第八話
カーン、カーン!
乾いた金属音が、朝の街に響く。
おっさんの商売道具は、ハンマーと水平器さえあれば、建物を囲う作業用のステップがいくらでも組める代物だ。
本来なら、2〜3人がかりで半日かかる仕事だが──
おっさんの腰袋からは、必要な部材が、次々とヌルリと現れる。
だから上下移動も運搬もいらない。
足場はまるで“意志を持つ生き物”のように、ワラワラと教会を取り囲み、組み上がっていく。
屋根の高さを越えるまで足場を組み上げたら、
おっさんはその外周に、重たいシートを垂らしていく。
銀色の防音養生。
バサリと広げ、風に煽られぬよう、隙間なく紐で縛り付けてゆく。
真昼の太陽が中天に達する頃──
地上に降りて見上げれば、そこにはもうボロい教会の姿はなかった。
そこに立っていたのは、真四角な銀色の箱だった。
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「今日は……こんなもんだっぺね」
おっさんは腰袋から、焼酎を取り出してグビリと一口。
そのまま地べたに座りこみ、煙草に火をつけてひと息つく。
ふと目をやれば、教会の裏手では──
エミリーと、ぽせ……ポーラが、
野良猫と、どこからともなく集まった汚れた服の子どもたちに囲まれていた。
その様子を眺めていると──
「あれ、おとーさんじゃない?」
通りの向こうから、朝の美人と、買い物袋をさげた愛しき娘たちが姿を現した。
世話になった受付嬢に軽く会釈し、
娘たちの姿を見やる。
──一目で分かる。
おっさんが腰袋から出せるような、キッズ用の作業服じゃない。
フリルやリボンのついた、どこかドレスのような、
女性的で、年相応の可愛らしさを備えた服に身を包んだ二人が、嬉しそうにまとわりついてくる。
「メシくったんけ?」
そう尋ねると、揃って「まだー」と返ってきた。
ならばと──
おっさんは娘の斧を借り、地面にそっと置く。
すぐに刃の表面が赤く発光し、IHヒーターのように熱を帯びていく。
寸胴鍋に水を張ってその上にセットし、
コテコテマシマシ、アブラ多めのラーメンを即興で煮てやった。
自宅を購入した時の、残置物の中に──
洒落た丼や、柄の入った皿などがいくつか混じっていた。
捨てるには惜しく、綺麗に洗って保管しておいたものだ。
それらにラーメンをたっぷり盛りつけると、
美人×2、孤児×8、娘ふたり……そして怪物にも、惜しみなく振る舞った。
箸は、やはり異世界人にはあまり馴染みがないようだった。
そこでおっさんは、自ら考案した“ラーメンフォーク”を手渡す。
樹海産の手作りだ
麺を絡め、スープも掬える──
画期的なカトラリーだ。
野良猫までもが、空いた椀に顔を突っ込み、
ラーメンスープをごくごくと飲み始めていた。
健康面は──まあ、アレだ。
……だが、異世界だしな。
おっさんは匂いだけで腹が膨れそうだったので、
スープをチェイサーに、焼酎をあおった。
皆が光悦の面持ちで礼を述べてくるが──
口が、全員テッカテカだった。
美人は残念に、
怪物は獰猛に、
娘たちは……めんごい。
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おっさんはふと、ひとつの疑問を口にする。
「ポーネとエミリーは……ここに住んでるんけ?」
ポーネは肩をすくめて笑った。
礼拝堂の奥に、小さな小部屋がふたつ。
どうやら、そこで寝起きしているらしい。
おっさんは、朝テカテカの方へと向き直る。
「あの宿舎、また数週間……借りれねぇべか?」
受付嬢はニッコリと微笑みながら──
ほんのり、いや、しっかりニンニク臭かった。
ラーメンのスープ、飲んでやがったな……と、おっさんは心の中でつぶやく。
「事情によりますが……」と、口元を拭いつつ返される。
「これ、ぼっこわして建っかと思ってよ」
顎で教会を指すと、全員の視線が一斉に動いた。
ポーネは硬直し、
エミリーは口をパクパクさせ、
娘たちは「やったー!」と全力ではしゃぎ始めた。
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そこから先は、驚くほどスムーズに事が運んだ。
ライオンにはラーメンを食わせて黙らせ──
教会を空けることになるポーネとエミリーには、
「……お祈りの時間が……」と申し出があったので、
女神像だけを丁寧にフレコンに詰め、
間借りした六畳ほどの宿舎の一角に、どっしりと再設置してやった。
翌日から数日をかけて──
教会は、跡形もなく更地となった。
ガレキも廃材も、すべてフレコンに詰めてしまえば消えるため、撤去は実にスムーズだった。
建物がなくなった敷地を、さらに深く掘り進める。
敷地いっぱいの面積で、深さはおよそ四メートル。
そこに生まれたのは、地下スペース。
鉄筋を編み、型枠を立て、
再び《ガイアベース》を打設──
地上基礎と地下室を一体化した構造だ。
コンクリートの養生期間の間に、
木造部分の柱・梁・桁など、構造材の彫みを進める。
型枠を外し、土台を据え、柱を立て──
桁を掛け、梁を流し、金物で補強。
また柱、桁、梁……と、少しずつ上へと積み上げていく。
屋根の骨組みに入る頃には、
一般住宅とはかけ離れた、無駄に急勾配なフォルムが立ち上がり始める。
気品すら感じさせるその形は──
どこか、礼拝堂の面影を残していた。