お好み?
「――いやぁ、勝てて本当によかったです。これも、全て伊織のお陰です」
「いえ、そんな……ですが、お役に立てたのであれば恐悦至極に存じます」
それから、数十分経て。
淑景舎の一室にて、たいそう満足そうな笑顔でそう口になさる月夜さま。まあ、どれだけお役に立てたかは分からないけど……ともあれ、彼女が嬉しそうで何よりです。
「……それにしても、最初に絵を見せてもらった時は思わず引き裂いてしまいそうになりましたが、あのような狙いがあったとは……畏れ入りました、伊織」
「……あはは、それは良かったです」
すると、ニコッと微笑み告げる月夜さま。そして、そんな彼女に顔を引き攣らせ答える僕。……いや、ほんと良かった。結構な精魂込めたあの絵を一瞬で引き裂かれてしまおうものなら、流石にすぐには立ち直れなかっただろうし。
ともあれ、その狙いとは――他でもない藤壺さまご自身に、敗北の意思を口にしていただくこと。と言うのも――月夜さまが勝利を収める場合、それが最も丸く収まる形だと思ったから。
さて、改めてだけど藤壺さまは皇后――つまりは、お后さまの中でも最上位に位置する御方。なので、そんなやんごとなき彼女が敗北というのは、その後の雰囲気などを考慮しても皆さんにとってなるべく避けたい展開だろう。
そして、判定を担当なさる帝さまにとっても恐らくは非常に悩ましいところかと。尤も、彼が公平さを欠くとは思えないけど……それでもお立場上、正妻たる藤壺さまに勝利の判定をお届けしたいのが本心だろうし、そのお気持ちが無意識であれ判定に影響する可能性は否めない。それに、この判定をすること自体、帝さまの心にある程度の苦痛を伴うかと。
なので、繰り返しになるけれど――やはり、藤壺さまご自身に敗北の意思を口にしていただくのが最も丸く収まる形なのかなと。そして、そのために取るべき方法は何か――しばし思考を巡らせた結果、藤壺さまご自身の絵を描くことにしようと。と言うのも、きっと藤壺さまはご自身の――実際、息を呑むほどにお美しいのだけども――ご自身の容姿にたいそう誇りに思っていらっしゃるので、彼女ご自身が納得せざるを得ないような絵をお見せできれば、必ずやご自身の口から敗北の旨を申し出てくださるのではないかと。……まあ、最大の問題は果たして僕の画力でその展開を実現できるか、だったのだけども……ふぅ、良かった。昔から絵は好きでよく描いてたんだけど、何とかお認めいただける形になって――
「――それにしても、細部まで非常に拘った大変美しい絵でしたね、伊織。ひょっとして、彼女のような女性がお好みなのでしょうか?」
すると、ニコッと満面の笑顔でそう口になさる月夜さま。だけど、どうしてか僕の頰には冷や汗が伝い……いえ、好みとかではありませんよ? もちろん、大変お美しい御方とは思いますが。




