは、
遊んでいるうちに、
摩擦で切れてしまうかもしれない。
そこでおっさんはドリルを取り出し、
枝の上に立ち、地上に向かって穴を開ける。
木工用の切れ味抜群の錐で、
長さも1メートルほどある。
枝を貫通した穴からロープを垂らし、
余裕を持って地上に届くくらいまで伸ばす。
あとはロープの端部を拳のように縛っておけば、
下から幾ら引っ張っても抜けはしないだろう。
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地上に降りたら、あとは座り台を取り付けるだけだが、
普通のブランコのように板を吊るしただけでは、いかにも味気ない。
おっさんは以前倒した巨木の太い幹を引っ張り出し、
丸ごとくり抜いて座り台を作ることにした。
チェーンソーを唸らせながら、
大まかに形を整えていく。
たっぷりとした背もたれを設け、
お尻を置く部分は深く窪ませ、
まるで家電屋に置かれた、
高級マッサージチェアのような、
重厚で贅沢な椅子を、
一本の丸太から削り出していく。
手間も材料も、異世界では惜しまない。
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あとは、おっさんの腕くらいはありそうな極太ロープを、
さっき削り出した椅子にしっかり固定してやるだけ。
ただのブランコじゃ面白くないので、今回は特別仕様だ。
椅子の取り付けには回転金具をかませ、
座ったまま、グルグルと好きなだけ回転できるようにしてやった。
これを日本の公園に設置したら、
間違いなく、全国ネットのニュース沙汰だろう。
後頭部を強打して、即、病院送りかもしれない。
だが、トゥエラは違う。
簡単に使い方を説明してやると、
最初は慎重に漕いでいたが、
慣れるにつれ、ぐんぐん高度を上げ、
ついには懐かしい針鼠のごとく、
ギュルギュルと高速回転で、
空に向かって飛び上がっていった。