★第七章 第一話
第七章 始まります。
よろしくお願いします。
いつでもはしゃぎ回りご機嫌なトゥエラと、
無表情で澄ましてはいるものの、
景色を見つめる瞳が爛々と輝くテティス。
……そして、どういうわけか、
乗せたつもりはないのに同乗していたリリ。
「専属冒険者様との出張案件なんですぅ」
とか言ってたが…
おっさん達はただのんびりと、
舗装もされていない草むらや舌を噛みそうな悪路を、
どこの鉱山現場だってくらい、
バネの硬いダンプカーで悪路をガタガタ突き進む旅だった。
王都を出発してから、どれくらい経っただろうか?
日にちや時間など気にも留めないが、
トゥエラとテティスはすっかりリリに懐いて、
まるで三人が親子のように、
穏やかな毎日を過ごしている。
それ位の期間は過ぎた様だ。
おっさんは相変わらずだ。
飲酒運転なんのその。
人など見かけない平原や荒地だ。
川を見つければ、キャンプ地とし釣りを楽しみ。
海岸があれば、子供達を遊ばせ…
おっさんは海に潜り魚介を採集してくる。
一見優しいお父さんにも見えるが、
ただ旨い酒が呑みたいだけのおっさんだ。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
この惑星が、どれほどの広さなのかも分からない。
そもそも、王都に辿り着けたのだって、
まるっきり“たまたま”の産物だった。
たまたま、馬車を見かけた。
たまたま、盗賊と鉢合わせた。
たまたま、成り行きで一件落着させた。
そのお礼に、と案内された先が王都だった、
それだけの話だ。
地図も無けりゃ、街道標もない世界で、
次にどんな街や村があるかなんて、知る由もない。
偶然が重なれば、またどこかに辿り着くかもしれない。
けれど、もう“冒険者ごっこ”は懲り懲りだ。
無理に関わらなくていいことには、
極力首を突っ込まない。
そう決めている。
本音を言えば――
なんとかして樹海のログハウスに戻り、
マッタリと日々を過ごすのも悪くない。
そのまま、人生の終わりが来る時まで、
静かに木の香りに包まれて暮らす。
それが、おっさんにとっては、
一番しっくりくる未来だった。
だが。
環境が、それを許してくれない。
幼いトゥエラ。
思春期を拗らせたテティス。
そして、成熟途中のリリ。
こいつらに、
“仙人の真似事”を押し付けて、
樹海に引きこもるわけにはいかない。
「──だから、行くしかねぇ」
目的地も、当てのある旅でもない。
ただ、次の“現場”が転がり込むまでは、
こうして、車を走らせている。
大工は、じっとしてると腐っちまうもんだ。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
テティスに、魔力とは何なのか、
などとおっさんは聞いてみた。
樹海の魔石持ちの怪物、
港町の新鮮なのに生臭い魚、
砂漠の塔のやたら美味かった化物。
色々と、
時脈の流れがどうとか…血圧のことか?
オリジンに還る流れとか…弁当屋のことか?
ユニヴァースに行き渡るとか…建売りメーカー!?
ハイリヒが薄まるとか…缶チューハイけ。
などと難しい用語で教えてくれたのだが……
「要するに」と、すぐ要約したがる中年が出した答えは、
「米の産地と一緒だっぺ」
だった。
水が良いとか、
高所がうんちゃら、
土がどうの…
樹海が新潟だとするなら、
海竜の寄り付く前の港町は、沖縄や鹿児島。
王都など怪物の少ない地は、グアム。
そんな偏見じみた理解で納得したおっさんであった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
がたぽこ跳ねる悪路を爆走しながら…
テティス以外は魔法なんて使えないし縁がないなぁ。
などとおっさんが話していると、
リリがマヨネーズがべったりついた口で、
「私も書類魔法なら使えますぅ。」
と、手からヒラヒラと紙を出したり、
サキイカみたいにバラバラにしたりしていた。
その紙で口拭けよ。と、
おっさんはちょっと思った。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
そんな朗らかしたドライブを続けていると、
いつもの様に日が暮れてきた。
今日はこの辺までかな…と
少しでも環境の良さそうな野営地を探し、
綺麗な小川の流れる河川敷に車を突っ込み、
寝床、風呂、便所と設置し、
今日の晩飯はどうしようかと、首を捻っていた。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
妻と娘達に風呂を進め、
おっさんも料理の前に手と顔くらい洗いたいと、
小川へ。
沢ガニや鮎っぽいのも見えて、綺麗な水なんだなと思いバシャバシャと顔を洗う。
旨い晩酌に備え口も濯ぐ…が、
「おぇ」
おっさんは水を吐き出した。
なんだろう?
