第二話
晩飯は大好評だった。
トゥエラは夢中でガツガツと、子犬のように頬張り、
テティスは何故か肉を小さく切り分け、
ガリバタライスで“寿司もどき”を作ってはウットリ。
リリはというと、メガネを曇らせながら──
「あふうぅぅぅぅぅぅぅん♡」
まるで連続パンチを喰らってる最中のような、
悶絶フェイスで愉しんでいた。
おっさんは、下味だけの肉に、
山脈ゴブリンの爪をちょいとおろして乗せ、
醸造魔石汁を霧吹きでワンプッシュ。
ツンと鼻に抜けるゴブリンの刺激。
酒が、捗るってもんだ。
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メシの終わった家族に、渋めのお茶や、
リリにはオレンジのカクテルを淹れてやり、
おっさんは腐った川の話を面白おかしく披露すると…
テティスが川を覗き込み、
「地脈が相当に濁っていますね。」
とか言っている。
おっさんは簡易血圧計で指を測り、
「130くらいだっぺ」
とか的外れな検査をしている。
リリとトゥエラが纏めてくれた話によると、
川の水自体が汚いのではなく、
地中深くに流れる謎パワーが、
混ざったり滞ったりとかして、
最悪の場合、この辺りは全部腐って生物が住めなくなる。らしい。
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「んだか〜」
おっさんは肩をすくめて煙草に火をつけた。
……とはいえ、どうしようもない。
地盤検査の車両も、コンクリート杭打ち重機も、
腰袋には収まっているが、
意味もなく掘って打っても無駄だ。
今は忘れよう。
今日の酒と、晩飯がうまけりゃそれでいい。
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そして──翌朝。
皆を乗せトラックで出発したのだが…
空が、明らかにおかしかった。
雹が降ったかと思えば、次の瞬間に快晴。
かと思えば、雷が連続で落ち、
土砂降りと強風が同時に襲ってきた。
「なんだこりゃ……」
おっさんはエアコンとワイパーのスイッチを交互にガチャガチャやりながら、
異常な天気の中、車を走らせる。
笑ってるのはトゥエラだけだ。
「たのしーね!」と、ぴょこぴょこ跳ねる。
リリとテティスは無言のまま、険しい表情でフロントを睨んでいる。
そして――
霧が、スッと晴れた。
目の前に現れたのは――
「古墳……じゃないな。」
丸みを帯びた巨大な縁を持つ地形。
だが盛り上がっているのではない。地面が、
ぽっかりと底抜けていた。
まるで大地に穿たれた巨大な盃。
その底には、豆粒のように小さな家々や、
まばらに立ち並ぶ塔の影があった。
“街だ”
……すごい風景だ。
でも、雨が降ったら?
排水は? 食料は? どうやって降りる?
穴の底に街。階段ひとつ見当たらない。
「何か色々、間違ってんじゃねえか……」
つい、職業病でツッコミを入れてしまうおっさん。
建築基準法もへったくれもないこの世界に、
またひとつ、謎が増えた。
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こんな怪しい場所に、無理して立ち入る必要はない。
だが——
どんな種族が、どんなふうに暮らしているのか。
ちょっとだけ、興味が出てしまった。
おっさんは腰袋から撮影用のドローンを取り出す。
そのままでは目立つと思い、ラッカースプレーで
カーキ色やらグレーやらをシュッと吹きかけ、
簡易迷彩を施す。
静かにプロペラが回りはじめ、
ドローンはゆっくりと宙へと舞い上がった。
谷底の街の上空まで飛ばし、
周囲をゆるやかに旋回しながら、
録画を開始するおっさん。
「……何が映るんだっぺか」
少しだけ、期待と警戒が入り混じる目で、
おっさんは画面を覗き込んだ。
映って見えたのは……
ゴブリン……ではない。
アイツらはどっちかって言うと“食材”枠だ。
この街の連中は、もっとこう……
背が低く、太古の魔女みたいに尖った鼻。
顔はでこぼことして、なんというか……ホヤ?
あの、海にいるボコボコしたやつ。あれに近い。
おっさんも、
人の顔面偏差値をとやかく言える立場じゃないが、
一目見て「ちょっとモテなさそうだなぁ」
と思ってしまった。
リリが画面を覗き込みながら呟く。
「……ホビットですね、多分」
そういう名前らしい。
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男も女もいるようだが、さほど大差はない。
みんな背が低く、顔は……まぁ、その……味がある。
ドローンのカメラを大きめの建物へと寄せていくと、
神官服のようなボロを纏った個体が数体見えた。
きっとこの街の“偉いポジション”なのだろう。
こんな街にオレたちが乗り込んだら、
目立って仕方がないだろうな……
よし、今回はスルーして次を探そう。
──そう思っていた矢先だった。
自動旋回していたドローンが、
穴の中心部を撮影する。
そこには、ひときわ大きな構造物が建っていた。
塔とも神殿とも要塞とも言い難い……
とにかく“謎の塊”としか言いようがない建物。
その壁面に描かれていたのは──
「……あれ。テティスだっぺか??」
無数のレリーフ。浮き彫りにされた長耳の女たち。
髪型も雰囲気も、どことなく似ている。
というか、たぶんあれ……ダークエルフだ。
「……」
テティスは画面をじっと見つめる。
一拍おいて、ぽつりと答える。
「……よく分かりませんが、
私では…ないような……気がします」
曖昧な言い方。
だが、その声にはどこか
“見覚えのある何か”を感じた気配が滲んでいた。