第十話 照り焼きチキン餅サンドだ。うめえぞ
ポツポツと聞こえる雨音で、目が覚めた。
今日は天気が悪いらしい。
この森に来て、雨を見るのは初めてかもしれない。
トゥエラはまだぐっすり寝ている。
そっとドアを開け、煙草に火をつける。
掌をかざすと、ポタリと雫が落ちてきた。
たいした雨ではなさそうだが、ここは異世界だし──
急に洪水になって、津波が押し寄せてきたり……?
いや、さすがにそれはないか。
苦笑して、部屋へ戻る。
朝飯はドリアだ。
チャーハンでもよかったが、サラダ油的なものがない。
耐熱皿にバターを塗って、米と蟹肉とチーズ、
それに生クリームを重ねてオーブンでチン。
漂う香りに釣られて、トゥエラも目を
こすりながら起きてくる。
熱そうな皿は、溶接用の革手袋で掴んでテーブルへ。
鍋敷きがないので、木板を代わりに敷いておいた。
フーフーと冷ましてから食べることを教えてやり、
おっさんはコーヒーを啜る。
昔、田んぼの貯水池の工事で田舎の方に
行ったときのことを思い出すような──
外から、カエルの大合唱が聞こえる。
家にいても、呑むくらいしかやることもない。
よし、ちょっと散歩にでも行くかと、
腰袋を締め直していると…
トゥエラは窓の外を見て、物凄い顔をしていた。
せっかくの新しい作業服を
濡らしたくないのかもしれない。
「まってたらいいべ」
と、ぽんぽん頭を撫でてやって、
おっさんは静かな森へと旅立っていく。
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頭に被ったヘルメットは縁があって、
ちょうど雨樋がわりになる。
カッパを着るほど寒い雨でもないし、
帰れば風呂も着替えもある。
恐れることは何もない──
そう自分に言い聞かせながら、いまいち上がりきらない
テンションを、雨音に混ぜて、森へと足を運ぶ。
声のする方に歩けば、
そこら中にカエルがいる。手で掴んでも
噛んでくる訳でもないし、捕獲してゆく。
普通は砂や土を入れて使う、土嚢袋を1枚出し、
ぽいぽいとカエルを放る。
雨の日は獣は隠れているのか、見かけない。
川の様子を見に来たが、さほど増水はしていない様だ。
だが濁りは出ていて、
魚は見えない。
川沿いをぷらぷらと登ってゆき、
たまにある大きめの岩を…
チェーンブロックをセットし、
ワイヤーを掛け
ジャーラジャーラと鎖を引っ張れば、
わざと不安定に掛けたワイヤーが岩を転がす。
急いで下を探れば…
ザリガニだ。
だいぶデカい。スリッパくらいある。
挟まれては手が無くなりそうなので、
トングで捕獲して、安全靴で踏みつけ、
針金で鋏を縛る。
新たな土嚢に投入し、また歩く。
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目新しいものも見つからないので、
川から離れ、また森へと分け入る。
しばらく進むと──ギャーギャー、バサバサ。
やかましい声が頭上から響いてきた。
見上げれば、
蜘蛛の巣に大きな鳥が引っかかっている。
釘打ち機じゃ届かない。
おっさんはため息ひとつ、
腰袋からスライド脚立を取り出す。
これは、勾配地や階段などでも水平を保てる、
調整脚付きの脚立。
本来は一段分くらいの調整用だが──
「ガラララララララララララララ……」
異常なまでに伸びてゆく四本の脚。
しかもステップまで増えてる。どういう構造だ。
──まぁ、異世界だし。
するすると登って、まずは鳥を仕留め、回収。
袋に仕舞うと、巣の主が寄ってきた。
夏みかんほどのサイズ。
毒々しい配色のクモが、何匹も。
しかも、怒っている。
ブチブチと糸を鳴らしながら、四方から迫ってくる。
おっさんは慌てず、静かにブロアーを取り出した。
通常は道路の落ち葉飛ばしに使う道具だが、
スイッチを「吸引」に切り替えれば──
空き缶サイズまで吸い込む小型バキュームになる。
「来んなし……!」
すぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽーーーん!
