第十四話
それからおっさんは、
王都と、下水道の完全版相互マップを――
役人っぽい女性に、ぽいっとくれてやった。
渡された役人は、しばらく震えながらそれを眺め、
……そして、泡を吹いて倒れた。
2枚の地図を照らし合わせると…
王城の間取りすら丸裸にできてしまう、
軍事機密級のブツが誕生してしまったらしい。
……だが。
おっさんには、そんなことはどうでもよかった。
掃除依頼の報酬は、どうやら莫大になるらしい。
だが──
「これ……どう計算すればいいんだ……?」
ライオンは、頭を掻きむしっていた。
そんな騒ぎをよそに、
おっさんの関心は、ひとつだけだった。
帰宅してからの、究極ラーメン。
「腹っぺにして、けーっぺ」
そうつぶやきながら、
おっさんはふらりと依頼掲示板へ向かっていった。
後ろをご機嫌でついてくるリリに、
おすすめの依頼はないのか聞いてみる。
だが──返ってきたのは、頬を染め…
「貴方が選べば、どれでも至高です」
……という、ありがたいんだか困るんだか…
よく分からない一言だった。
……専属受付嬢とは、一体。
手短に終わりそうな仕事を探してみるが、
なかなか見つからない。
そりゃそうだ。
金貨を積んで人を雇うような依頼が、
半日程度の軽作業で済むわけがない。
かといって、
孤児や子どもが受けるような“お使い仕事”を奪ってしまうのも、違う気がする。
悩んだ末──
「今日は仕事やめて、食材でも探すか」
そう決めたおっさんは、
娘たちを車に乗せ、街の外へと出発するのだった。
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「おとーさんこれなにー?」
ガタガタ揺れるダンプの中、
トゥエラが渡してきたのは、
風呂の栓…ではなく、よく見直せば、
千切れたネックレスだった。
細い鎖の先に、栓にみえた黒い宝石。
チャラ、っと掌に載せられ、マジマジとみると、
けっこう高価な代物なのかもしれない。
風呂の栓かと床にうっちゃったのを、娘が拾っておいたらしい。
鎖の部分を直して、
リリにでもくれてやるか──
そう思いながら、
おっさんはそれをポケットにしまい込んだ。
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トラックは、黒煙を撒き散らしながら、
ガタ!ボコ!と街道を進む。
以前、薬草を摘んだ森でも良いが……
せっかくなら、未知のエリアも行ってみたい。
なにか、掘り出し物が見つかるかもしれないから。
馬車が行き交うような街道を走っていても、
めぼしい物は見つからんだろう。
そう思ったおっさんは、道を外れた。
起伏のある丘、谷のような窪地、獣道――
ダンプの硬いサスペンションが唸り、
子どもたちはキャーキャーと喜んで跳ねている。
おっさんは景色を観察しながら進んでいた。
林。
岩場。
小川。
……窪地。
……獣道。
……アジト。
アジト?
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小川沿いの岩場を越えた、林に囲まれた窪地の、
獣道の奥にそれはあった。
疎なボロいテントが、いくつか。
その隙間に、人の集まり……
まるで、浮浪者たちの住処のようにも見える。
「職人仲間で流行ってたな、グランピングとか……」
一瞬だけそう思ったおっさんだったが――
すぐに気づく。
様子がおかしい。
子どもか、女性の……
甲高い悲鳴のような声が、かすかに聞こえた気がする。
それに、狩猟の痕には見えない。
テントの端に投げ出された、
**“人っぽい、血まみれの物体”**が──
目に入った。
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愛娘たちは、悪路走行を存分に楽しんだあと、
肩を寄せ合って、すうすうと眠っている。
おっさんは、変な絵柄のアイマスクをかぶせ、
タオルケットをそっと掛けてやった。
車外に降り、ドアをロックし、煙草に火を点ける。
……だが、吸い込んだ煙が喉に絡みつき、
嘔吐きそうになるのを、必死でこらえた。
以前出会ったアイツらとは、違う。
確かに彼らも犯罪者だった。
だが素直で、根はいい奴らだった。
今では、ファイアーダンサーとして立ち直った。
けれど、今この眼下にあるのは……違う。
脚を失い、尚も這って逃げようとする者を、
笑いながら、弓で射抜く連中。
娘たちと歳も変わらぬような子どもを、
傷つけ、嬲って楽しんでいる。
こんな“悪意”は、見たことがなかった。
サバンナの猛獣を囲う柵を作ったこともある。
国内の任侠屋敷をリフォームしたこともある。
刑務所の壁だって補修した。
だけど、そんな現場ですら、
ここまで胸の奥が腐るような匂いは、嗅いだことがない。
助けよう、成敗しよう――そんな考えすら浮かばない。
ただ、ただ……
おっさんは嗚咽をこらえながら、地面に蹲った。
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一頻りのお昼寝から目覚めた娘達。
寝惚け眼で外を見ると、優しいお父さんが、
…泣いていた。
おっさんは前を見た。
自分のやった仕事からは決して逃げたくなかった。
ちょうど、東京ドームを、逆さまにしたような…
窪地だった場所は…
おっさんの立つ地面と真っ平な、
コンクリートが打設され硬化し、
白く乾き、あたかもスケートリンクのように…
美しかった。
完全に無意識だったと思う。
窪地を囲むように、
生コン車、ポンプ車、クレーン車…
まるで暴走族の集会のように並べ、
本人は急な傾斜をバイクで滑落し、
邪魔な汚物を跳ね飛ばし、
息のある弱者をフレコンに叩き込み、
クレーン車から降ろしたワイヤーフックに玉掛けし、
汚物以外の生存者が居ないのを見、
ポンプ車のリモコンを押し生コンを全方位から、
まるでナイアガラの滝の如く放出し、
吊り荷と共に地上へあがり、
そして今に至る。
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娘達に泣きつき、重傷や瀕死の人々を治してもらう。
患部転移魔法とやらで、
服も身体も、何事もなかったかのように…
静かに眠る二十数人の男女。
おっさんは現場送迎用の大型バスを召喚し、
全員を運び椅子にシートベルトで結いつけ発射。
「ラーメンの具材…にもならねえべ…」
と愚痴をこぼし、王都に帰還した。