頭に?が浮かぶ。
異世界だし、この川の上流に工業団地がある訳でもあるまい。
気候は真夏でもなく、普通に考えれば川の水だ。
ヒヤっと「ちめたい」くらいが当たり前のはずだ。
だが、目の前を流れる水は…
透明な温い腐った牛乳?
上手い食レポが浮かばないが、
もう一度確かめようとは…絶対思えない水だった。
おっさんは腰袋から、「おいしい水」と書かれたフレコンバッグを出し、コップに汲んで何度か口を濯ぐ。
樹海の川で汲んできた水だ。
まだまだあるのだが、
目の前の使えるものは使う。という、
おっさんのスタイルのせいで、あまり日の目を見なかった水だった。
うがいした水を川にぺっとすると…
ビカビカ…ビカビカ…ビカビカ!
っと線香花火みたいに…
光ながら流れていった。
おっさんは腰袋からバケツを出し、
川の水を汲んでみる。
そこへ、井戸水チェッカー、
と呼ばれる水質検査薬を垂らす。
最近は田舎暮らしがしたいという施主もわりといて、
そんな水道も来ていない土地の水質を調べるのに必須な道具であった。
大工なら皆んな、当たり前にもってる道具だ。
そしてバケツの経過を眺めていると…
ブクブクと緑色に泡立ち、
とても清流の水とは思えない。
よくはわからんが、この川で釣りをする気は失せた。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
家族が風呂でわちゃわちゃしている。
人数が増えたので、ユニットバスを2台召喚し、
洗い場側の壁を切り取って合体させ、
風呂桶二つと広い洗い場の妙なバスルームを造った。
おっさんはメシの支度だ。
フライパンに人喰い花の魔石汁を適量垂らす。
そこにスライスしたゴブリンの鼻をぶち込むと、
ジュッと音を立てて立ち上がる香り。
これだけで酒が飲める。
冷凍庫でトロミがでるまで冷やした焼酎を
氷無しの真空断熱マグに注ぎ…グビリ。
五臓六腑まで染み渡る。
両面がいい感じに狐色になったところで、鼻は一旦取り出す。
同じフライパンを強火で温め直し、
三毛竜肉をドン、と投入。
一瞬で広がる、肉の焼ける音と匂い。
火の通りよりも、まずは焼き目。
香ばしさが勝負だ。
頃合いを見て取り出し、アルミホイルで包み、休ませておく。
次はその肉汁。逃すわけにはいかない。
再び同じフライパンに発酵魔石を落とすと、
ジワッと溶けた香りに包まれる。
そこへ紅い木の実をサッと投入し、炒める。
弾ける果肉が、やがて甘い香りを放ち始めたら、
粉末魔石で下味を。
続けてたっぷりの子持ち芋虫を投入。
醸造魔石汁をひとまわし、
ヤシの実汁を少々。
取っておいた肉汁も戻して、
全体を手早く炒めて火を止める。
炊きたてとは違う、焼きつけた香りとコク。
最後にスライスしたステーキを盛り付け、
刻んだ野草と、最初のにんにくチップを散らせば──
「ガリバタドラゴンライスだっぺ」
ブックマークなどして頂けると、ナビ子が喜びます。