……うん、やっぱり。
「――さて、遅ばせながら自己紹介を。私は月夜――映えある帝さまの后の一人です。尤も、一応通称のような名前もあるのですが……率直に申すと、私は通称が好きではありません。なので、貴方には是非とも月夜とお呼びいただけたらと」
「……お后さま、なのですね……あっ、僕は遠崎伊織と申します! その、宜しくお願いします、月夜さま」
「遠崎伊織さん、ですね。ふふっ、それでは宜しくお願いしますね、伊織」
「……あっ、はい!」
それから、ほどなくして。
そう、可笑しそうに微笑み告げる清麗な少女。……お后さま、だったんだ。でも、よくよく見ればそんな雰囲気も……いや、僕なんかに何が分かるのかという話だけども。……ただ、それはともあれ……うん、ドキッとするね。その可憐な笑顔から伊織で呼ばれると。
ともあれ、今いるのは桧木の香りが仄かに漂う雅な和の部屋――つい今しがた仰ったように、帝さまのお后たるやんごとなき月夜さまのお部屋。そして、お察しかもしれないけどここは内裏――即ち、国の統治者たる帝さまの敷地で……うん、道理ですごいわけだよ。
「ところで、伊織。貴方は、現在どのような官職を担っているのでしょう?」
「あっ、いえ官職などとたいそうなものでは! ……その、ただの一介の古典教師でして」
「古典教師!? なんと、貴方は古典をお教えになっているのですか!?」
「……へっ? は、はい、一応。……その、最近は源氏物語の須磨を部分を――」
「……須磨、ですか? すみません、それは第何帖のお話でしょう?」
「えっと、確か12じょ――」
「12!? まだ5帖までしか出ていませんが!? 若紫が出てきた辺りの!」
すると、ハッと目を丸くし言い放つ月夜さま。源氏物語が、まだ5帖――僕としても、ちょっとどころではない衝撃の発言。なので、驚くには驚いたけど……それでも、それ以上にふっと腑に落ちる感覚もあって。
……うん、やっぱり。まあ、薄々そうかなと思ってはいたけど……ただ、あまりにも現実味がない推測だったので信じられなかったし、今だって完全には信じ切れていないと思う。
……だけど、現実味のない現象なら既に自身の身を以て体験してしまっていることまた事実。だとしたら、こんな突拍子もない妄想もきっとあり得るのだろう。例えば、今いるのが別の――
「――それでは、そろそろご事情を話していただけませんか? 貴方が、突如こちらに訪れることになったご事情を」
すると、改まった様子でそう問い掛ける月夜さま。僕としても、答え合わせをする上で恰好の問い。穏やかに微笑み答えを待つ彼女をじっと見つめつつ、僕は徐に口を開いて――