ミカンサイズのクモたちは、抵抗する間もなく
吸い込まれ、袋の中へと消えていった。
「掃除完了っと」
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食材もたくさん取れたところで、
おっさんは帰路につくことにした。
──で、家どっちだっけ?と首をかしげて
木々を見回すと。
ワサワサ……と、木々が自ら道を開ける。
どうやら、もう斬られたくはないらしい。
雨はしとしとと降り続いていたが、帰り着く頃には
おっさん、わりとずぶ濡れである。
拠点に戻ると、すぐさま風呂を沸かし、
身体を温めて──
そして今度はジョッキに、焼酎をドボドボと。
火照った体を、酒で冷やすのだった。
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酔っ払ってしまうまえに、収穫物の整理だ。
まずヤバそうな毒蜘蛛。
こんなのに逃げられたら、夜も寝られない。
なので勿体無いとは思うが──
バキュームマシンを空のドラム缶を庭に出し、
風呂の熱湯を半分ほど注ぎ──ドボン。
袋がガサゴソ動いてる……
ザリガニはトゥエラのナイフで頭を落とす。
彼女は絶対に服を濡らしたくない界隈なので、
窓から見ている。
カエルは──蜘蛛と同じとことにドボン。
万が一に備えて木板で蓋をし、
ブロックを重しに載せておく。
鳥はすでに締めてあるので、羽を毟って、
下処理を済ませ晩飯に使う。
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部屋に上がってタオルで体を拭き、雨粒を払う。
まったり晩酌といきたいところだが、
トゥエラの腹が唸り声を上げている。
おっさんもツマミが欲しいし、
腰袋からシステムキッチンを取り出す。
幼女が飛び跳ねて拍手喝采だ。
まずはシンクにザリガニを並べ、水をかけながら
タワシでゴシゴシ洗う。
シンク内でマチェットは振るえないので──
おっさんは板金用ハサミを取り出す。
トタン板や電線も切れるプロ仕様。
刃先がカーブしているため、引っかかることなく
胴体から尻尾までスルスル切り開ける。
素人にはまず使いこなせない代物だ。
エビのような身を期待して、パカッと殻を開いた
おっさんだったが──
中から出てきたのは、
ムニムニと白く、つまめばぐにゃ〜っと伸びて、
ぷつりとちぎれる正体不明の物体。
「……つきたて餅かよ!」
おっさん、思わず素に戻った。
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殻から餅をひっぺがし、軽く水で流して
器に入れておく。
ザリガニの頭に詰まっていた魔石は、
──とろりと甘いみりんだった。
鶏肉は見た目どおり普通の鶏肉らしく、
適当に切って、
釣った岩魚の皮から削った塩胡椒で下味をつけ、
じっくり焼いてゆく。
締めたカエルの魔石は、
ごま油がジュレ状になったものだったので、
フライパンに少量をひいて香りを立たせる。
焼き目がついてきたら、
砕いた砂糖の魔石をひとつまみ。
パラリとふりかければ、カリッと
キャラメリゼ風に照りが出る。
一方、餅は手に水をつけて小判型に成形し、
七輪の上で焼く。表面にうっすら焦げ目がつき、
サクッ…もちもちの食感が顔を出す。
仕上げに餅を二枚──
その間に、てりてりのチキンをサンドすれば完成だ。
「照り焼きチキン餅サンドだ。うめえぞ。」
餅が伸びすぎて目をぐるぐる回すが、
美味すぎるのか、テンションが高い。
おっさんは冷えた焼酎を飲みながら思い至る。
今朝の出がけにテンションが低かったのは、
雨のせいではなく
お供のトゥエラがいなかったせいであると。
恥ずかしくてそんなことは言えないが、
孫みたいな娘の食べっぷりを見て酒が進む。
雨も止み、静かな夜だった。