第五話
ウチに着いたらメシの支度だ。
今日は新鮮な材料がある。
山脈を流れる超冷水の沢で拾ってきた、
大魔王グソクムシと噛みつき岩だ。
これを使ってパエリアと洒落込もうじゃないか。
大魔王は塩水で洗い、逆鱗を引っぺがす。
噛みつき岩はワイヤーブラシで擦ってよく洗い、
山脈鳥は厚めに切る。
山ンドラゴラはみじん切り、赤ンドラゴラは半分に。
フライパンに濾過魔石汁を垂らし、エビとアサリをぶち込んで炒めると、
山脈百合の雫をひとたらし。香りが立ったそのとき——
トゥエラがズイ、と斧を差し出してきた。
「これ、蓋にする〜」
軽々と斧を構え、フライパンにかぶせると…
斧が、赤熱した。鍋蓋というより、業火の圧力蓋である。
中身にしっかり火が通ったところでベーコンと玉ねぎを加えてサッと炒め、
しんなりしてきたら、山脈ししゃもの卵を洗わずに投入。
続いて刻んだ山菜の茎と出汁を加え、
トマトをのせ、再び蓋。
弱火で13分、最後の1分は強火でおこげを作り、火を止める。
そこへ蒸し煮にしたエビとアサリを再度のせ、10分蒸らせば——
「山脈の恵みパエリアだ。くってみんちぇ!」
森の柑橘を添え、刻み魔草をふれば…
娘たちはスプーン両手に待機していた。
取り皿にも目をくれず、
鍋の中心からスプーンを突き立て、
「おりゃー!」「そっちはあたしのエビー!」
と争うように食らう娘たち。
行儀は良くないが…
「けーけー」
笑ってしまうおっさん。
アサリの酒蒸しをツマミに、
湯気と笑い声に包まれて、今夜も酒が捗るのだった。
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子供たちとの暮らしは、なんだかおっさんを若返らせているようだった。
……気のせいだ。若返ってなどいない。
だが今朝はやけに身体が軽い。
やる気もあるし、なにより飯がうまかった。
今朝は、エビの味噌汁と、
アサリバター丼であった。
ならば、やることは一つ。
「よし、土台なおすべ」
大工の基本、それは“下ごしらえ”に尽きる。
穴を掘る、均す、打ち込む、支える。
この工程を舐めた者に、家を任せる資格はない。
おっさんはまず、腰袋から16台のフォークリフトを召喚した。
これはかつて、廃業したゴルフ場をメガソーラー施設へと魔改造した現場で必要だった構成。
つまり、「本気」モードである。
フォークリフトを四辺に四台ずつ配置し、
家を囲むように儀式めいた布陣を組む。
四方の操作パネルを手元のリモコンで繋ぎ、
0.1秒単位で油圧を制御しながら、家全体を——
グ……ググ……
1センチずつ、ゆっくりと持ち上げていく。
決して焦らない。
急げば壊れる。
慎重に、そして大胆に。
ミシ…とも言わせず。
そうして──
二階建てのコンビニ規模の我が家は、
ついに地上2メートルの空中へと舞い上がった。
「天空の城、できたべ」
おっさんは満足げに手を腰に当て、
煙草をくわえながら、空中の我が家を見上げるのだった。
家が浮いたら、次は──移動だ。
ここまでくると、もう「引っ越し」ではない。
もはや「建物ごとドライブ」である。
16台のフォークリフトは、全てBluetoothで連動。
ノートパソコン上には、あらかじめ組んでおいた動作プログラム。
それぞれの機体がどのタイミングで、どの角度で、どれくらい力をかけるかまで、すべて入力済み。
おっさんはヘルメットの中でニヤリと笑いながら──
ひとつ、エンターキーを叩いた。
すると。
「グゥゥゥ……ヴゥン!」
ブォォン!と16の重機が一斉に始動。
そして建物が──
ズ……ズズズ……
“動いた”。
某半島北部の軍事パレード顔負けの、
一糸乱れぬ統制行動。
おっさんの家は、まるで戦車の行進のように、
ゆっくりと、そして威風堂々と大通りを進んでいった。
「ふ…浮遊魔法の極み…」などと呆けるテティス。
「おうちとんでるー」
と、はしゃぐトゥエラ。
その様子を、通行人たちは……
ただ、呆然と見送るしかなかった。