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お后さまの召使い  作者: 暦海


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32/36

意志

「――どうぞ、伊織いおりさん。遠慮なくお好きな所に腰掛けてくださいね」

「――はい、ありがとうございます藤壺ふじつぼさま」



 それから、ほどなくして。

 そう、穏やかに微笑み告げる藤壺さま。そんな彼女に頭を下げ、控え目に彼女の前へ腰を落とす。さて、こちらは飛香舎ひぎょうしゃ――これはお部屋自体の性質というより藤壺さまのお好みか、月夜つくよさまや梨壺なしつぼさまのお部屋のような素朴な魅力とはまた違った華やかな魅力が印象的で。


 ……ただ、それはともあれ……さて、何を仰るのだろう。もしも、本当にバレていたとしたら、何とお答えすべきか――


「――先日は、大変お見事でした」

「……へっ?」

「ほら、あの絵合わせことですよ。あの息を呑むほどに麗しいわたくしの絵――あれは、伊織さんがえがいてくださったのでしょう?」

「……あ、はい……その、勿体なきお言葉、恐悦至極に存じます」

「ふふっ、そう畏まらずとも宜しいのに」



 すると、激しい鼓動の最中なか届いたのは思いも寄らない称賛のお言葉。……えっと、その……ありがとうございます。……でも、ひょっとして称賛それを告げてくださるために飛香舎こちらに――



「――それで、伊織さん。単刀直入に申しますが――今後は、わたくしにお仕えしませんか?」


「…………へっ?」



 すると、続けて届く思いも寄らないお言葉。……えっと、藤壺さまにお仕えする? それは、いったいどういう――


「――先ほども申したように、貴女のお描きになった絵は大変素晴らしいもの……あたくし、その才能に惚れ込みました」

「……その、過分なお言葉、大変恐縮です。ですが……その、私はせいぜい絵を描けるだけで――」

「あら、人が悪いのね伊織さん。あれも、貴女の仕業なのでしょう? 桐壺さんが、いつからか他のお后さんからの嫌がらせをまるで受けなくなったのは」

「…………それは」


 そんな困惑の最中なか、何処か楽しそうに微笑み告げる藤壺さま。何故、ご存じなのかは分からない。帝さまがお告げに……とも思えない。そもそも、僕はお願いをしただけで、嫌がらせがなくなったのは紛れもなく帝さまのお陰……なのだけど、彼女のそのご表情からも、もはや白を切っても意味がないのは明白で。……まあ、白を切る必要があるかと問われれば別段そうでもないんだけども。



 ……ただ、それはそれとして――



「……その、藤壺さま。私などに、そのような勿体なきお言葉を掛けてくださり大変恐縮なのですが……そのご申し出、謹んでお断り申したく存じ上げます」


 そう、深々と頭を下げて告げる。恐らくは、僕の能力を評価してくださってのご申し出なのだろう。尤も、それは僕には勿体ない課題な評価ものなのだけど、ともあれ僕の返事は決まっていて――


「……まあ、そう仰るとは思っていました。貴女が桐壺さんをとても大切になさっていることは、わたくしの見る限りでも十分に分かりますので。ですが、本当にそれで宜しいのですか?」

「……それは、どういう……?」


 すると、思いも寄らない問いが鼓膜を揺らす。呆然と顔を上げると、何処か不敵な笑みの藤壺さまが。……いったい、どういうことだろう。宜しくない理由なんて、いったい何処に――


「――これ以上、桐壺さんの傍にいても立場の上昇は望めない、ということですよ。伊織さん?」



 そんな疑問の最中なか、不敵な笑みを湛えたままお告げになる藤壺さま。……だけど、ますます分からない。いったい、彼女は何を――


「本当に、お分かりになりませんか? ご存じかと思いますが、桐壺さんは誰よりも帝さまと夜を共にしております。なのに、これまでに一人の子宝にも恵まれてないのです。これが、何を意味するか――本当は、お分かりなのでしょう?」

「…………」


 すると、何処か愉しそうにそう口にする藤壺さま。そして、そのお言葉の意味するところはおおよそ察せられて。そもそも、僕も薄々は感じていたことだから。月夜さまは、子を産める体質ではない――つまりは、そのように仰っているわけで。


 そして、それは恐らく正しくて。尤も、避妊をしていたのなら全く話は変わるのだけど……流石に、それは相当に考えづらい。あくまで僕の狭い知識内ではあるのだけども、平安この時代に避妊法が確立していたという話は聞いたことがないし、しんばあったとしても避妊それをする理由がほぼ考えられない。何故なら、帝さまと后さまは今後の国を支えるべくお世継ぎを残すことも一つの使命――そして、避妊とは明確に使命それに反する行為ものだから。つまり、考えられる可能性は――月夜さまは、不妊症だということ。尤も、流石にこの時代に医学的な証明はなかっただろうけど、そういう類の症状ものであることはこの状況――最も帝さまと床を共にしているはずの月夜さまが、未だ子を宿していない状況から推測なさったのだろう。……ただ、それはそれとして――



「――勿体なきお気遣い、大変痛み入ります藤壺さま。ですが、そもそも私は昇進などにはまるで関心がありません。微力ながら、出来うる限り月夜さまの傍にいてお支えしたい――私の望みは、ただそれだけなのです。お話がそれだけであれば、失礼させていただきます」


 そう、深く頭を下げ告げる。そして、そのまま彼女に視線を移すことなく飛香舎おへやを後にする僕。なので、どのような表情かおをなさっていたのかは分からないけど――だけど、知る必要もない。例えどのようなご心中であっても、今しがた告げた僕の意志は決して変わらないのだから。



 すると、それから数日後のことだった――卒然、藤壺さまが帰らぬ人となったのは。



 




 

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