第十七話
救出した。などという実感のないおっさんだが、
昨日バスで送迎した乗客の安否も気になり、
通勤途中に教会に顔を出すと…
ポーネから報告があり、
どうやら昨日の男女は全員大層なお貴族様だったそうだ。
そういえば、テティスに服まで修復された彼等はパーティー会場の集団みたいであったことを思い出した。
まぁ無事に帰れたならどうでも良いかと。
教会を出、優雅に箒で道路を奏でるシスターの口に、菓子を突っ込みギルドへ向かう。
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職場に着き、スイングドアの調子を確かめ、
無意識にウロウロと、窓やドアの歪みを鉋で調整して回り…
ギシリと軋む味のある床板も、ビスと楔と接着剤で無音に直す。
リリが淹れてくれた冷たいお茶で、喉を潤かす。
徐に掲示板を見遣り、
目についた依頼書をペリッと剥がしリリに受付印を押して貰い、ギルドを出て行く。
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今日の仕事場は騎士団本部。
武器庫の整理と手入れらしい。
会社から車で10分程度、
王都自慢の水路沿いを北上すると、
見えてきたのはどでかい橋…ではなく
石を積み上げたような、川を跨ぐ橋が建物になっている。
地上五階建てくらいの質実剛健な造り。
やけに大きな木扉……三メートル近くはあるか?
と見上げながら近づくと、
以前、飲酒運転者を逮捕していたあの鎧男が手を挙げてきた。
軽く挨拶を交わし、中へ入らせてもらうと──
なぜ、あんな大きな扉が必要だったのか、その理由がすぐにわかった。
八尺ほどもありそうな大男たちが、
全身鎧を身にまとい、ズラリと整列していたのだ。
ビシッと揃った姿勢で、朝礼のようなものが行われている。
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あんな警察がいたら、日本はもっと治安が良かったのかもな……
などと意味もないことを考えていると、
案内してくれていた鎧男──名前はアレックスというらしい──が声をかけてきた。
おっさんはそのまま彼に続き、
一段一段の高さが三十センチはある、やけに脚にくる階段を登らされる。
目指すは三階らしい。
目的地の木戸が開くと、思わず息を呑んだ。
武器、武器、武器──
盾に防具、弓に槍……
まるで装備品の博覧会だ。
広さでいえば、結婚式場の披露宴会場くらいだろうか。
だが、そこにあるのは純白のテーブルではなく、壁が見えないほど積み上げられた、鉄と革と謎素材の山だった。
だが…一目でわかる。
雑な扱いでどれもボロボロ。
整理もされてなく雑然と置かれた愛着などまるでないような、スクラップ。
流石に鉄屑は言い過ぎだが、おっさんは残念そうに溜息をつく。
道具は大工の命だ。
どれほど腕の良い職人であっても、
無手ならば、釘を一本打つことも出来ない。
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俺の今日の任務は、この部屋の武具を種類ごとに分けることと、修理不能な物を選別し、直せるものを直すこと。
説明の済んだアレックスは、
何日掛かってもいいので無理はするなと言い、部屋を出て行った。
今日は仕事が仕事なので、娘達はリリに預けてきた。
つまり、おっさんと鉄屑のソロ結婚式である。
何本か剣やら斧を手に取るが、
造り自体は悪いものでは無かった。
手入れと管理が皆無なだけだ。
しかし…あのアレックスというリーダー格の騎士や、先程見た巨人の騎士達も、
しっかり磨かれた綺麗な鎧を装備していた。
礼儀も統率も取れていたし、彼等がこんな杜撰な事をするとも思えない。
まぁ、考えていても仕方ない、
これが仕事なのだからやるとしよう。
おっさんはドブ攫いの応用で覚えた技術を使う。
フレコンバッグの外面に太いマジックで、
【剣 研磨可】 【剣 修理後研磨可】 【剣 修理不可】 などと目立つ様に書きこんでいき、
その通りにドンドンぶち込んで行く。
おっさんが【汚泥 廃棄】と書いたから、下水のヘドロはいくら入れても袋に貯まらず消えたらしい。
と、いうことに最近気がついた。
たっぷり1日をかけて、披露宴会場は空っぽになった。
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いますぐ帰っても、ギルドのリリ達は丁度忙しい頃合いだろうと思い、
武器庫内をウロウロと歩き回り、
明日からの整理整頓棚のイメージを堅める。
ようは、雑にぶん投げるような人間は、ここの備品を使えないシステムを作ればいいのだ。
閃いてしまったおっさんは、大好きな酒も家族のことも忘れて作業モードに入ってしまった。
翌朝…庫内に寝転がりイビキをかくおっさん。
その周りには…
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以前、閉業した巨大ゴルフ場をメガソーラー発電所に改造した際、ついでに余っていたロッカーも回収しておいた。
それが、まさかこんな形で役に立つとは──
それは、百円玉を三枚入れると鍵が開く、スチール製の縦長ロッカー。
日本では見慣れたアレだ。
驚くべきことに、この異世界の金貨は、日本の硬貨とほぼ同じサイズだった。
つまりこの世界では、剣一本を取り出すために、三枚の金貨=約三万円相当を一時的に預けることになる。
もちろん、使用後にきちんと返却すれば金貨は戻ってくる。
返さずに失くしたなら、三万円はパァだ。
そんなロッカーが、武器庫内の壁面すべてにぎっしりと並んでいる。
おっさんは鍛冶屋ではない。
だから──武器の研磨や刃こぼれの修正程度ならできても、
ひん曲がった刃を炉で焼き直して叩き起こす、なんて芸当は流石にできない。
そこで取り出したのは、全自動刃物研磨器。
刃こぼれ程度の武器なら、自動でガンガン研いでくれる便利ツールである。
おっさんは、仕上がった武器から順に手に取り、例の金貨ロッカーへ納めていく。
扉の表面、かつて名札を貼っていたであろうスペースには、
【片手剣 140cm】、【槍 220cm】、【盾(木製)】……
と、種類とサイズを油性マーカーで記していく。
すべてのロッカーが埋まった頃には──
窓の外が、白んでいた。