昭陽舎にて
「どうぞ、伊織さん。お見苦しいところだけど、好きなところに座って? あっ、それと気を遣わなくて良いからね。うちの女房さん達は今夜、少し遠くの部屋で寝てもらってるから」
「……その、お気遣いのほど申し訳ありません。それから、決してお見苦しいところなどでは――」
「ふふっ、律儀だね伊織さん」
それから、ほどなくして。
そう、朗らかに微笑み告げる梨壺さま。そして、そんな彼女にビシッと背筋を伸ばし答える僕。……その、お気遣い痛み入ります。
さて、今いるのは、昭陽舎の一室――月夜さまのお部屋と似た優しい和の雰囲気が心地好い、梨壺さまのお部屋で。
「……さて、肝心のお礼だけど……その辺にあるものなら、どれでも好きに持っていってくれて良いよ」
「……へっ? あっ、その……はい」
その後、ほどなくちらと視線を移しそう口にする梨壺さま。そこには、ほとんど手のつけられていない様子の書物や楽器の数々。……いや、本当に申し訳ない。ないの、だけども……うん、もはやお断りできる雰囲気でもなくて。
「……これは、もしかして……」
「ふふっ、嬉しそうだね伊織さん。何か気に入った?」
「……あっ、その……まあ」
「そっか、良かった。ほんとに何でも持っていってくれて良いからね? 私、難しい本とか苦手だし」
その後、ほどなく少し可笑しそうに微笑みお尋ねになる梨壺さま。きっと、僕の表情が締まりなく緩んでいたからで……うん、お恥ずかしい。
だけど、我ながら無理のない反応かなと。と言うのも――平安時代であるからして、そこには当時の書物が当時のままで残っていて。尤も、このような書物は月夜さまのお部屋にもあるけれど、こうしてまじまじと見るとやはり改めて感動するもので。令和に帰ったら、是非とも生徒達にも見てもら……いや、興味ないか。




