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第十話

後日談。


なぜか最近──ウチに入り浸るようになった受付嬢から聞いた話だ。


曰く──


あの内覧会のあと、

女神像が光ったって話が、王都じゅうに広まったらしい。


そんで、あの斜塔のデカい教会の常連どもが、

ごっそりと、ポーネたちのところに流れてきたとか。


「やっぱり、本物の神はあちらに……!」とか、

「うちの教会は形ばっかりだったんだ……」とか。


なんか──ちょっとした宗教騒動になりかけたそうだ。


俺?


焼酎がじわぁ〜っと回ってる頭で、

ぽやっとした顔のまま、その話を半分くらい聞いてた。


「……へぇ〜……そっかぁ……」


まあ、信仰心ってのは難しい。

女神像も、たぶん笑ってる。



食っちゃ寝、食っちゃ寝──

やる気もなく、ただただ自堕落に過ごす毎日。


「ま、今は充電期間ってやつだべ」


そう思いながら、今日もコーヒーと焼酎で胃を満たす。


なにかやりてぇなぁ……

そう思うようになるまでは、まあ、こんな感じだ。


そんなある日のこと──


おっさんは二階のバルコニーに出て、

火をつけた煙草をくゆらせていた。


眼下には王都の街並み。

そして、少し離れた高台にそびえる王宮。


ふと、視線を向けると──


その王宮のバルコニーに、

なにやら、ドレスをひるがえすような人影が見えた。


まさか……と思った瞬間。


目が合った。


──姫っぽい人と。




どういう訳か、ただの偶然──

チラッと視線が重なったような気がするだけなら、不思議でもなんでもない。


だが──


彼女はじっと、こちらを見つめていた。

そして……微笑んだ。


あまりにも自然で、堂々とした笑みだった。


まるで「見ているのはわたしです」と言わんばかりに。


おっさんは、一拍置いて煙草をくゆらせ──


「……あっぽ(うんこ)むぐす(漏れる)かとおもったべ」


そのまま視線をそらし、焼酎を煽った。



➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖



そんな出来事は、すっかり忘れていた。


……いや、忘れたというより、

煙草の煙と一緒に、ふわっと流れていったようなもんだ。


おっさんの平日が、何事もなかったように戻ってきた。


受付嬢曰く、

「私、あなたの専属受付嬢になったんですよ」


……らしい。


だからって、ウチにまで入り浸ってきて

メシを貪る必要があるかどうかは、甚だ疑問である。


しかも、専属とは名ばかりで──

これまで彼女から依頼を勧められたことは、一度たりともない。


今日も、おっさんは

ギルドの掲示板をボヤ〜ッと眺めている。


「たまには──冒険者らしいこともしてみっけ?」


そんな気分で、今日は魔物討伐や護衛依頼の欄に目を向けてみる。


だが、目につく依頼はどれも──

そこそこ危険そうで、報酬もそれなり。


ふと横を見ると、

かっこいい鎧を身に纏った若い青年たちが、

軽やかに依頼書を剥がしていく。


その隣では──

装備も揃った連携抜群そうな男女混成のパーティが、

笑顔で作戦会議を始めていた。


……おっさんの出る幕じゃねぇな。


なんか、違う。


そう呟いて、おっさんは諦めたように

【街中のどぶさらい】の依頼書を一枚、ペリッと剥がす。


そして、そのまま受付へ。


受付嬢はなぜか嬉しそうに微笑み、

「さすがですね。やっぱり似合いますよ」なんて言ってくる。


褒められてんのか、バカにされてんのか、よくわからん。


……とにかく、おっさんの今日の現場は“どぶ”である。


リリ(受付嬢)という名らしい。

なぜか誇らしげな笑みを浮かべながら、おっさんを見送る。


今日は、娘たちも一緒についてくるそうだ。


「……衛生面がアレなんだが」


そうは思いつつ、付き添い拒否はできなかった。


まずは、胸まである長靴(ウェーダー)を着込み、

上着にはレインコートを羽織る。

防毒マスクも用意して──


街角にひっそり設けられた、下水施設の入り口へと向かう。


金属の扉をギギィと開け、湿気と臭気の漂う階段を降りていく。


通常なら、汚泥の除去・搬出という作業になるはずだが──


おっさんの現場には、例によって“謎フレコン”がある。


スコップは角形。

子供たちにも、小ぶりなヤツを持たせてやる。


「それじゃ、いっちょ掘るか」


くっさい地下通路の奥へと、おっさんたちはゆっくり進み始めた。


この下水道は──

上の超巨大な王都の、隅々にまで張り巡らされているらしい。


だが、そもそもこの世界には“王都の全貌”を記した地図など存在しない。

当然、下水などは言わずもがな。


かつての都市設計者が誰で、どんな思想で造ったのかすら分からないまま、

今も水と魔力の流れだけが“静かに、生きて”いる。


下水と呼ばれているが、その実態は──

**“迷宮”**である。


歩き回るうちに方向感覚が狂い、

構造がねじれ、

空間が歪み、

気がつけば──太陽の場所さえ分からなくなっているかもしれない。


適当に進めば、

二度とは、地上へ戻れない。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


この仕事は──どうやら出来高払いらしい。

搬出した汚泥の“量”によって、賃金が決まる仕組みだ。


つまり……

異次元ポケット(フレコン)で汚泥を“存在ごと”消してしまうおっさんは、


──何日やろうが無給ということになる。


だが、本人はまだその事実に気づいていない。


「おっ、今日もフレコン軽ぇな。調子いい証拠だっぺ!」


などと、上機嫌でスコップを振るっている。


……誰か教えてやれよ。マジで。



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