亀裂
「――それにしても、近頃は心が安らぎますね。どうしてか、ある時を境に周囲からの嫌がらせがパタリとなくなったので」
「そうですね、月夜さま。本当に良かったです」
それから、一週間ほど経た朝のこと。
淑景舎の一室にて、お言葉の通り和やかな声音でそう口にする月夜さま。外からは麗らかな陽射しが優しく差し込み、柔らかな鳥の鳴き声がそっと鼓膜を擽る。その穏やかな雰囲気は、さながら今の彼女の心中を表しているようで……うん、本当に良かっ――
「――ところで、伊織。貴方の仕業ですよね? 今のこの状況は」
そんな感慨の最中不意にそう問い掛ける月夜さま。そんな彼女に、僕は――
「……えっと、いったい何のことでしょう?」
「いや、ごまかしても無駄ですけど。と言うか、貴方以外に誰がいるんですか。あの状況を改善しようとする人が」
そう答えるも、呆れたようなお表情でそう口にする月夜さま。……うん、やっぱりごまかせないか。
でも、彼女の言葉には些か訂正すべき部分もあって。言うのも――説明不要かもしれないけど、あの状況を改善したいと思っていたのは、少なくとも僕以外にもう一人いたということ。
『……なるほど、そういうことか。……うむ、異存はない。君の言う通りにしよう』
『……っ!! ありがとうございます、帝さま!』
およそ一週間前の夜のこと。
唐突な僕のお願いに、優しく微笑み応じてくださる帝さま。さて、何をお願いしたのかというと――僭越な僕の提案を、是非とも帝さまに承諾していただけたらという願望。月夜さまに嫌がらせをした人間が誰かを報告すれば、誰であれ帝さまからの特別な待遇を受けられるようにするという提案を。
さて、この制度により帝さまに報告すればその人には多大なメリットがある。だけど、その一方で報告――即ち、自身が裏切った相手からは恨まれ、更には他の人達からの軽蔑を受けるリスクもあるので実行に移すことは相当に困難。そして、もちろん自身が裏切られるリスクも。
そして、根幹はまさにそこ――誰もが裏切る可能性があると、常に皆さんに思わせておくこと。あの人も、この人も自分を裏切るのではないか――そうして皆さん疑心暗鬼になることで、月夜さまを敵視するという点で一枚岩だったであろうお后さま方々に修復し得ない亀裂が生じたわけで。
そういうわけで、月夜さまへの嫌がらせはすっかりなくなった。もちろん、今後も安全な保証はないので油断は出来ないけれど……それでも、ひとまずは一定の解決を見たわけで……うん、良かった。




