相違
――それから、しばらくして。
「――それでは、僕はこれにて失礼致します。お休みなさい、月夜さま」
「ええ、ご苦労さま伊織。お休みなさい」
上弦の月がぼんやり浮かぶ、その日の宵の頃。
そう、恭しく頭を下げ告げる僕に柔らかな声音で答える月夜さま。そんな僕らがいるのは、清涼殿――あの帝さまが日常生活をなさる、このやんごとなき敷地の中においてもとりわけ格式の高い御殿の前で。そして、その広大な居住の一室たる『夜の御殿』――帝さまの寝室にお呼ばれになった月夜さまに、ご主人さまの召使いたる僕がこうしてお供として付いてきたわけで。
さて、帝さまには数多のお后さまがいて、その中のどなたかが夜毎にお呼ばれになる。そして、その女性は一人には決まってはいないけれど――それでも、数多いる魅力的なお后さまの中でもとりわけ月夜さまはお呼ばれになる頻度が格段に高いとのこと。あるいは、帝さまが淑景舎にお越しになることもあるようで。つまりは、月夜さまはこれ以上もなく帝さまのご寵愛を受けているということに……うん、流石は月夜さま。
そして、他のお后さま方々からの妬み嫉みの主因はそこにあると見て間違いないだろう。……うん、何としても僕が支えお護りしなくては。
――ところで、それはそれとして。
「……やっぱり、違うなぁ」
その後、ほどなくして。
淑景舎の一室――月夜さまの寝室にて、褥の上で衾に包まりつつポツリと呟く。ちなみに、褥とは令和でいう敷き布団、衾は掛け布団に当たります。畏れ多くも、僕もこのお部屋で就寝するようにとの有り難き仰せをいただいていて。
さて、何が違うのかというと――まあ、色々と何もかもが違うのだけど――今しがた口にしたのは、成人の年齢に対する認識に関してで。
ご存じの通り、令和における成人年齢は現在18歳。一方、平安時代における成人年齢は――こちらははっきり確定したのものはないのだけど、男女共に10代前半から半ばとされており、男性は元服、女性は裳着という儀式を経てそれぞれ成人と見做される。そして、月夜さまは現在15歳――もう既に裳着を終え、立派な大人となっているとのことで。
さて、前置きがくどくて申し訳ないのだけども……結局、何を言いたいのかというと――もう成人である月夜さまは、そういう行為をしても良いとされる年齢だということ。そして、この時間に男女が同じお部屋にいるというのは平安時代では即ちそういうことで……いや、それは平安に限らないか。
ともあれ、これを令和で考えるなら――例えば、僕が教え子よりも歳下の子とそういう……うん、考えられない……と言うか、考えること自体なんだか罪悪感が。