勝負の行方
「……ふむ、やはり素晴らしいね藤壺。どれも繊細にして優美、全てが心を強く打つ傑作ばかりだね」
「お褒めに与り、恐悦至極に存じます帝さま」
それから、しばらくして。
そう、沁み沁みとしたご表情で口になさる帝さま。彼の仰ったように、藤壺さまのお出しになった絵は素人の僕から見ても沁み沁みと胸を打つもので。尤も、藤壺さまご自身で描いたものなのかは定かでないけれど……まあ、そこを詮索するのは野暮というものだろう。そもそも、彼女自身で描いたものでなければならないルールもないのだし。ともあれ、月夜さまの方はというと――
「……まだ、出さないのかい? 月夜」
そう、不思議そうに尋ねる帝さま。そう、藤壺さまが次々と傑作をお出しになっている中、月夜さまはまだ一つも出していなくて。いったいどうしたのかと少し騒めきが生じてきた中、藤壺さまが全て出し終えたところでふっと微笑みを見せる月夜さま。そして――
「――さて、今回は私でなく我が女房、伊織の作品を発表させていただきます。とくと、こちらをご覧あれ」
そう、莞爾とした微笑で告げる。そして、先ほどまで何処か不敵な笑顔をなさっていた藤壺さまのご表情が一変する。と言うのも――
「……あれは、藤壺さま……?」
そう、小さく届く驚きの声。そう、月夜さまがお出しになったのは少女の絵――畏れ多くも僕が描いた鮮麗な少女、藤壺さまの絵で。
『――さて、伊織。近い内にまた例の行事が催されるわけですが……この度、私が絵合わせの競技者に選出されてしまいまして』
『……わぁ、おめでとうございます月夜さま!』
『……おめでとうございます? 何がおめでたいものですか! 私は和歌と並んで絵がとっても、とっても苦手なのです。それこそ、この世から消滅してしまえば良いと思うくらいに』
『うん、すぐに苦手なものの消滅を願う癖は控えましょうね?』
あれは、一週間ほど前のこと。
お部屋にて、僕の祝福に心外とばかりに憤慨なさる月夜さま。……うん、そうなんだ。まあ、苦手なものは仕方がない。仕方がないのだけども……うん、すぐに消滅を願うのは控えていただけたらと。
ともあれ、そういうわけで月夜さま側の絵は僕が担当することとなり――尤も、和歌の時とは違い今回は罪悪感のようなものはないけれど。月夜さまご自身が僕の絵だと紹介したように、僕が描いたとて何らルールに触れることもないわけだし。
「……ふむ、これは何とも素晴らしい。鮮麗な藤壺の魅力がこの上もなく表現されていて、思わず息を呑むほどだ。さて、非常に甲乙つけがたいが……月夜の側はこの一枚。やはり、枚数で大きく上回る藤壺側の勝――」
「お待ちください帝さま!」
その後、双方の絵をじっくりと見比べ判定をなさる帝さま。だけど、そのお言葉が終わる前に藤壺さまのお声が響く。帝さまを含め皆さんポカンとする中、深く呼吸を整える藤壺さま。そして、ゆっくりと口を開いて――
「……この勝負、わたくしの負けです」




