覚えのある展開
「――それでは、僕はこれにて失礼致します。お休みなさい、月夜さま」
「ええ、ご苦労さま伊織。良い夜を」
それから、数日経た宵の頃。
例の如く、清涼殿の御前にて月夜さまを見送った後ゆっくりと渡殿を進んでいく。例の如く、今宵も梨壺さまからお呼びが掛かっていて。
……うん、分かっている。これが、月夜さまに対する裏切りだということは。……だけど、それでも従わなければ彼女は――
「――こんばんは、伊織さん。少々、お時間宜しいかしら?」
「…………へっ?」
そんな心痛の最中、不意に届いた声にハッと驚き振り返る。そして――
「……こんばんは、藤壺さま。その、私にどのようなご用でしょ……あっ、ひょっとして月夜さまに何かご用事が――」
「――ああ、桐壺さんに用はありませんよ。用があるのは、他でもない貴女です――伊織さん?」
そう、おずおずとお伺いを。すると、にこやかな微笑でお答えになる鮮麗な少女。……月夜さま、じゃない? だとしたら、一介の女房たる僕に、皇后さまたる彼女がいったいどのようなご用で……あっ、ひょっとしてあの絵合わせの件で何かご不満を――
「――そうですね、今すぐお話しして差し上げたい気持ちは山々なのですが……ここでは目立ちますので、ひとまずは私のお部屋へ。ああ、お時間は取らせませんのでご安心を」
「…………」
すると、優美に微笑みそう口になさる藤壺さま。どんなご用事なのか――それは、まだ何一つ分からないけれど……でも、何となくだけど、ご不満があるというわけでもなさそうで。
そして、なんだか覚えのある展開……ひょっとして、彼女にもバレ……いや、それはないかな? 梨壺さまの時とは違い、バレるような事態は何も……いや、とも限らないか。気付かない内に、何かボロを……いや、とにかく今は――
「……畏まりました、藤壺さま。ですが、僭越ながらお願い申し上げますが……その、お言葉の通り手短にしていただけると幸いです」
「ええ、もちろんです伊織さん」
そう、畏れ多くも告げる。梨壺さまとの約束もあるので、あまり時間を掛けるわけにはいかないけど……それでも、もしバレているのであればここで応じないのは相当にリスクが高い。幸い、藤壺さまのお部屋は目と鼻の先……ご用事さえすぐに終われば、さほど怪しまれることもないはず。
ともあれ、僭越な僕の申し出にも不快な様子を見せず微笑んでくださる藤壺さま。ひとまずはほっと安堵を覚え、ゆっくりと彼女の後をついていった。




