第十二話
「いや〜しかし…」
半年も潜ってたんだっぺか?
という言葉を飲み込む。
後ろを着いて来るリリの様子がおかしい。
顔を赤くし、ハァハァと息が荒い。
具合でも悪いのか?と家まで搬送することも含め心配すると…
「ご…」
「ご?」
「ごはん…たべしゃせてくらしゃい…」
飢えてただけだった。
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「バエとやらがなぁ……」
おっさんは、インスタグラムとやらには縁がない。
携帯電話も、仕事用の連絡と現場写真くらいにしか使ってなかった。
“バエ”という言葉の意味も──
なんとなくの雰囲気でしか、分かっていない。
だが不思議なことに、おっさんの撮る現場写真は、
度々何者かによってバズっていた。
過去の話だ。
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そんな時、向こうのほうから鎧に身を固めて走って来る集団…たまに見かける騎士みたいな連中…
と、低空をこちらに向かって滑空してくる
ワニ蝙蝠
「あぶねーんでねーの?」
娘達を庇い、イラっときたおっさんは…
以前、印刷ミスのせいで、現場までいって取り付け出来なかった…
紅きトライアングルを投げつけてやった。
スパーン!
首を失う翼竜。
シュルシュルと高速回転し、おっさんの手に戻ってきたでかい鉄板には…
「止れま」
と書いてあった。
ザァッサアァァァァァァァァ!!!
と地を滑る爬虫類。
…から投げ出され、頭を打ちグッタリする運転手。
「呑んだら乗るなだっぺ」
と我が身を顧みないおっさん。
どうにか駆けつけた騎士風の鎧男達が、運転手を捕縛してゆく。
警察なのか?とぼんやり見つめるおっさんの妄想は、さほど外れてもいなく…
「逮捕協力に感謝する!!」
とリーダーっぽい鎧が話しかけて来る。
事情を聞けば、さっきの爬虫類で王宮に突撃して悪さをしたとかなんとか…
そんなことよりもおっさんは、首の無くなった爬虫類を見て、
「これ貰ってもいいけ?」
とマイペース。
犯人さえ拘束出来れば問題ないらしく、美味そうな食材をゲットできたおっさんであった。
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キッチンに入り、すぐに出て来るおっさん。
「できるわけあんめー」
ぶつぶつ言いながら外へ出てゆく。
石垣を降り、庭の真ん中にステージ足場を組む。
これは、ちょっとした吹き抜けのある住宅の天井施工や…あれだ、よくやったのは
衣料品店とかの天井貼り。
何百枚という石膏ボードを貼る現場で活躍する、風呂場くらいの仮設足場のステージだ。
高さはさほどない。地上1メートルくらいだ。
そこにさっきの爬虫類をドドーンと置く。
翼は邪魔くさいので、セーパーソーで切り取る。
だが出汁にはなるので冷蔵庫だ。
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まずは米を炊く。
だが、量が量だ。大型バイクくらいある本体に、一体何合の米が必要なのか…
思案していると思い出す。
おっさんは建築前の造成工事でよく乗っていた
ブルドーザーと召喚し、バケットを上に向けて中を確認。
汚れてもいない、いちおう高圧洗浄し、
水気を拭いたら刷毛でラードを塗りたくる。
これをしないと焦げて半分以上食えなくなる。
米を投入。
量は目安だが、約200合だ。
チキンスープをドボドボ注ぎバターも入れて炊く。
最近知ったことだが、トゥエラのくそ重い斧は…
取っ手がとれた。
その取っ手をバケットに当てると…
沸騰を始めた。
ローズマリーの葉、タイム、セージ、ニンニクスライスを混ぜ合わせて、レモン汁をかけて混ぜる。
爬虫類は、まず大量のバスタオルで水分、腹の中をよく拭く。
炙って毛を焼き、塩をバサバサと振りかける。
その後ニンニクスライスを、皮と身の間に突っ込みレモン汁を全体に擦り込む。
炊いておいたバターライスを、オリーブオイルで炒め、野菜を加えて軽く塩胡椒でピラフに。
ピラフをワイバーンのお腹にスコップで詰め込み、お尻の所を番線とラチェットで締め上げる。
風呂桶一杯程度の塩を全体に擦り揉み、常温で放置。1時間程度の間に、
焼却炉に斧を入れ予熱しておき、ワイバーンを入れる。
先ずは様子見。身体の下には落ちないように鉄筋が並ぶ。
照りが出て焦げる前に、温度を下げてまた暫く置く。
これで、胸肉の火の入り過ぎ防止。途中2度ほど開けて刷毛で下のオイルを塗る。
最後は、火力を上げて、もう少し焼く。この仕上げまでの感覚は、火が十分通っている事を見て勘で決める。
仕上げに焼けたワイバーンを、オリーブオイルを熱した鉄板に寝かせて、焼き目をつけて完成。
そして………
夜会の始まりだ。
娘達は烏龍茶
リリは呑めるそうなので、冷やした故郷の酒を注いでやる。
おっさんはいつものだ。
——箸を入れると、パリッと音を立てて皮が割れた。
香ばしい焦げ目の下からは、艶やかな脂がじゅわりと滲み出す。
ひとくち。
熱っついピラフを口に運ぶトゥエラの目が、まるくなった。
「……と、とろける……っ」
それは、肉のうまみとバターの香りが折り重なる──
爆発寸前の“うまみ火山”。
ほんの少し遅れて、スパイスの余韻が喉をくすぐり、
ピラフのひと粒ひと粒が、口内で小さく弾けるようだった。
テティスは無言で、目だけで語っている。
かつてない集中力でフォークを握り、焼き上がった尻尾の付け根から、肉をひと塊ごと削ぎ取っていく。
その舌に触れた瞬間——彼女の眉が、ゆるんだ。
「……っふ……」
冷静沈着な彼女から漏れた、心底ゆるんだ吐息。
それだけで、この料理の説得力は、もはや十分すぎた。
リリはというと、頬を桃色に染め、目を潤ませながら、
「んほぁあああぁぁん……」
という、どう表現してもアウトな声を出しながら──
無言で、皿におかわりを山盛りにしていた。
その姿を見ながら、おっさんは酒をちびちび。
焼いた骨のあいだから、しゃぶり取ったゼラチン質に舌鼓を打ちつつ、
こうつぶやく。
「……脂っこいんだけどよぉ……」
ふぅと一息ついて、
「……なんだろな。超うめぇわ、これ」
赤い月の下、
食卓の中心に転がったワイバーンからは、まだほのかに湯気が立っていた。
それはまるで、天から降ってきた──
祝福の煙だったのかもしれない。