第十一話 ……なじょして?
変わったご馳走をたらふく平らげたトゥエラは、
満足げな寝息を立てて、すやすや夢の国。
おっさんはというと──
目覚ましなんぞ無くても、毎朝きっかり
五時に目が覚める体質だ。
だから今も、たぶん五時。
いつものようにコーヒーを淹れ、
パサリ……と新聞を開く──はずもなく、
そんなもんこの森にあるわけがない。
この異世界に来て何日経ったのか。
地球はどうなってんのか。
……少しだけ考えて、やめた。
意味も出口もないことを、
わざわざ脳に詰め込む理由もない。
寝ぼけ眼のまま、昨日の収穫物の様子を見に
外階段を降りる。
ドラム缶の蓋には、昨晩重しを載せていた。
恐る恐るブロックを外し、
蓋を少しだけずらして様子を見る。。
……何も出てこない。動かない。たぶん大丈夫。
念のため、腰の刀で袋をツンツン──。
ピクリともしない。
ホッと胸を撫でおろし、ドラム缶を倒して
中の水を地面におんまける。
土嚢袋は全部で四つ。
バキュームマシンは腰袋に片づけて、
袋を開けてみる。
まずは毒蜘蛛たち。
毒々しい配色の連中が、脚を畳んでぐったりしてる。
ピンク、赤、オレンジに緑……
なんだこのカラフルな生物は。
「……これ、ほんとに食えんのけ?」
色合い的には完全にアウトだが──
魔石が出れば、ワンチャンある世界である。
つづいてカエルたち。
こっちは見慣れた形で、反応も無くて安心感あり。
地球でも食ったことあるし、
まぁどうにかなるだろう。
ただ──
ここは異世界。
何が出るかは、開けてみるまで分からない。
さあ、朝から現場作業だ。
解体・分別・魔石チェック。
なんだかんだ、日課になりつつあるな──
と、おっさんは鼻を鳴らした。
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さすがにこのまま室内へ持って上がるのは
ちょっと……いや、だいぶ嫌だ。
というわけで、まずは下処理タイムである。
おっさんは土嚢袋からカエルを一匹取り出し、
まな板に乗せて開いてみる。
──魔石は昨日すでにチェック済み。
ぷるぷるしたごま油のジュレが出てきたやつだ。
今日のぶんもチャック付き保存袋に
まとめて詰めておく。
さて、問題は“身”のほう。
まず皮をペリリと剥ぎ、手足を落として、
腹を割ってみる……が。
「んん?」
内臓っぽいのが、まったく見当たらない。
見えるのは真っ白な弾力のあるなにかだけ。
……ぜんぶ肉なのか?
いや、でも肉って感じでもない……。
思わず眉をひそめるおっさん。
それでも試しに包丁を入れてみるが──
血も出なけりゃ、筋もない。
切ったところを指でグイグイ捏ねてみると──
ズゥ……ッと、元に戻った。
「……なじょして?」
いや待て。こんなのおかしい。
こんな生物、地球には──
……と、思ったところで。
おっさんは思い出してしまった。
餅が出るザリガニや、塩胡椒になる鮭の皮のことを。
この世界だった。
「ぶっ……!」
思わず吹き出す。
とはいえ好奇心は止まらない。
さらに捏ねてみて、生地をひとまとめにし、
しばらく休ませてみた。
……すると、ふくらみ始める。
「パンかよ!!」
森の静寂に、おっさんのツッコミが響いた。
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──カエルならば、仕方がない。
おっさんはそう呟きつつ、何匹か手早く捌いていく。
残りは冷凍庫にしまい、
保存処理もバッチリだ。
白くてフワフワのタネを一纏めにして、
台の上でよーく捏ねる。
弾力が気持ちいいが、それがパン生地だと思うと、
なんだか複雑な気持ちになる。
とはいえ、発酵を待つ間にやることはある。
──蜘蛛である。
正直、もう何が出てきても驚かない気がしてきたが……
あの毒々しい毛並みと配色を見ると、
やっぱり心が少しブレーキを踏む。
トングで一匹つまみ、まな板へ。
……一拍おいて、深呼吸。
「いっちょ、いきますか」
覚悟を決めて包丁を振り下ろす。
ズパァンッと綺麗に真っ二つに──
ぱか。
「……オレンジかよッ!!」
断面はどう見てもジューシーな果肉。
滴る果汁、漂う香り。
見事に完熟してやがる。
思わず両手を広げて天を仰ぐおっさん。
「もういいよ……ツッコミ疲れたわ……」
ボケのいない漫才師の孤独が、ここにあった。
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蜘蛛なら仕方g(ry……
蜘蛛の見た目では食が進まないので、
指で剥いてみると、簡単に果肉だけになった。
魔石は頭に入っていて、柔らかく、指で潰すと…
とろりと垂れる、ママレードジャムだった。
ペロリと舐めると、ほろ苦く甘い
おっさん好みである。
オレンジは白い薄皮もない、完全な果肉のみ。
タネもなく…
タネ撒いて蜘蛛生えたら嫌だしな。
しかしそうなると、色んな色の蜘蛛がいる。
先程切ったのは、
赤くドクロみたいな模様のあるヤツだった。
もう一匹、トングで摘む。
紫と緑の燃えるような配色。
果物だと分かってしまったので、真っ二つにはせず、
うっすら包丁を入れ指で剥く。
今度は桃だった。
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朝食にちょうどいいと思い、
さらに数匹の蜘蛛を処理してみた。
出てきたのは、
──オレンジ、桃、イチゴ、マンゴー、メロン。
色とりどりの果実と、
それぞれのジャムを手に入れた。
だが、全部を一度に剥いてしまっては、
腐らせてしまうだろう。
この世界の保存法は未知数だが、
おっさんは考えた末、渋々ながら冷凍庫を開ける。
そして、蜘蛛の姿のまま、そっと突っ込む。
──単独でだ。
コツは、果物だとわかっていても、
見た目に惑わされないこと。
これがこの世界で生きるための“味の掟”らしい。
パン生地は、だいぶ膨らんでいた。
おっさんはそれを適当にちぎり、
コッペパンくらいのサイズに成形して並べてゆく。
もう少し発酵させてから、
システムキッチンのビルトインオーブンに、
火を入れる。
温度は200℃。
予熱を終え、15分ほど焼けば、
狐色のパンがいい香りを放ち始めた。
さっきから腹を鳴らして、
おっさんの周りをぐるぐる回っていた…
幼女──トゥエラを連れて、部屋へ戻る。
焼きたてのパンを割り、
ジャムを色とりどりに塗ってやる。
トゥエラの目が、ぱあっと輝く。
──甘い朝食の、完成である。
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皿には果物も盛りつけ、見た目にも
お洒落な異世界モーニングが完成した。
トゥエラは両手にパンを持ち、
満面の笑みでかぶりつく。
甘いジャムの味に目を見開き、
次の瞬間にはうっとりとした表情で噛みしめている。
フォークを手に、メロンも、イチゴも、桃も──
挿しまくって、どんどん消えていく。
おっさんは、というと。
少量だけ確保したマンゴーとオレンジを死守しつつ、
バターを塗って焼いたパンを、じっくりと味わう。
……ジャムは、まぁ、いいかな。




