ちょっぴり怖い?
「ときに桐壺さん。そちらが、例の新しい女房さん?」
「ええ、藤壺さま。こちらは伊織――とある素敵な縁に恵まれ、昨日より私に仕えてもらっています」
「……あっ、その……ただ、今ご紹介に与りました伊織と申します。宜しくお願いします、藤壺さま」
「……ふふっ、随分と綺麗な御方。ええ、宜しくね伊織さん。私は藤壺――誠に畏れ多くも、帝さまの皇后という立場なのですよ」
「……皇后、さま……」
その後、ほどなく莞爾とした笑顔で仰る少女。……皇后、さま……ということは、正妻――即ち、数多の后さまの中でも最上位に位置する少女ということ。そして、そんな彼女は月夜さまとはまた違った何処か妖艶な魅力が――
「――おや、伊織。何やら随分と見蕩れているように見えるのは、果たして私の気のせいでしょうか?」
すると、隣からにこっと満面の笑みでそう問い掛ける月夜さま。それは何とも可憐で素敵な笑顔、なのだけども……だけど、心做しかその笑顔はちょっぴり怖く……いや、見蕩れてはいませんよ? ただ、すっごく綺麗だなと思っただけで。
……ただ、それはともあれ――
「……あの、藤壺さま……?」
そう、ポツリと呟く。と言うのも――そんなやんごとなき少女が、まるで何かを探るようにじっと僕を見つめているから。……まずい、やっぱりバレ――
「……随分と、髪が短いようですが……何か、よんどころなきご事情が?」
「……へっ? あっ、その、ぼ……いえ、私は本来数ならぬ一介の庶民に過ぎず、よもやこのような高貴な場に参上――あまつさえ、このような素敵な御方にお仕えさせていただけることになろうとは露思わず、最近バサリと切ってしまって……」
「……そう、そのようなご事情が。まあ、よほど急なことだったのでしょうね。お気の毒に」
「……ご気遣い、痛み入ります藤壺さま」
すると、そんな恐怖の最中ややあって問いを掛ける藤壺さま。そして、何ともたどたどしい僕の説明に多少なりとも理解を示してくださったようで……ふぅ、良かった。とりわけ髪に関しては誰かに問われる可能性が高いと思っていたので、苦しいながらも一応言い訳を用意しておいたのだけど……うん、何とかごまかせたようで。
ところで、僕が纏っているこの衣装――いわゆる女房装束についてなのだけど、単という上半身用の下着の上に、袿という上着を数枚重ねて着ている。そして、下半身には袴を着用。あと、細かい所を言えば他にも色々とあるのだけど……でも、くどくなりそうなのでひとまずこの辺りにしておきます。
ともあれ、何が言いたいのかというと――僕自身、全く経験がないほど何枚もの衣服を重ね着ているので幸い身体のラインはほぼ隠せているということ。そして、改めてだけど髪に関しては――これまた幸い、そろそろ切ろうと思っていた頃だったので少し長めに残っていて。なので、どうにか短めの女性に見えないこともないようで……うん、ほんと良かった。あと二日ほど平安に来るのが遅かったら、きっと……まあ、それでもご指摘を受けるくらいには圧倒的に短いんだけども。
……ただ、それはそれとして――
「……あの、どうかなさいましたか月夜さま」
「ふふっ、何でもありませんよ伊織」
ふと、隣へ問い掛ける。隣で、頗る嬉しそうな笑顔を浮かべる月夜さまへと。でも、急にどうして……いや、何でもいいか。当然ながら、彼女が嬉しいのであれば何も問題などないのだし。