第十一話
気がつけば100話だそうです。
読んでもらってありがとうございます。
幾日が経ったのかも、もう分からない。
今日も、くっさい汚泥をせっせとさらっている。
だが、地図の方は順調に出来上がってきていた。
おっさんは、充電式の釘打ち機に、特殊な塗装を施したコンクリート用釘をセット。
それを、見失わない程度の距離ごと──おおよそ50メートル間隔で、壁にバンバン撃ち込んでいく。
そして、召喚されたのは──
小型ラジコンヘリコプター『帰り道覚える君』。
これは、かつて──
ギザに仕事で行った時、ピラミッド内部の耐震補強工事をした際に活躍したアイテムだった。
あそこも、なかなかの迷宮だ。
一歩間違えれば、ミイラになるのはこっちの方だった。
だが、このラジコンヘリがあれば安心。
釘に塗られた特殊塗料は微弱な磁力を発していて、
ヘリはそれを感知しながら──
壁や天井にぶつかることなく、なめらかに空間を飛行してゆく。
さらには、飛行ログと釘の位置を自動で記録し、
携帯端末に簡易マップを送ってくれるという優れものだ。
たまに──
下水の奥で、ひょっこりと“地上に繋がる階段”に出くわすことがある。
そういう時は、そこでその日の業務は終了。
地上に出て、ふぅ〜っと一息つきながら──
見渡す街並みに、さりげなく目を凝らす。
店の看板、橋のたもと、塔の影。
目立つ建物や道の形、ランドマークをざっくり記録。
そしてその情報を、帰り道覚える君のマップに紐づければ──
あら不思議。
下水道だけでなく、王都の地上マップまでできてしまうというワケだ。
本来なら──
毎日、作業が終わればギルドに戻って日当を受け取る。
それが“普通”の冒険者ってもんだろう。
……だが、おっさんは違う。
金に困ってはいないし、戻るのもめんどくさい。
空き地を見つけては、風呂を湧かし、宿舎を召喚すれば──
そこはもう、立派な異世界キャンプ場。
たまたま見つけたメシ屋や酒場があれば、ふらりと入るし、
何もなければ、娘たちとバーベキューだ。
日々、くっさい下水を掘りながら──
毎日、思いのほか楽しく暮らしている。
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最初の頃は、そりゃもう地獄だった。
鼻が曲がるような悪臭に、目までしみる。
だが──
おっさんは、諦めなかった。
防毒マスクのフィルターを何種類も試し、
ついに“完全無臭”にたどり着く。
さらに、内側に金木犀のアロマを一滴垂らすことで……
むしろ、心が癒やされるという快適空間へ。
ここが下水道だということを──
唯一の問題にしてしまったのは、おっさん自身だった。
汚泥? いや、もう……
「見た目はガトーショコラと大差ねぇっぺ」とさえ思えてきた。
この異世界に来てからというもの──
あるいは、あの無駄に高い塔のせいかもしれないが、
おっさんは“何日目”だとか、“あとどれくらい”とか、
そういった感覚がどんどん薄れていった。
今が楽しいなら、それでよし。
それが、おっさんの新しい生き方になっていた。
だからある日──
「……あれ? ここ、やったんだっぺか?」
ふとマップを開いてみて、
おっさんは我が目を疑った。
そこには──
王城からスラム街まで、
王都の裏も表も、地下までくっきりと描かれた、
完璧な地図が完成していた。
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ちなみに──
高圧洗浄はトゥエラが担当し、
スチームによる殺菌消毒はテティスが担っていた。
結果、この迷宮のような下水道は……
『舐めても安心』レベルの清潔さとなった。
──実際に舐めた者がいるかどうかは、
さておこう。
終わってしまったのなら──
あとは帰るだけだ。
迷宮のような下水道をあとにし、
久しぶりに地上の陽を浴びながら、ギルドへと向かう。
報告だけでもしておこうと思い、カウンターへ歩み寄ると──
「っ……!」
リリが、泣きながらおっさんに飛びついてきた。
「ど、どうしたんだべ。なんかあったか?」
戸惑いつつも声をかけると、彼女は嗚咽まじりに言った。
「だって……半年ですよ!?
約半年間、あなた──行方不明だったんですから……!」
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泣き顔の美人をなんとか宥め、
「じゃ、とりあえず報酬もらっとくか」と手を出すおっさん。
だが──
リリは涙を拭いながら、真顔で問い返してきた。
「……で、どこに汚泥を搬出したんですか?」
「あー……」
少し考え──
いや、考えるまでもなかった。
「……ないなぁ」
汚泥もフレコンも、異次元へポイしただけだった。
「あー……まぁ、確認だけしといてくんちぇ」
背中をかきながら適当に言い残し、
娘たちと一緒にギルドをあとにする。
──何故か、美人もついてきた。