第九話
それからまた、幾日かをかけ──
屋根瓦、外壁、内装工事と、順調に工程を進めていった。
瓦はさすがに、再び《カコマール》を探すわけにもいかない。
そこで、おっさんは以前採取しておいた樹海の泥を用い、
手で成形し、ひとつひとつ焼き上げて瓦を作った。
釜すらなかったが──
解体時に出た煉瓦を積み、娘の斧を置けば、立派な即席炉の完成だ。
外壁は、木板で下地をつくり、
そこに港町で拾い集めた“捨てるほどあった貝殻”と泥を練り込んだ漆喰を塗る。
内装には、暖かさを残しつつも“神域”としての厳かさを持たせた。
漆喰壁に丸太柱を組み合わせ、神殿のような装飾支柱を設置。
祭壇も、ひと彫りひと彫り丁寧に仕上げていく。
仮住まいを手配してから、ここまでおよそ三週間。
足場に貼られた防音シートのおかげで、
近隣住民は“無音の平和”を満喫していたらしい。
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その後細かい箇所まで完成させ、内覧会の日を迎える。
ポーネ、エミリーは当然いるが、なぜかギルマスや受付嬢、孤児や近隣の住人や商人、
豪華な服の貴族っぽいやからまで、
わちゃわちゃと集まりやがった。
おっさんは気にせず、テティスにかけていてもらった霧の魔法を消して貰い、地上から天を照らす照明をON。
ライトアップされる新築教会
惚けたように見上げる見物客たちを尻目に、
おっさんは淡々と案内を始める。
「んじゃ、まずは一階な──ここが大聖堂だっぺ」
内容自体は以前と変わらない。
だが、椅子も祭壇も、厳かに輝きを放ち──
家出していた女神像も、ついに帰還を果たしていた。
金の鮭像──使い道がなくて困っていた代物を、
どうせならと溶かして塗料にし、
下品にならないよう慎重に、祭壇や細部にアクセントとしてあしらった。
この世界の神様事情はさっぱり分からんので──
七福神だの、風神雷神だの、見たことある面子をバランスよく彫刻。
女神像も、漆喰と樹海材で丁寧に補修。
塗装を施し、目元や指先にまで筆を入れると──
まるで、今にも微笑みかけてきそうなほどに、美しく生まれ変わった。
「……神さまってのは、案外、手ぇかかるんだな」
おっさんはそうつぶやき、
静まり返った堂内を、一瞬だけ見上げた。
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手を組み、神像へ静かに祈りを捧げる来賓たち。
その姿をひととおり見届け、おっさんはまた口を開いた。
「……じゃ、次。地下いくべ」
案内された階段を降りた先は──
猫カフェだった。
ただし、ただの癒し空間じゃない。
そこは、野良猫を拉致し、
餌付けし、
芸を教え、
利益を得るための──
**異世界教会式・完全合法“猫営利型福祉空間”**である。
清潔な床。
ふかふかのクッション。
たまにピアノの上で丸くなるポーネの膝猫。
客と猫の間にあるのは、癒しと布施の等価交換。
「これは……聖域だ……」と、
財布を握りしめる貴族の姿もあったという。
そして最後に案内するのは──二階。
ここは、親や身寄りのない孤児たちの宿舎。
兼、学校。そして、職業訓練の場でもある。
「せめて一般教養くらいはな──
読み書きと数の扱いができりゃ、働き口のひとつくらいはできるべ」
そうつぶやくおっさんの背に、
娘たちが誇らしげにくっついてくる。
教室として仕切られた部屋には、
小ぶりな机と椅子、そして手作りの黒板。
隅には大工道具のミニセットも並び、
希望者には「現場のイロハ」も叩き込める仕様だ。
そして奥──
そこは、ポーネとエミリーの住居スペース。
といっても、特別な装飾があるわけじゃない。
だが、床はしっかり断熱され、収納も充分。
洗濯・調理もひと通りこなせる、普通に住みやすい“家”だ。
「……まあ、派手さはねぇが──
こういうのがいっちゃん大事なんだっぺよ」
誰に向けるでもないその言葉に、
近くにいたポーネが、ふいに目頭を押さえていた。
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すべての案内を終え、
おっさんはシスターに玄関の鍵を手渡す。
「……まぁ、なんかあったら言いに来てくれ」
それだけ言い残し、
もはや“現場”ではなくなった神殿に背を向け、歩き出そうとしたそのときだった。
──光。
後方から、柔らかく、けれど確かに輝く光が差し込んできた。
振り返れば──
祭壇に鎮座する女神像が、
まるで笑ったかのように、淡く発光している。
頬に当たる風がやけに優しく、
光の粒が静かに舞っていた。
「……あんちゅーだっぺ」
おっさんはぽつりとそう呟いた。
神様のことはよく分からんが──
ここまでやりゃ、さすがに伝わったろう。
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猫カフェや学校、職業訓練の人事については──
ぜんぶ、受付嬢に丸投げしておいた。
「適当に金貨も配っといてくれや」
と、手持ちの袋ごと渡して。
おっさんは、あくまで“建てた”だけ。
運営とか、そういうのは別の話だ。
──まぁまぁの仕事だった。
上出来ってほどじゃねぇが、悪くはない。
だから今は、ただ一つの願いに従おう。
酒に──浸かる。
そう決めて、
おっさんは静かに、娘達の手を引き、夕暮れの街へと帰っていった。